第10話 *挿話* バート(シェルバート)の過去
「なんでこんなことに、、、」
シェルバートは8年間の留学をおえ、久しぶりにケント王国に帰ってきたが、国民のあまりの貧しさに心が苦しくなっていた。
側室の子どもであるシェルバートは小さい頃から美しく優秀であったたが、それが兄の王太子と義母の皇后の嫉妬を買い、10歳の頃あわや毒殺されそうになった。流石に国王はまずいと思い、まるで「隔離」するかのように、シュタイン帝国に留学させたのだ。
シェルバートがシュタイン帝国に留学した当初、民族衣装に身を包んだ田舎者は完全に浮いていた。しかし、穏やかで明るい性格が幸いし、遠巻きに見ていた級友たちとも次第に打ち解けるようになった。
厚意で教授に仕事をもらい、帝国の服を身にまとうようになり、マナーを身に着けていくうちに、すっかり洗練されていった。やがてみんなを引っ張っていくリーダー的存在になり、さらに同学年であった帝国の第一王子レオナルドとも仲良くなった。
18才で卒業する時も、シェルバートは国に帰るつもりがなく、王子にさそわれるがままシュタイン帝国で働こうと考えていた。
そんなときに父王から手紙が届いた。
「私は王太子に立場を譲り、お前の母を連れて隠居しようと思っている。その引き継ぎの間の1年間だけ、私の側で助けてくれないか、お前の母が恋しがっている」
そんな内容であった。
たった1年間だけ、か。もちろん、何があるかわからない。
けど、優しかった母親にどうしても会いたいと、帰国を決心したのであった。
*
久しぶりに見るケント王国はなんだかくすんでいるように感じた。王都にいる国民でさえ覇気がなく、生活水準も低く、貴族との格差がありすぎた。といっても、ケント国の貴族だってシュタイン帝国の貴族とは比べものにはならないほどだった。
『最大の資金源である黒炎石は、最近どんどん価値が上がっているはずなのに、どうしてこの国はこんなに貧しいんだろう』
素朴な疑問だった。ちょっと調べてみるか。国王の名前を借りて秘密裏に調査をはじめた。幸い、「1年間だけ国王のサポートをする」と名目があったため、太子は下手に絡んでくることはなかったし、王妃は静養と称して隔離されていた。
驚くべきことに、黒炎石の輸出に関する契約は、約30年ほど前から何も変わっていなかった。需要や時価なども一切考慮されることもなく、締結当時の価格のまま取引されていたのだ。黒炎石の輸出を担当している貴族は、代々「賄賂」を受け取りながら、相手国の言いなりになっており、なるほど、担当大臣はケント国の中でも裕福な貴族である。
シェルバートは怒りを覚えながら、国王の許可を得て担当大臣を更迭し、自分が中心となって黒炎石取引の見直しを断行した。正当な利益を得ていたら、この国はもっと豊かであるはずだ。国民はもっとましな生活ができるだろうし、教育だって福祉だって充実したものになる。特に、黒炎石の採取現場は劣悪な環境で、効率も悪く、小さな子どもまでが働かされていた。
今までの取引国に正当な値段を求めたところ、流石に激しい抵抗があり、不買を宣言する国もあった。しかし、シェルバートは新しい取引国の開拓を進め、こちらの希望通りの価格で取引が出来る国を増やしていった。
最初は、王太子や貴族達はシェルバートのことを冷めた目で見ていた。自分たちが不正を見抜けなかったこともあり、批判する者はいないが、協力もしない。
しかし、徐々に黒炎石の売上があがり、今までの利益の倍となるころ、彼を認めざるをえない空気になってきた。短期間で一気にお金が流れ込み、誰もがその手腕に驚いた。シェルバートはここぞとばかりに、他国との交流を推し進め、念願だったシュタイン帝国との正式な国交も実現させた。
それからは、国が豊かになるにつれ、華やかな文化や文明的な道具がどんどん入り、生活様式が向上した。徐々に国家予算は膨大なものとなった。王太子は公式にシェルバートに感謝を伝え、歴史的な兄弟の仲直りに周りのものは涙を流した。
結局、1年後、父である国王が引退し、王太子が王の座についても、シェルバートは王城で働いていた。決して表立って口を出さない控えめな態度に、新国王も心を許し、彼を便利に思うようになっていた。雪崩のように入ってくるお金は王族や一部の貴族たちの金銭感覚を狂わせ、初めて味わう贅沢に夢中になっている。
その中でシェルバートは、国民が安心して暮らしていける基礎を1人もくもくと作りあげていった。
シェルバートが帰国して5年の月日が流れ、ようやく本命であるシュタイン帝国への黒炎石輸出の交渉が始まった。シュタイン帝国の王子とは親友であるが、ビジネスはまた別の話である。ようやくこぎ着けたシェルバートの悲願であった。
国民への福祉や教育の体制が整ってきたころでもある。シュタインと独占的に取引できれば、堅実な資金が入り、この国はこの先も安泰だ。
ところが。今度は別の問題が起きてきた。
*
一部の貴族たちが、シェルバートこそ国王にふさわしいと彼に接触しだした。
国王も、そしてその息子も、贅沢をしり、享楽に溺れ、さらに傲慢になっていた。周りを媚びる者で固め、気に入らない者の首をはねる。面倒な施策や実務などはシェルバートにふるくせに、上層部の人事や表立った政治には一切関わせない。
心ある貴族たちはみな、シェルベルンを国王にと願った。
しかし、シェルバートは頑なに断った。1年だけのつもりだったが、国を見捨てることが出来ず、5年も過ぎてしまった。でも、シュタイン帝国との取引が成功したら、もうここにいる必要はない。
とにかく帝国に戻りたいという欲求が強くなっている。もう、これ以上兄たちと関わりたくない、というのも本音でもある。
ある時、そんなシェルベルンのもとを1人の貴族が秘密裏に訪れた。オーリ公爵である。オーリ公爵家は古くは王家の血筋であり、正面から国王を批判できる数少ない家柄でもある。今も、黒炎石特需の恩恵を受けてはいるものの、一部の貴族のように浮かれず、過度な贅沢もしていない。
「では、私の娘を王太子の后にしましょう」
公爵はそういい出した。長い時間かけてシェルバートに国王になるよう説得をしてきたが、完全に無理だと分かった。その代わりの提案である。
「あなたをこの国に引き止めるのは無理だと分かりました。しかし、このままいくと、この国の将来はありません。せめて、私の娘を后にして、実権を握らせましょう」
「あなたのお嬢さんが犠牲になることはない」
「いえ、私の娘は、あなたを深く尊敬しています。喜んでお役目を果たすでしょう。それが、我が公爵家の使命でもあります」
「仮に、お嬢さんは良くても、肝心の王家が断ったら?」
「いえ、大丈夫です。幸いなことに王太子の后の条件となる家柄の娘は5人しかおりません。娘は1番爵位が高く、頭がよく、そして美しいのです」
公爵はそう言い切り、「王家に断る理由がありません」といって微笑んだ。
こうして、リリシーアはトゥーゴの婚約者となり、ひっそりとシェルバートの弟子となった。
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