第5話 グイグイくるギャルが思ったよりいいヤツだった件 その2

 高良井は俺と紡希が仲良しだと思っている。


 もちろんあれはウソだ。


 俺が帰宅してしばらくすると、紡希が帰ってきた。

 最近の紡希は、帰りが遅い。

 少々特殊な通学環境の都合上、放課後に友達と遊んでから帰ってくることが多いからだ。


 紡希の友人関係が相変わらず良好に維持されているのは、俺にとっても嬉しいことだった。母親を亡くしたあとも、以前と変わらない環境があるのはいいことだから。


「紡希、遅かったなー」


 夕食を準備する手を一旦止めて、探るように、俺は言った。しつこくしすぎればウザがられて逆効果だ。


「うん、ごめんね」

「いや、謝らなくていいけど……」


 うるさいなぁ、シンにぃには関係ないでしょ、くらい言ってきた方が、本音が見えるだけに簡単だったかもしれない。


「シンにぃはさぁ、いつも帰ってくるのが早いけど……」


 もじもじしながら、紡希が言う。

 紡希の方から話しかけてきた時は、全神経を集中させて聞きの姿勢に入るのだが。


「ううん、なんでもない」


 紡希は困ったような笑みを浮かべて、結局何も言い出すことなくリビングのソファに腰をかける。


 紡希は、中学に電車で通学する都合上、スマホを持ち歩いている。

 スマホなんてソシャゲかネットに使うだけの限られたツールと化している俺と違って、紡希はスマホの機能を十二分に使いこなしているらしく、ディスプレイを見つめてニコニコしているところをよく見かけた。


 正直、俺と向かい合っている時よりずっと楽しそうだ。


 とはいえ、紡希はスマホを通して友達と交流しているのだろうし、紡希を孤独にさせない役目を果たしているので、別に悪いことだとは思っていなかった。


 だから、嫌味のつもりはなかったのだが。


「紡希はスマホが好きだなー。まあ俺よりハイスペックで頼りになるもんなー」

「…………」


 何気なく言った俺の言葉は、思ったより重く受け止められてしまったようで、表情を失くした紡希がさっと隠すようにスマホをポケットにしまい込んだ。


「シンにぃ、ごめんね、そういうつもりじゃなくて……」


 紡希が慌てふためき、重い空気が流れる。


 予想していない反応に、俺は凍りついた。

 単なる冗談のつもりで、ただ笑ってほしかっただけだ。

 そんな深刻そうな顔をさせるために言ったわけでも、謝らせるために言ったわけでもない。

 自虐ネタもまた、相応の信頼関係がないと成立しないのだ。冗談として捉えてもらえなかったことで、紡希との信頼関係が危うさが浮き彫りになり、俺は逃げるようににんじんを刻む作業へ戻った。


「シンにぃ、違うの~。にんじんをわたしに見立ててトントンしないで~」

「いやそういうつもりじゃないよ!?」


 半泣きで俺の腰にひっついてきた紡希の発想に驚愕して、俺は振り返る。もちろん包丁をきちんとまな板に置いてからだ。


 どうやら俺は、またもや紡希に余計な気を遣わせてしまったらしい。名雲家を紡希にとって世界一居心地のいい空間にするはずが、このザマだ。


 俺と紡希は、表立って仲が悪いわけではない。顔を合わせればちゃんと会話だってする。

 ただ、時々こんな感じに、俺が思っていない反応を食らってしまうことがある。

 だからと言って、紡希に対して何もコミュニケーションを取らないわけにはいかない。


 彩夏さんがいない今、身内の相談相手は俺くらいだ。困ったことがあった時に吐き出せる相手が、誰かしら家の中にいなければならない。親父もいるにはいるが、仕事の都合上たまにしか家に帰ってこられない。


 そうなると、俺がどうにかしないといけない。


 そんな意気込みに反して、こんなことになっている。

 何かがあったあとでは遅い。


 紡希を見守る役目は、俺が果たさなければいけないと思っていたのだが、ひょっとしたら、もはや俺だけではダメなのかもしれない。

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