第6話 ふたりで買い物(3)
「んー、やっぱりユキの姿も声も、他の人には認識出来なかったな」
カラオケルームの席に座った
「私の言った事は、現実離れし過ぎですもんね」
「まぁ足が無いのに普通に歩いてる時点で、俺の目にも現実的ではないんだけどさ。ただ俺にしか見えてないって部分に、イマイチ実感が湧かなかったんだよ」
「それは私にも不思議です。もしかしたら三廻部さんみたいな方が他にもいるのかも」
「可能性は十分にあるな。とりあえずさっきまでの俺は、君自身が周りに見えていないと思い込んでるだけかも知れないって思ってた。その疑いは完全に消えたけどな」
思い込みにより主観が決まる。それはその一個人の世界そのものであり、決して普遍では無い。だから三廻部はユキの抱える問題もそうであってくれればと、淡い期待を抱いていた。しかし実際にはユキ本人の心の持ち様とは程遠く、度し難い謎が浮き彫りになっただけである。彼女はやはり人間とは異なる存在なのだろうか。
男が頭を悩ませつつ、購入した商品を吟味している間に、少女はとある質問を投げ掛けた。
「あの、三廻部さん。なんで二人分の料金を支払ったんですか?」
「なんでって、二人いるからだけど」
「でも店員さんには私が見えませんし、逆に不審がられたではありませんか」
ユキには三廻部の行動原理が理解出来ていない。待ち合わせなどと嘘を吐いてまで多く支払いをしたり、買い物中も躊躇なく話し掛けてきたり、男は自分が損をする事を平然と行なってきた。このまま自分が三廻部を頼っていれば、彼まで生き難くなってしまうのではと、そんな不安さえ脳裏をよぎってしまうのである。ユキの心境は複雑だった。
対する三廻部は、ユキの質問の意図を大方予想出来ている。誰にも認識出来ないのであれば、尚のこと自分だけは少女の存在を認めたかった。そんな気持ちからの行動であり、周りからの視線など気にしていられない。男なりに優先順位を考慮した結果である。
「ユキはさ、見えないからって盗みや不法侵入を働いたか?」
「いえ、そんなことはしてませんけど」
「だよな。寝る場所に困れば勝手に他人ん家入れるし、腹が減ればその辺の店から持ち出したって、君ならバレやしない。でも良心が働いて出来なかったから、さっきまで困ってたんだろ?」
「悪い事をしたら、それこそ中身まで人としていられなくなりますから……」
「それと同じだよ。俺にはユキが見えてる。確かにここに居るんだ。なのに相手に見えないからって居ないように扱うのって、悪い事してる気分になるだろ」
「……本当に良い人なんですね、三廻部さんって」
「俺は何も特別な事なんてしてないさ。ただ当たり前の行動を取っているだけ」
今の状況下において当たり前に振る舞える事が、どれほど特別な事なのか。少女はそれを深く噛み締めながらも、あえて口には出さなかった。
男は日焼け止めクリームや冷却シート等、今すぐ必要になる物を一通りテーブルに並べると、おもむろに椅子から立ち上がる。何事かと不思議そうに見つめるユキに、これだけでは伝わらなかったかと説明を始めた。
「俺がいる前では使いづらいだろ? 日焼け対策は全身に必要だろうし、一旦部屋から出てるから、塗り終わったら扉を少しだけ開けておいてくれ」
「そ、そういう事だったんですね。すみません、察しが悪くて」
「腕や脚だけじゃなく、念の為服の内部も塗っておいた方がいいぞ。君の肌は真っ白なのに、この短時間で腕とか結構赤くなってるから」
「……ちょっと白過ぎて気持ち悪いですかね?」
「ん? 何を言ってるんだ? そんなに綺麗な素肌が、気持ち悪いわけないだろう」
少し頬が火照って見えた少女を残し、男はひとりでその部屋を後にする。彼の脳内で煮え切らないのは、ユキがこぼした言葉だった。脈絡無く発せられた『気持ち悪い』というひと言。記憶が無く、他人に視認される事もない彼女の発言にしては、違和感を覚えずにはいられない。仮に幽霊の逸話になぞらえるのであれば、生前の未練が霊体を現世に留めるといった具合に、現在に至る以前のユキに関係があるのではないだろうか。そこまで思考を広げつつ、飲み物を手に部屋の前まで戻ると、すでに扉は半開きであった。
「肌にしみたりはしなかったか?」
「はい、大丈夫です。ひんやりして気持ち良かったですし、塗ってる間は懐かしい感触と言いますか、使い慣れた感じがしました」
「まぁ生来の体質だし、これまでも数え切れないくらい繰り返しただろうからな。冷却シートは脇や首筋にも貼ったか?」
「貼りました。血管が多くて、皮膚の薄い場所が有効なんですよね」
対策を整えながら休憩を取った二人は、その後日用品や食材を求めて街へと再び赴く。共同生活を前提として買い集めた荷物は決して少なくないが、どうやらユキが手に持つ物は、本人同様周囲に認識されないらしい。
側から見れば大荷物を提げたひとりの男、実際には並んで歩く二人の男女の、不自然なルームメイト生活が始まろうとしている。
観測不能なルームメイト 創つむじ @hazimetumuzi1027
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