第40話 病院にて

 ここは旅行先の病院らしい。

 上半身を起こし、周囲を確認する。

 杏奈とマリンちゃんの姿は確認できたが――朝姫とすみれちゃんがいない。


「2日も寝てたんだぞ」

「朝姫……朝姫は?」

「警察」

「……は?」

「警察署で取り調べ受けてる」


 杏奈は息をついて、マリンちゃんの頭を軽く撫でた。


「あんたが刺された後、倉木さんが警察を呼んで……血まみれのナイフを持って放心状態だった朝姫ちゃんと、それから相手の――名前なんだっけな……ああ、そう、源。源鉄平。あいつも一緒に連れていかれた」

「……それで?」

「すみれちゃんが付き添いで行くことになって……あたしとマリンちゃんで、あんたのお見舞いをすることになった。朝姫ちゃんの代わりにな」

「聞きたいのはそこじゃない!」


 大声を出すと、腹が痛い。


「朝姫は……どうなった?」

「…………」


 杏奈はゆっくりと首を横に振った。

 マリンちゃんが、目を覚ました。

 そして、俺が起きたことに気付く。


「夜くん!!」


 傍に寄ってきて、抱きついてくる。

 いててて……。

 痛いけど、あったかい。


「よかった……! ほんとによかった!」

「マリンちゃん、凪坂は病人だぞ」

「あっ、ご、ごめん」

「いや、いいよ」


 ぱっと離れた彼女に、声をかける。

 それに対して、はにかんで返してきた。


「それより……朝姫ちゃんが……逮捕されちゃった!」

「知ってるよ。ていうか、逮捕ってわけじゃないんだろ?」

「今は取り調べを受けてる段階だな」


 答えたのは杏奈だ。

 同時に、個室のドアが開き、そこから白衣の男と茶のロングコートを着た男が、こちらへ歩いてくる。

 全員が身構えた。


「どうやら目を覚ましたみたいですね。とにかく……安心いたしました」


 白衣の男が言う。


「私は永山と言います。主治医です。こちらは……」


 永山先生の横に立っていた男が、一歩前に出た。胸のポケットから黒い手帳を取り出す。年齢は30から40ほどだろうか。頬骨が出ているのが特徴的だ。


「佐々木です。見ての通り……警察の者です」


 手帳が開かれ、中を確認すると、それが確かに警察手帳であることが分かった。佐々木信成――警部補らしい。


「少しお話を聴かせていただけないでしょうか? 病み上がり……いえ、まだ病人という立場ですが……凪坂真夜さん――あなたの妹さんが、どうにも精神状態もよろしくないので、話を聴くこともできない状況なんです」

「彼女は無罪だ」

「あなたを刺したことは事実ですよね?」

「被害届を取り下げることはできるんですよね?」


 彼は渋々頷いた。


「しかし、真実は教えていただきたい。少なくとも、源鉄平は、凪坂朝姫に殺されそうになった、と証言している。君が被害届を取り下げたところで、源さんからの被害届は消えない」


 なんだって?

 ふざけてる。なんて野郎だ。ストーカーをしておいて、おまけに俺や朝姫を殺そうとしておきながら!


「まあもっとも、彼の場合は、どうしてあの場にいたのか――という質問に対しては、一貫して黙秘を貫いているが」

「本当のことを話せば……朝姫を解放してくれますか?」

「申し訳ないが、その約束はできない」

「……」


 そりゃそうか。


「分かりました。だったら、せめて源鉄平と話をさせてもらえませんか? 俺が知っていることは喋ります。だから……彼と面会させてください」

「…………仕方がない。15分だけなら、時間を用意できるかもしれない」

「ありがとうございます」


 頭を下げる。


「ちょっと待ってください。外出するというのですか? この傷で?」


 止めたのは医者の、永山先生だった。


「許可をいただけませんか? 源をこちらに連れていくことはできませんから」

「俺なら大丈夫です」


 俺はゆっくりとベッドから降りる。体の節々が痛い。当たり前だ。傷は深く、まだ2日しか経っていない。


「だめだよ、夜くん!」


 マリンちゃんが止めてくる。


「怪我だってまだしてるし……そりゃあ、朝姫ちゃんのことは心配だよ。でも、でも……!」

「大丈夫。マリンちゃん。死ぬわけじゃない。ですよね、先生」

「命に別状はありません。ですが、傷が開きますよ」

「暴れるわけじゃありません。無理は……しませんよ」

「じゃあ、私もついていきます!」


 マリンちゃんが手を挙げた。


「さっきから気になっていたんだが……君は……あのアイドルの、日野マリンちゃん、じゃありませんか?」


 佐々木警部補はおそるおそる訊ねる。


「そうです!」


 マリンちゃんの頷きに、彼は顔を明るくした。

 ていうか、そんな堂々と宣言していいのかよ。


「だ、大ファンなんです。あ、ああ……職務中じゃなければ、サインをもらうのに」


 佐々木警部補は自分の中の天使と悪魔と戦っているようだった。

 一方、彼女はにやりと笑った。


「連れていってくれたら……サイン、書いてあげますよ。それも、佐々木さんのためだけの……」

「ぐっ……ひ、卑怯だ」


 そんな卑怯でもないんだけど、わりと大ダメージを受けていた。

 なんだこの茶番。


「握手もしてあげようかなー」

「ぐああああああ!」

「1日署長とかも? できちゃうかも?」

「よし!!! 行きましょう! 3人で!」


 こうして、佐々木警部補は、あっさりと陥落したのだった。

 マリンちゃんが俺に顔を見せて、小さく舌を出した。


 小悪魔め。

 でも、助かるな、正直。

 さあ、行こう。


 今度こそ、決着をつけに。

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