第6話 グイグイくるギャルが思ったよりいいヤツだった件 その3

 昼休みの逃避生活が2週間も続くと、相手が高良井といえども俺にだって慣れが出てくる。


 こんなところに逃げるハメになったわりには楽しそうだな、と、試しに訊いてみることにした。


 高良井は、どこに腰掛けるかなんて選び放題な状況にも関わらず、俺の隣にばかり座る。この日もそうだった。


「名雲くんってなんか他の人と違うんだもん」


 高良井は言った。


「一緒にいると安心するんだよ」


 高良井がクラスのリア充グループの男子と話している姿はよく見かける。俺からすれば、一緒にいて安心を感じられる男子に困っている様子は見当たらないのだが、そこでなんで俺なんだ?


「だって名雲くん、絶対私に告白とかしてくる気ないでしょ?」

「……えっ、そういう理由?」


 俺だって人を好きになる機能ついてるんですけど……。


「シスコンだし」

「シスコンではない」


 紡希はいとこだから。戸籍上、紡希はまだうちの家族ではないから、『妹』ではない。


「さっき横から見たけど、スマホの壁紙、この前見せてもらった紡希ちゃんだったじゃん」

「こっそり見るなよなぁ」


 こいつは女だから隣同士で用を足す時は覗いてはいけないって連れションのマナーを知らないのだ。だからそういう失礼なことを平気でする。


 昼休み限定の2人きりの時間の中、俺は話の流れで紡希の画像を高良井に見せてしまっていた。どういう流れでそうなったのかは忘れた。


「これは学校でぼっちでも紡希が見守ってくれれば頑張れるというおまじないの証だ」


 どうせ笑われるだろうな。だが、俺としては本気である。


 紡希は俺が守らねばならない存在。『逃げない、負けない、あきらめない』という誓いをすぐ確かめられるように、俺は紡希の画像を壁紙にするという変態スレスレところによりアウトな行為をしている。もちろん画像は小学生時代の紡希が微笑んでいるだけの健全なものだ。俺としては今の姿のも欲しいのだが、とてもではないが『撮らせて』と言える状況にはない。


 来いや、笑って来いや、と俺は、バカにされようが耐えられるように精神的な受け身の準備をしていたのだが。


「ていうか、そういうとこなんだよねー。名雲くんのそばが安心するの」


 高良井は慈しみの視線を向けていた。

 卑屈な俺ですら、バカにしている、という解釈ができないくらい、それはそれは暖かな眼差しだった。


「私、名雲くんみたいに家族を大事にしてる人好きなんすよ」


 普通、年頃なら『家族』だなんだってワード出すのを嫌がりそうなものだ。俺だって、外であまり親父の話はしたくない。

 だというのに、高良井は一切恥ずかしげもなく口にした。


 高良井は高校生にしてすでに一人暮らしをしているらしい。何かしら、家族に思うところがあるのかもしれない。


「人としての温かみっていうの? そういうの感じちゃうっていうかー」


 両脚を抱えるようにして、前後にゆらゆらしながら高良井が微笑む。


 以前高良井は、俺が紡希や親父と一緒にファミレスにいるのを見た、と言っていた。

 あの日は紡希がうちで暮らすことになった初めての日で、紡希の歓迎会を兼ねてあの場にいたのだ。あの時から紡希は遠慮気味だったけれど、普段通り明るい親父がいたおかげで傍から見れば楽しい場に見えたのかもしれない。それが俺に対する高良井のイメージなのだろう。紡希に対する態度を含めて、実態以上に良く見えていたのだ。


「……まあ、家族仲は悪くはないかな」


 現状での正式な家族である親父とは、ずっと親子2人で暮らしてきただけあって、仲がいいと言い切れるレベルにあった。ていうか、親子っていうより友達のレベルなんだよな。小学校から今までずっとぼっち気味の俺の相手をしてくれたのは、親父だったから。


