第6話 とりあえず抱きしめてみた

イアンは海外からの要人をもてなすために、3日ほど国内の観光地を回った。客人の中に王族の女性がいて、イアンを執拗に口説いて離さないので、帰国させるのに手間取った。やんわりと拒否するがかなり面倒で、精神的にまいってしった。


こんなときにシーアを連れていけないのが本当に残念だ。あいつなら、相手を満足させながらもきっちりと対応できるんだろう。それよりも今は、シーアの入れたお茶が飲みたい。


イアンは王城北側にある自分の執務室へ少しでも早く帰りたかった。だから近道をしようと第6庭園の中を通ったのだ。第6庭園は大昔の王が愛妾のために作らせたものだが、今では放置され、存在を知らない者のほうが多いだろう。すこし奥まったところにある古い東屋は、丁度いい昼寝場所でもあった。


以前はよくそこで休んだものだが、、、最近は行くことすらないことに気がついた。執務室の居心地がいいからな。シーアがちょこまかと動く姿を想像して少し笑ってしまった。


ん?


イアンは東屋に、珍しく人の姿を見つけた。男女二人のカップルが、顔を近づけ話し合っている。


いや、あれは、、、バートとシーアじゃないか。

なんで男女って思ってしまったのだろう。

しかし、東屋に男同士というのはいかがなものか。


イアンは何故か近くの木にさっと身を隠した。すぐに去るべきだと思ったが、身体が動かなかった。

ずっと気になってはいたが、二人の関係は何だ。

そして今、何を話している。どうしても知りたい。





バートはシーアと喋りながら常に周囲を警戒していた。幼い頃から命を狙われることも多く、必然的に身についた悲しい習性である。バートはシーアから視線を外さずに言った。


「シーア、近くにイアンがいる。また今度話そう」

「わかりました。お気をつけて」

「君もね」


そう言うと、バートはそばの大きな木に近づいていった。


「やあ、イアン君。お久しぶりだね」


気配を消したいたはずなのに、簡単にバートに見つかったのに驚いた。


「っつ!?ああ、久しぶりです。いや、部下が見えたので、仕事を頼もうと」

「そうなんだ、たまたまシーアに会って、前のやりかけの仕事について話していたんだ。お互い休憩中だったんだけど、僕が引き止めて悪かったよ」

「いや、大丈夫だ」

「すみません、イアンさん。もしかして急ぎの仕事ですか?今日まで出張だと思っておりました。すぐに仕事に戻ります」

「じゃあ、イアン君、シーア、失礼するよ」


そう言ってバートは去っていった。


シーアも執務室へ戻ろうと歩き出したが、イアンがシーアの前に回り込み、行く手を阻んだ。シーアが何事かとイアンを見上げた。


シーアはラベンダー色の大きな目を開け、戸惑ったような顔をしている。イアンはシーアの色づいた頬や首に、匂い立つような色気を感じてクラクラした。


「イアンさん?」

「何の話をしていた」

「え、バート部長とですか?」

「そうだ、バートと何を話していた」

「何か疑っているのですか?絶対に仕事の情報を漏らしたりはしておりません。バート部長とは、前の仕事のことで、、、

「こんなところで話し合う必要があるのか、別に前の職場でも良かっただろう」

「いえ、たまたまこちらで会ったので、、、」

「君は、嘘が下手だな」

「!!!!」


「オレは、軍にいたころ、任務のためなら力で人の口を割ることも厭わなかった。本当なら君には使いたくないが、」

「つまり」


シーアは低い声で言った。


「つまり、暴力で私の言いたくないことを吐かせようということですか、あなたには本当に関係のないことなのに」


イアンは自分の言ったことに対しても嫌悪感を覚えたが、それ以上に「あなたに関係ない」と言われたことにもショックを受けていた。


もちろん、情報漏洩なんて疑ってはいない。それに部下にだって私生活はあるし、普通だったら興味もない。なんでこんなに固執してしまうのか自分でも分からない。


「あなたって、、、本当に男って、、、最低、だいっ嫌い」


シーアは、イアンをにらみつけてながら、、、なぜか涙がぽろぽろ出てきた。

本当に男は最低。最後には暴力で女に勝とうとするんだわ。

この人のこと、ちょっと尊敬できると思ったけど、結局元婚約者と一緒なんだ。


イアンはイアンで、シーアに急に泣き出されてオロオロした。シーアの話した内容と、そして喋り方に違和感があって、、、


もしかして自分は大きな間違いを犯しているのかもしれない。



「えと、君は、女性、なのか?」

「だったら、どうだって言うの!私は一言も男だなんて言ってない!」


イアンはこんな状況なのに、急に嬉しさがこみ上げてきた。

もう、自分の感情が分からない。自分の行動が分からない。

シーアに初めて会ったときから自分が分からない。



で、とりあえず、シーアを抱きしめてみた。

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