第5話 ふたりで買い物(2)

「どうしたユキ!? なんかフラフラしてないか!?」

「すみません。暑さにやられたのか、ぼーっとしてしまいまして……」

 

 二人は家を出てから、まだ二十分と歩いていない。しかし三廻部みくるべの目に映るユキの姿は、まるで急病患者のように苦しそうに見えた。熱中症にでも罹ってしまったのだろうか。そんな懸念が脳裏をよぎった時、三廻部はある重大な事を思い出す。すぐさま倒れそうな少女の手を引き、近くにあるドラッグストアの店内へと連れ込んだ。

 

「すまん、俺がうっかりしていた。君はアルビノの特性を持っているんだもんな」

「三廻部さん……? それが何か関係あるんですか?」

「あぁ。メラニン色素には日光を遮る役割があるんだ。それが生成出来ない君は、紫外線の影響を直に受けてしまう。他の人より外出には気を使う必要があるんだ」

 

 ユキは水色のワンピースの下に、薄くて白い長袖のブラウスを着ている。恐らく腕の日焼け対策の為、記憶があった頃から夏でも長袖にしていたのだろう。それでもこの日の日差しは強く、手の甲を始め、軽く捲った袖の下まで真っ赤になっていた。

 三廻部はもっと早く気付くべきだったと後悔したが、幸い店内はエアコンが効いているし、日焼け止めや冷却シートも購入出来る。彼女の容態が回復してから、売り場を見て回る事にした。


 しばらく涼しい場所で休んだユキは、ヒリヒリする四肢の感覚にふと懐かしさを覚える。けれど彼女は、これまで体質と向き合いながら生きてきたはずなのに、三廻部以上にアルビノの知識に疎かった。彼に言われて体調が悪い原因を知ったが、そこに思い至らなかった自分は、本当にこの体と共に生活していたのだろうか。そんな疑念まで抱き始めている。

 

「どうだ? 少しは楽になったか?」

「はい、もうちょっとすれば動けそうです。ご迷惑をお掛けしてすみません」

「気にしなくていい。その辺の習慣も忘れてしまったのだろう。ひとまずここで暑さ対策に使える物を買って、それから洋服とかを買いに行こう」

 

 不甲斐ない自分を責めようとせず、身内のように心配してくれる三廻部に、ユキはあたたかい気持ちになっていた。こんな厄介者にも親身になれるこの人は、一体どんな人生を送ってきたのだろう。隣にいる男への興味が、少女の中でどんどん膨らんでいく瞬間だった。

 気付けば顔の火照りは内的要因に変わっており、ユキの体はすっかり軽くなっている。

 

「そろそろ普通に歩けそうです。頭もクラクラしなくなりました!」

「本当か? まだ顔が赤いようにも見えるけど」

「え!? あ………ほら、三廻部さん! 周りの人から変な風に見られちゃうので、会話はなるべく控えましょうよ!」

「変な風? 独りでなんか言ってるおっさんがいるなぁ……くらいにしか思われないだろ。なんなら電話でも耳に当てておこうか?」

「そ、それでも目線とかは誤魔化せないじゃないですか!」

「うーん、あからさまに怖がられでもしたら、それから気にすればいいんじゃないか?」

 

 多感な時期を抜け切れていない少女には、三廻部の落ち着き方が理解出来なかった。周りに対する気遣いはあるのに、自分自身の損得に無頓着過ぎる。心の中ではそう思っているユキであるが、商品を手に取りながら話し掛けてもらえる事が、何よりも嬉しかった。


 ドラッグストアでの買い物を済ませた三廻部は、スマホでマップを開き、次の行先を探している。またユキが体調を崩さないために、付き添いの男には考えがあった。

 

「ここから徒歩二分くらいの所に目的地がある。なるべく日陰を通って行こう」

「次はどこに向かうんですか? お洋服屋さんですか?」

「いや、カラオケ」

「カラオケですか!? 三廻部さん、歌うのがお好きなんですか?」

「歌いに行くんじゃないよ。買ったこれを使わないと意味無いだろ?」

 

 手に提げた袋を顔付近まで持ち上げ、眉を上げて同意を求める三廻部を見て、ユキもカラオケが選ばれた理由を察する。

 店を出てからも極力屋根の下を通り、無事に目当ての場所へと辿り着いた。

 自動ドアをくぐった三廻部は、すぐに受付の目の前まで向かう。

 

「いらっしゃいませ。一名様ですか?」

「いえ、二人でお願いします」

 

 店員の視界には成人男性一人しか映っておらず、若干首を傾げている。

 ユキが数えられていないと確信した三廻部は、二人である理由をそれらしく続けた。

 

「連れと待ち合わせていて、後から合流する予定なので」

「……! かしこまりました。お時間はお決まりでしょうか?」

「一時間でお願いします」

「かしこまりました。二名様一時間のご利用で、お会計が千六百円になります」

 

 支払いを済ませ、指定された部屋に入ると、男は早速購入した商品をテーブルに並べる。すぐに使えそうな物ばかりを揃えたし、この個室であれば人目を気にする必要も無い。


 だがそれを見ていたユキには、多少なりとも不安要素があった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る