第41話 面会……!!

「丁度、僕も、君と話したいと思っていたところだよ」


 源の、ガラス越しの笑みは、不気味極まりなかった。


「15分だけだ」


 後ろで、佐々木警部補が壁に背を預けて言う。腕時計を確認していた。

 俺とマリンちゃんが、彼と向き合うようにして座る。源はマリンちゃんを見てかすかに目を見開いたが、すぐに表情を隠した。


「で、相談って?」

「朝姫への被害届を取り消せ」

「なぜそんなことを? 僕に利点がない」

「利点なんて知ったことか。お前のせいで、朝姫の人生が狂わされた。その償いをしろ、と言っている」


「だとしたら、君はどうなんだ?」

「なんだと?」

「君も少なからず、僕の人生を狂わせた。その償いは……とってくれるのか?」

「お前の人生が狂ったのは、お前がストーカーとなった結果だ。因果応報なんだよ!」


 傷が痛む。額から汗が流れるのを感じた。


「夜くん……」

「大丈夫、大丈夫だ」

「……いいだろう」


 彼はにやりと笑った。


「仮にそうだとして、なぜ彼女の場合は許される? 彼女は少なくとも、僕を殺そうとしたのは事実なのだから。因果応報――なのだとしたら、彼女にもそれは、適応されなければならない」

「……っ!」

「顔色が悪いなあ、凪坂真夜。妹から刺された傷が痛むのだろう? 殺意を込めた一撃だったからね……そう、疑問だったのさ。僕は……、それだけが不明のままだった。あの時、どうして君が僕を庇ったのか……それが知りたかった」

「少なくとも、お前を守るためじゃない」


 ――朝姫を守るため。

 それだけだ。


「いつか、君はこんなことを言っていたな。妹に殺されかけている、と。恨み、憎まれ、殺されそうになっている。それでも、妹を助けるのが兄の役目だ、と」


 彼は表情を一切変えないまま喋る。


「あの子が……本当に君を殺そうとしていると思っているのか?」

「……?」


 意味が分からなかった。

 今更、そんなことを聞いてどうする?


「だとしたら……なんなんだよ」

「いや……愚かだ、という感想を抱くだけだ」

「いいから、朝姫ちゃんを解放しなさいよ」


 我慢できなかったのか、強い言葉を発したのはマリンちゃんだった。

 あるいは、熱くなっている俺のためかもしれない。

 腹の傷が、悲鳴を上げている。


「これは、強いお嬢さんだ。テレビで見たことがある、な」

「そんなのどうだっていい。朝姫ちゃんは、優しい子なの。少なくとも、あなたみたいな悪意に満ちた人に、人生が壊されるべきじゃない」

「勝手な言い分だ。そこに僕の視点はあるのかな? 僕の人生の視点は……」

「本来、近付いてはいけない人が近付いてきている……おかしいのはあなたなの」

「いいでしょう!」


 彼は息を吐きだした。


「認めましょう。確かに僕はストーカーだ。けれど、君たちは勘違いをしている。僕がストーカーであることと、彼女が僕を殺そうとしたことは、なんら関係のないことにね」

「あのナイフはあんたのものだ。朝姫はただ、正当な防衛をしただけだ」

「妄言だな。あのナイフからは、彼女の指紋しか見つかっていない」

「なん……! どういうことですか?」


 佐々木警部補に目を向ける。

 確かにおかしいとは思っていた。言った通り、あれは誰かどう見たって正当防衛だ。朝姫が口を開かなかったところで、そういう可能性があったことも、警察は追えたはずだ。


「ナイフから見つかったのは、凪坂朝姫の指紋。そして、凪坂真夜と――源鉄平の血痕。購入した形跡も完全に消されており、警察でも、あのナイフが、つまりが、捜査の中心になっているのは間違いない」

「そんな……だって、あの時、確かにこいつは――いや、待て」


 思い出す。

 あの場面を。

 大きな違和感。

 そうだ。源鉄平は――手袋をしていた。


「手袋で、指紋が残らなかった……のか!」

「私は、その可能性を追っている」


 佐々木警部補が言う。


「可能性……警察は、そんな曖昧な理由で逮捕するのか? 凪坂真夜からどんな話を聞いたかは知らないが、それらの話は、僕の話した内容とは全く違ったはずだ。どちらが正しいかは、犯罪者であるか、そうでないか――? いや、違う。そんな曖昧な理由で、真実を押し付けていいはずがないですよね」


 やられた。

 だから、警察は、朝姫を解放しなかったのだ。

 そんな強引な言い分で――!

 おまけに朝姫は今、喋らないときた。唯一の情報源は、皮肉にも源だけだったわけだ。


「とんでもない下種野郎ね。私のファンじゃなくてよかった」

「だが」


 源は睨むようにして、マリンちゃんを黙らせると、俺を見た。


「凪坂真夜。君が、僕の取引に応じてくれるというなら……、証言を取り消し、君に有利になるよう――簡単に言えば、朝姫さんへの被害届を取り消そう」

「……取引?」

「だめ、夜くん」

「…………」

「小娘は黙っているがいい。凪坂。妹を助けたいだろう? 助ける方法は、一つだ。僕に従うことだ。違うか?」

「…………」


 なにが正しいのか。

 なにが間違っているのか分からない。


「残り5分だ」


 佐々木警部補の声が聞こえた。


「どうせとんでもない取引に決まってる。だめよ!」

「……取引内容は?」


 源が口角を上げる。


「凪坂朝姫と話をさせたまえ――2人きりでね」

「…………話だって?」

「たったそれだけのことだ。簡単だろう?」


 確かにそうかもしれない。

 だけど、彼の不気味な笑みが、その言葉の底に悪意があることを告げていた。

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