「でも俺には、高良井さんが思ってるような温かみなんてないぞ」


 本当に俺が高良井の言う通りの人間なら、紡希とだってちゃんと仲良くやれているはずだ。それこそ、冗談を冗談と受け止めてくれるような仲になっているだろうよ。


「なんで? 紡希ちゃんと仲いいんじゃないの?」

「……仲良くは、ない」


 これは実は、どう答えるべきか迷った。

 紡希の境遇は特殊だから、家族以外の人間に話したくはない。

 だが、俺一人では打開策を思いつけそうにない今、頼る相手がいるとしたら、高良井しかいない。


「……俺は、紡希に冗談を冗談と受け取ってもらえなくて気を遣わせるくらい信頼されてないからな」


 迷った末、俺は、高良井を試すようなことをしてしまう。

 この前の、紡希に気を遣わせてしまった一件を伝えた。

 話すだけで気が重くなってしまうことなのだが、高良井はというと、しょうがない子ね、とでも言いたげな慈しみの笑みを浮かべていて。


「でもさ、それ、紡希ちゃんが名雲くんのそばにいたってことは、紡希ちゃんも名雲くんと話したかったってことだよね?」

「それは……」

「紡希ちゃんだって、名雲くんと同じように上手く伝えられないのを気にしてるんじゃない? 大丈夫だよ。紡希ちゃんだって、ちゃんと名雲くんのこと好きだよ」


 ファミレスで見かけた程度の付き合いしかない紡希のことを知ったふうに語る高良井に、俺はまったく嫌悪感を抱かなかった。

 なんか、高良井が言うならそうなのだろうな、と思ってしまったからだ。


 なにせ、俺よりずっとコミュニケーションに長けたヤツなのだ。


 いろんな人間を見てきているだろうから、ひょっとしたら、俺の視点なんかよりもずっと信頼できる。


 高良井になら紡希の境遇を話してみてもいいような気になっていた。

 問題は、多忙な高良井が俺の相談を受け入れてくれるかどうかなのだが……。


「紡希のことで聞いてもらいたいことがあるんだが……ちょっと重い話するけど、いいか?」

「いいよ」


 高良井は即答だった。


「私の面倒なお願いだって聞いてくれたんだし、これで貸し借りなしだよね?」


 嫌そうな表情一つすることがなかった。


 そんな態度なのも、リア充だからなのか、それとも高良井の人間性なのか、俺にはわからなかったが、俺の背中を押す結果にはなった。


「……紡希は、妹じゃなくていとこで。去年までは母親と暮らしてたんだが、その母親が亡くなったから、うちで暮らすようになったんだ」


 意を決して、俺は言った。


「俺はずっと親父と二人暮らしだったから、中学生女子と同じ空間で暮らして、どう接すればいいのかわからなくてな。紡希は母親に懐いていたから、本当は以前の生活に戻りたいんだろうけど。……それがもう無理だから、せめて少しでも名雲家を紡希にとって居心地のいい場所にしてやりたいんだ」


 高良井は茶化すようなことを言わず真剣に聞いていて。


「なにそれー、紡希ちゃんって私が思ってたよりずっと大変じゃん……」


 なんと、涙をぽろぽろこぼし始めた。


 高校生になってからというもの、誰かが泣くのを目の当たりにしたのは初めてで、俺は自分でもびっくりするくらいおろおろしてしまう。


 紡希と接点なんてないはずなのに、どうして泣くほど感情移入ができるんだ?


 とはいえ、紡希のためにここまで泣いてくれる人間を前にすると警戒だって緩むというもの。


「あれー、なんでこんな出てくるんだろ」


 涙声の高良井が、指先で目元を拭おうとする。


「なんでもなにも……ほら、よかったら使ってくれ。まだ使ってないヤツだから」


 ようやくある程度冷静になれた俺は、ポケットから取り出したハンカチを手渡す。


「わかったよ名雲くん、私も協力する! 名雲くんが、紡希ちゃんと打ち解けられるように!」


 目元を覆っていたハンカチから顔を上げて、高良井が言った。


「いいのか?」


 高良井の中ではギブアンドテイクが成り立っているらしいのだが、俺は単に高良井と一緒にただ昼休みを過ごしているだけだ。高良井の方が負担が大きいだろうに。


「うん。友達だもん、かんたんだよ!」

「かんたん、なのか……」


 そう言い切る高良井の積極性を羨ましく思う。

 しかし、いったい何をしでかそうというのだろう。そこは不安だ。


 高良井のことだから強硬策に出てきて、高良井みたいな陽キャのギャルが俺の周りに大集合したと思ったら『名雲くんのために「ギャル百人組手」の場を用意したよ。まずは女の子に慣れないとね! はい、順番にお話して!』とかいう企画モノみたいなことをさせられるんじゃないだろうな。


 予鈴が鳴った。

 俺より先に立ち上がった高良井は、カンカンと軽快な音を鳴らして階段を上がっていき。


「あ、ハンカチはあとで洗って返すからー」


 手すりから上半身を乗り出して、ハンカチをひらひら振ってくるのだった。

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