第4話 グイグイくるギャルが思ったよりいいヤツだった件 その1
半分冗談だと思っていた高良井による告白回避作戦だが、高良井はガチだった。
毎日のように、昼休みになると非常階段の前にやってきた。
どうせ勉強の妨害をするようなことをしてくるのだろう、と疑っていたのだが、おおむね俺の望み通りにしてくれた。そもそも高良井がここに来るのは、あくまで呼び出しを食らった時に断るための理由付けでしかないから、昼休みの間中ここにいるわけではない。
本当に毎日来ているわけではなく、告白の予約が昼休みを指定されない時もあるので、そういう時はクラスの友達と昼食を楽しんでいるらしい。
高良井としては、厄介な告白の魔の手から逃げるための苦肉の策のはずなのだが、どういうわけかこの場所にやってくる時は、それほど嫌そうにはしていなかった。
それどころか、嬉しそうですらある。
俺の気のせいか思い上がりだろうけれど。
ただ、高良井と話しているおかげか、俺は紡希を前にした時ちょっと勇気が出るようになっていた。
今朝だって、特別な事情から電車での通学を強いられている紡希のために、『駅まで自転車で送るぞ?』と聞いたら、『うん、お願い』と素直に返してくれたもんな。二人乗りの都合上、俺の腰に掴まらなければいけないのに、紡希は嫌がらなかった。
これはひょっとしたら、高良井効果なのかもしれない。
そしてこの日も、いつものように俺の隣に高良井が腰掛けていたのだが。
「――そういえば名雲くん、妹元気?」
そう言われた時、俺は高良井の方を振り向かざるを得なかった。
どうして俺の家族を知ってるんだ? 誰にも言っていないはずなのに。訊いてくるほど仲いいヤツがいなかったからな。
「思い出したんだけどさー、名雲くんみたいな人、この前駅前のファミレスで見たなって」
思い当たる節があった。
紡希が名雲家へやってきたばかりの頃、最寄り駅の近くにあるファミレスで歓迎会をした。名雲家は学校に自転車で通える範囲にあるから、駅前となれば誰かしらクラスメートに遭遇することだってあるのだが、まさか高良井に見られていたとは。
「人違いだろ」
あまり家族の話を突っ込まれたくなかった。紡希のことに触れる可能性が出てくる。
「えー? あれ、めっちゃ名雲くんだったけどなぁ」
「めっちゃ俺、ってどんなだよ」
「あとほら、デカい男の人がめっちゃ笑っててー、なんか楽しそうだったよ?」
「親父め……」
ついそんな言葉が漏れてしまった。
「『親父』って呼んでるんだ?」
「違う。父さん」
「隠さなくてよくない?」
高良井はくすくすと笑った。
「ていうか、名雲くんの妹、めっちゃ可愛いねー」
「まあ、それなりには」
めっちゃ可愛いよ! と俺だって同意したかったけれど、事情を知らない高良井にそんなことを言えば重度のシスコン扱いされてしまう。変態扱いは勘弁してほしいところ。
「いいなー。兄妹いて。私ってひとりっこだから、仲いい兄妹いるの憧れなんだよねー」
「……仲が良いかどうかは、わかんないけどな」
ぽつりと漏れた俺のつぶやきは、架空の兄妹を生み出して幸せな妄想にふけってにまにましている高良井には聞こえないようだった。
俺は高良井と何の交流もなかったのだが、友達同士で会話しているのが偶然耳に入ってくることはあって、どうも高良井は高校生ですでに一人暮らしをしているらしかった。まあ、高良井みたいにモテる女子が一人暮らしをしていると聞いた時点で、俺の頭の中には彼氏を引っ張り込んであれやこれやしているのだろうというイメージしか沸かなかったから、余計遠い存在に感じて親しみを持つことなどなかったのだが。
「でもよかったー、名雲くんってちゃんと答えてくれるんだね」
妄想から戻ってきた高良井が言う。
「俺にも口くらいついてるんだぞ」
「そういうことじゃなくてさー」
またも笑う高良井。
俺は、女子、特に高良井みたいな派手で主張が強そうですぐ笑う女子なんて苦手中の苦手だったはずなのだが、どういうわけか不快感を覚えることはなかった。
「前から話したいと思ってたんだけどさ、名雲くんって教室でもいつも勉強してるから。邪魔しちゃ悪いかなって思って、できなかったんだよね」
意外なことに、高良井にもそういう遠慮の心があったようだ。
「俺には勉強しか取り柄がないからな。少しでも人より多く勉強しないといけないんだ」
「そんなことないと思うけどなー、他にもいっぱいいいとこあるよ」
具体的ないいところを挙げないあたり、これも高良井なりの気遣いなのだろう。
「授業とか勉強でわかんないところあったら教えてね」
「俺を便利に使おうとするなよ」
今の俺に、他人に構っているヒマなんてないわけだし。
「んふふ。名雲くん、めっちゃ冷たいじゃん」
そのわりには声が弾んでいた。冷たくされて喜ぶなんて、こいつ変態か……?
