第30話 後日談

 結局のところ、マリンちゃんのマネージャーである倉木さんの計らいもあってか、週刊誌は僕とマリンちゃんのことから手を引いたかのように見えた。

 倉木さんが、裏で一体、どんな取引をしたのかはさっぱり分からないけれど、マリンちゃん曰く、聞かない方がいいらしい。


 芸能界の闇――ってやつなのだろう。

 でもそれもまた、正しくあるためなのだろう、と思う。

 マリンちゃんという1人のアイドルを守るため。

 マリンちゃんというちっぽけな少女を守るための。


 ――正義、だ。


 そう、正義。

 今回の件で、正義で動いていない人間がいたとしたら、それはきっと俺だけだ。

 皆は、本来あるべき姿に向かって進んでいた。

 俺が動かなければ、きっと社会はうまく回っていただろうし、不幸になる人はいなかっただろうし、誰もしなくていい苦労をせずに済んだろう。


 いまだに家の付近では、パパラッチらしき不審者を見つけることがあるけれど、何日かしたら、大体は消えている。


 きっと、それを見つけたマリンちゃんから倉木さんへ話が行き、彼が手を回しているのだろう。

 そのうち、パパラッチもいなくなるはずだ。

 まあ、死滅することは絶対にない。


 でも、それでも問題ないだろう。

 俺とマリンちゃんは、ただ親戚同士、会っているだけなのだから。


 結局のところ、それを公表することで、全ては丸く収まったというわけだ。

 外でキスでもしない限りは――平和が保たれた。


 そんなわけで、今日はマリンちゃんが、休みというわけで夕食を作ってくれるらしい。


「はーい、カレー! できたよ!」


 彼女の一声で、階段を駆け下りてくる朝姫。

 朝姫はすっかり、マリンちゃんに懐いていた。


 朝姫はあの殴り込みの後に、すぐに謝った。


「今日まで、意地悪な態度取ってごめんなさい」


 深々と、頭を下げて。

 それが、彼女なりの落とし前の付け方だったのだ。


「いいよー、気にしてないよ!」


 満面の笑みで、マリンちゃんは言う。


「だって、朝姫ちゃんのおかげで、ナイトく――じゃなかった……って、なんて呼べばいいんだっけ」

「凪坂でいいよ」

「でもそれじゃ、朝姫ちゃんと区別できないじゃん」

「できてるだろ」


 普通に。


「なんか嫌! 距離感じる!」

「えー……」


 我儘だなあ、おい。


「じゃあ、よるとかでいいよ。友達からのあだ名はそれだったし」

「おっけー。夜くん。その夜くんと、仲直りできたのは、朝姫ちゃんのおかげだからね」

「そんな大袈裟な……」


 ――そんなわけで、朝姫はしっかりと、形式的に、気持ちを込めて、マリンちゃんに謝ったのだった。

 まあ、その間に挟まれる俺が一番気まずかったわけだけど。

 それでも、解決したならなによりだ。


「うわー、美味しそう!」


 朝姫は昔のことを忘れたかのように、最高の笑顔で並んだ料理に目を輝かせている。

 まあ、いいことだ。

 悪いことじゃない。

 けっして。

 確かに、この時間は幸せなものだった。

 マリンちゃんと結婚したいと思えるほど、彼女のことが好きかと言われると、それはNOだ。

 でも、マリンちゃんのことは大切にしたい。

 守ってやりたい。

 その気持ちは本物だから。


 だから、今日もまた、彼女の料理をありがたく。

 そして何も考えることなく、口に入れる。


 いただきます、と。

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