第4話 ふたりで買い物(1)

 ユキと名付けられた少女は、名をくれた三廻部みくるべに対して疑問を抱いていた。彼の言った当面の間という表現は、まるで自分を傍に置くのが決定事項の様な、そんな言い回しに聞こえる。ユキ自身、そう頼み込もうと考えていた訳であるが、自分から言い出す前にそれを匂わせる発言が出た事が、想定外だったのだ。たまらず言葉の真意を確かめようとする。

 

「あの、三廻部さん。名前まで決めて下さって、私はここに居てもいいんですか?」

「他の人間に見えないなら、警察でも身元を調べられないし、行政にも頼れないだろ? だったら君を認識出来る俺の近くに居るのが、一番安全だと思うけど」

 

 あっけらかんと返答した三廻部に、他意は無かった。少女が何者であるにしろ、放り出して野垂れ死にされても後味が悪い。記憶を失った原因が心理的なものであれば、複雑な事情を抱えている可能性もある。だったら彼女の問題をひとつずつクリアにしていき、どこかに居るであろう家族や親戚の下に帰してやるのが、一番良い解決法だと考えた。


 片や当たり前の様に気遣われたユキは、感動のあまり言葉も出ない。孤独から解放してもらえただけではなく、先の生活まで考えてくれていた事に、何よりも心打たれた。

 

「ん、大丈夫か? なんか嫌なことでも思い出したか?」

「いえ、違います。本当に嬉しくて……」

 

 俯きながら目を擦る少女を、三廻部はしばらく黙って眺めていた。だがひとつ気がかりな点があり、ポケットからスマホを取り出して調べ始める。

 

「うーん、やっぱり間違いなさそうだな」

「……三廻部さん? どうかしたんですか?」

「あぁ、話が変わるんだけどさ、ユキはアルビノっていう体質なんだろうなって」

「アルビノ? ……ってなんですか?」

「それは知らないのか。アルビノって言うのは、生まれつきメラニン色素を生成する遺伝子が欠損してる体質で、髪や体毛、肌や瞳孔の色なんかが白っぽくなるんだ」

「それ、そっくりそのまま私の体ですね!」

「そうなんだよ。爬虫類とかでアルビノの個体は見たことあるけど、その体質を持つ人物に出会うのは初めてだからさ。自信が持てなくてネットで調べてたところ」

 

 検索した画像を見せられたユキは、写真の中の人物達が、街中のガラスに映った自分の特徴に酷似している事に目を丸くした。周囲の人と自身の姿に差を感じていたし、それが認識されない要因かもしれないと疑っていたからである。

 同じような外見でも普通に生きいてる人々がいるなら、なぜ自分だけが特殊な状況下に置かれているのかという、新たな疑問も彼女の心に生まれてしまったが。

 神妙な面持ちに変化していくユキに対し、三廻部から声を掛ける。

 

「もし可能であれば、日用品なんかを買いに行きがてら外を歩かないか? 君が本当に他人の目に映らないのか検証にもなるし、所持品も持ち合わせていないだろ?」

「は、はい! 外を歩くのは大丈夫です! ですがあの……私、お金も持ってなくて」

「それは気にしなくていい。それなりに蓄えはあるし、どう見てもユキは高校生から大学生ぐらいの年齢だ。今後の事も考えて、なるべく普通に生活出来るよう協力するから」

「ですがそれでは、あまりにも三廻部さんの負担になり過ぎてしまいます!」

「だったらこうしよう。経済面は俺が支えていくから、掃除や洗濯なんかの家事を手伝ってくれ。そういう共同生活なら、仕事の日だって俺はだいぶ楽をさせてもらえる」

「わかりました! 私、一応お料理も出来ますので、家事全般は任せて下さい!」

「それは頼もしいな。二人分で大変だろうけど、よろしく頼むよ」

 

 上手く折り合いを付けた両者は、外出の為に準備を始めた。ユキは持ち物も無いので、服や髪の汚れをチェックする程度だが、三廻部に関してはまるっきり寝起きのままである。Tシャツに短パンというラフな恰好では、さすがに外を出歩けない。八月上旬の蒸し暑い時期に見合う薄着に着替え、財布等の買い物に必要な物だけをポケットに詰め込み、大まかな支度を整えた。三廻部本人的には、ボトムスの丈が伸びたくらいの違いでしかないが。

 

「それじゃあ行くか」

「はい! 行きましょう!」

 

 家の戸締りをして、街に向かって歩き始めても、男の隣に居る少女は元気いっぱいだった。三廻部はもっと不安にさせてしまうと予想していたので、むしろ生き生きとしたユキに安心している。

 しばらく歩いていると、何人かの通行人とすれ違っているものの、二人は特に違和感を感じていない。端に寄っているユキが見えているか考える以前に、基本的に道行く人をいちいち気に掛ける人物の方が少数である。ただ散歩するだけでは何も参考にならないと思われたが、三廻部は多少なりとも情報を拾えていた。

 

「やっぱりユキは見えていないのかも知れないな」

「え、どうしてそう思われたんですか?」

「不自然なくらい、周りの視線が自然なんだよ。君の外見はもっと注目を集めてもおかしくないのに、誰も目を向けていない。俺だったらもっと気にするけどね」

「な、なるほど……。そういうものなんですね」

 

 ジリジリと照り付ける日差しは、徒歩で移動する二人の体力を急速に奪っていく。商店街が見えた頃には、ユキは腕や脚に痛みを感じていた。

 隣の少女がおぼつかない足取りになって、三廻部もようやく異変に気が付く。ユキにとってこの環境は笑い事ではなかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る