第11話 私はまだ恋を知らない


「私はこっそりバート様の教えを受けていました。もし、バート様がいなくなっても、王子の后となって、バート様の政策が続けられるように」

「なんだって!!!どういうことだ、后?結婚したのか?あのバカと」


イアンは1人掛け用のソファーから立ち上って(シーアの姿全体がよく見える位置だった)、長椅子に座っているシーアに詰め寄った。


「イアン、落ち着来なさい。彼女はここにいるだろう」

「、、、そうですね」


といいながら、シーアの横にぴったりくっついて座る。シーアは一瞬イアンを睨んだが、ため息をついて言葉を続けた。


「まあ、やはりこの国まで伝わっているのですね、あのおバカさんのこと」

「そうか、あのバカが婚約破棄したっていうのが、、、」

「私は15才のとき、王太子トゥーゴの婚約者になりました。これは父であるオーリ公爵が、バート様がいなくなった時のために考え出した秘策でした。今の王家は治世なんて興味がありませんから、便利な『駒』とでも思ってもらえれば、そこそこの実権は握れるはずだったんです」


「ちょっと待て」


イアンは吠えるようにシーアに言った。


「君はそれで良かったのか?もしかしてバカが好きだったのか?」

「まあ、彼はかなりの美男ですから、仲良くなれればいいなあ、位は思ったわ。でも、その時は公爵家として『国を正しい方向へ導かなきゃ』っていう使命感だったの。今考えると、青臭い、おこがましい考えよね」

「いや、君は素晴らしい弟子だったよ。たった1年だけだったけど、僕の意思をよく理解してくれて、すぐに、、、

「シーアは美男が好きなのか?あのバカを好きになったのか」

「もう、イアンは黙っとけ、軍にいた頃は天才知将として恐れられていたのに、こんなにポンコツだったなんて」


シーアは苦笑いをしながら


「私はまだ恋をしたことがなくて、、、」


と言った。イアンは今度こそ口を閉じて項垂れ、年長二人は天井を見上げた。


「ええっと、バート様がいなくなると、すぐに政治が行詰まったの。だって、ごますりしか政治の中枢にいないのよ。バート様に協力的だった優秀な官僚たちは、皆更迭されたり首になったり、ばらばらになったわ」

「ひどいな」

「だから私は国王の言いなりを演じつつ、きちんと『使える』人間だとアピールしていったの。最初は細々と書類の整理をする程度だったわ。そのうち通訳として外交のお手伝いをしたり、パーティーに夢中な王族の代わりに視察に行ったりして。そして、ちゃんと国王やお妃様へおべっかを使ったり、王が嫌いな父の公爵の不満を言っていると、次第に私を信用してくれるようになった」


「本当に私のせいで大変だっと思う」


バートが辛そうに頭を下げた。


「いえ、バート様の意思をついで国の役に立てると思うと、頑張れたの。国王だって、表面上だけでも尊重してくれていたわ。

ただ、王太子のほうは、だんだんと私のことを邪険にするようになって、あてつけのように恋人をつくったり、、、」


「あいつはコンプレックスの塊なんだ、君の方が人望もあるし優秀だから、それこそ嫉妬したんだよ」

「親子2代で優秀な者への嫉妬に狂うとか」

「それでも、国王は私を便利に思っていたから、『仮に后にならなくても、宰相として働くと良い』って約束してくれたの。側室だと政治には携われないから」


イアンは我慢できずに噛み付いた。


「はあ?気に食わねえな、何だよ『働くと良い』とか『側室』って、シーアを何だと思っているんだ」

「たしかにそうだが、お前はまだ黙っとけ」

「・・・・」

「それで、婚約破棄をされたときも、どうでも良かったんだけど、王族侮辱罪を適用されてしまって」

「あの国で王族侮辱罪は、法律なんて関係なく施行できるからな」

「国外追放を命じられてしまったの。王太子が貴族たちの面前で宣言したから、それは覆らないの。それで、全てを諦めなくちゃいけなくなって」


3人は辛そうな顔をしている。私には今、こんなに味方がいると思うとシーアは勇気がでた。


「ただ、王城にはバート様がこっそり育てた事務官達がまだいるから、シュタイン帝国との黒炎石輸出の締結さえできれば、私がいなくても最低限国民には迷惑がかからないはずだった。問題はミアっていう少女」

「バカの浮気相手か」

「有り体にいうと、スパイだった」

「ほう」

「バート様が黒炎石の取引の是正を行ったときに、最後まで難癖つけた国が、まだ諦めきれずにいてね。その時に更迭されたケント王国側の担当貴族と組んで、ミアを送り込んだようなの。最近になってやっと分かったんだけど」

「バカを手玉に取って、有利な条件を引き出そうと?」

「そのハズなんだけど、なんか行動が不可解なのよね、ミアの」

「王城にいる部下から時々報告を受けるんだが、ミアがしきりに『リリシーアが死ななきゃ始まらないのに』っていまだにブツブツつぶやいていると」

「彼女はすでに王太子の婚約者だし、目的は半分達成したはず。私は国外追放で、もはや政治に関わらない、なのに、、、」


「ぶっ潰してしまえ、あんな国」


「そう、だから我々で、ぶっ潰しに行くんだよ」

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