「教えてくれたら、代わりになんかしてあげるから」
「なんかって、何だ」
流れで反射的に言ってしまったことを後悔するくらい、高良井はニヤニヤする。
「なにがしたい? 名雲くんの大事な場所紹介してもらっちゃったし、私だってそれなりのお礼しないとダメだよね~」
両肘を膝に当てて頬杖を付き、俺に視線を送ってくる姿はまさに妖婦である。
とてもモテる美少女な上に、制服を着崩して露出も高い高良井は、俺からすれば屋外だろうと平気でエロいことをしでかしそうなイメージがあった。
「じゃあ紡希が……」
高良井に性的に貪り食われる恐怖から逃れるように頭に浮かべたのは、紡希のことだった。
「……いや、なんでもない」
高良井に紡希のことで力を借りようと一瞬でも考えたことに驚いた。
ただ同性というだけで、未だ謎ばかりの高良井に助けを求めようとしたっていうのか? どれだけ追い詰められているというのだろう。
「そこでやめないでよ。紡希ちゃんって誰?」
「……だから、『妹』だよ。高良井さんが見かけたっていう」
「ああ、あの子がそうなんだ」
俺は一瞬、いとこだ、と本当のことを言おうと思ったのだが、紡希の事情まで話さないといけなくなりそうだから『妹』で済ませることにした。
「もしかして、この前言ってた『大事な人』ってその子のこと?」
「ああ」
他人から指摘されるのは恥ずかしかったけれど、高良井が慈しみに溢れた笑みを浮かべているので、ついつい頷いてしまった。
まあ、『妹』としか言えないのも、紡希のことを隠しているようで罪悪感が湧いてしまったので、明かしたことで逆にスッキリした。
「あー、やっぱりね。仲良いんだね~」
「なんだぁ。このシスコンめ、みたいな目を向けやがって……」
「別にバカにしてないよ。大事な人が兄妹でもぜんぜんいいじゃん。ていうか、高校生で妹と仲良くできるなんてすごいでしょ。ふつうはケンカばっかりしちゃうものじゃない? 瑠海……私の友達はお兄ちゃんとケンカばっかりしてるって言ってたよ?」
高良井は真剣な表情で、どうも本気らしかった。
「で、その紡希ちゃんをどうしてほしかったの?」
「なんでもない。忘れてくれ」
思ったよりは話がわかりやすそうなヤツではあるけれど、出会って間もないクラスのリア充にポンと話せるようなことでもない。
それに、高良井は俺と紡希が仲良しだと思っている。それは俺の理想なわけで、高良井の頭の中にしかなくても、俺と紡希が仲良しな世界を維持しておきたい気持ちがあった。
「なんだよー、気になるなー」
高良井から頬を軽くつねられようとも、高良井に詳細を話す気にはなれなかった。
これは、俺の、名雲家の問題だから。
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