海風とコーヒーと



 夕暮れ近くに

 風が少し強くなった


 強烈な潮のかおりが庭まで流れ、そして

 熱に紛れて白いカーテンをゆらす

 

 カーテンの奥、薄暗くなったキッチンで

 ボコボコッとサイフォンのコーヒーが泡立つ

 海風にコーヒーの香りが重なっていく


 あなたは……

 白いジーンズをはき、裸足のままベランダへ出て

 入れ立てのコーヒーを、さも美味しそうに口に含む


 シャツが風にふくらむのに、まったく無頓着で


 空を見上げ、思い出したように

 こちらを振り返る


 ——おや、そこにいたんだ


 おや、そこに

 まるで気づいてなかったような言い方


 前髪が、シワの寄った額にかかる

 白いものが混じった

 あまりに見慣れた顔


 わたしは夕日に隠れた部屋から庭のベランダを眺めている


 あなたは……

 籐で編んだガーデンソファのクッションを叩いている

 それが過去と同じなのか確かめているかのようだ


 もう忘れた恋心


 それでも、そこに、青年だったあの人がいて

 幸せそうにコーヒーを飲む


 だから、わたしは出会った日と同じように息を飲む


 ——ねぇ


 あの人はなにも答えない



 ただ、コーヒーカップをわたしに差し出す




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