第29話 彼女の決断と彼の決意!?
少しばかりの回想。
家に兄の俺がいないことに気付いた朝姫は、どうやら異変に気付いたらしい。
つまり、俺がマリンちゃんに会いに行ったんじゃないか、という懸念だ。
まあ、そこまではよかった。
それは俺も考えていたことだし、かといって朝姫にはどうしようもないだろうことくらい。
予想外だったのは、マリンちゃんと朝姫が連絡先を交換していたことだった。
マリンちゃんが強引に交換を差し迫ったらしい。
俺ですらまだなのに。
なにちゃっかり外堀から埋めようとしてんだ。
両親はすっかり埋められた側に入っちゃったので、最初からそのつもりだったのだろう。
世渡り上手だ。
まあ、そんなわけで、朝姫はマリンちゃんに連絡を取り、事務所へ向かったらしい。
そこで、喫茶へ向かった倉木さんの話を聞き、そこへ駆けつけた――までが一連の流れのようだ。
にしても、連絡がとれるなら、俺がわざわざこんな無茶しなくて済んだじゃないかよ。
いや、朝姫はきっと、違うのだろう。
朝姫のことだから、多分、俺とマリンちゃんを会わせたかったのだ。
根はやさしい子だからな。
俺のことは、殺したいくらい憎んでいるけれど、マリンちゃんにはそうじゃなかった。
そう、初めから考え過ぎだった。朝姫のことを見くびっていたんだ。
俺の許嫁は、気に食わないと思うことすらあれ、決して殺そうとなんて思っていなかった。
だから……俺とマリンちゃんを引き合わせたい、とシンプルに考えたのだろう。
本当にいい妹に育ったよ。
俺を殺そうとすることを除けば、な。
てなわけで、回想は終わり。
場面は喫茶のテーブルに戻り、席には六人の登場人物が座っていた。
マリンちゃん、倉木さん、杏奈――俺、朝姫、すみれちゃん。
「二度と会わないって決めたんじゃなかったのか」
倉木さんが冷たい言葉を投げつけた。
マリンちゃんはずっと俯いたままだった。
「それが……この子にどんなことを言われたのか知らないけど、ホイホイとついてきてな……」
「違います」
彼女は首を横に振った。
そして、顔を上げる。
「私、ちゃんとお別れを言いに来たんです。あの時は……少ししか言えなかったから」
「……どういう――」
「ナイトくん――ううん、凪坂くん。ごめんなさい。私があなたの家に行ったのは、ただ親戚をからかいに行っただけ。私ほどの国民的アイドルが、あなたみたいな小市民を相手にするわけないでしょ?」
彼女は言葉を並べる。
「本当に面白かった。私の作った適当な料理を喜んで、私のちょっとした誘惑に頬を赤らめたりして……、全部、何もかも嘘なのに。私のストレス解消になってくれてありがとう。久々にスッキリできたわ」
彼女は、満面の笑みを浮かべる。
本当に、楽しそうに。
毒が抜けたかのように。
別人かのように。
「だからさ、こんなところまで追いかけてきたら、本当にストーカーだよ。親戚のストーカーなんて私、勘弁してほしいよ。だから、帰ってください。私とあなたは、生きる世界が違うから」
「…………」
俺は、動かない。
「……気色悪いの。関係ないくせに、平気で首突っ込んできたりして。助けてなんて頼んでない。だから、お互いのために、さ。帰ってよ」
「…………」
誰も、動かない。
「私、あなたはタイプじゃないの。好きっていうのは……全部嘘。嘘だから……帰って」
「…………」
「帰って!!」
叫んだ。
彼女は――めいっぱい。
沈黙が続く。
心配そうに店員さんが駆け寄ってきた。店員さんはどうやら、マリンちゃんの存在に気付いたようで、慌ててカウンターの方へと戻っていった。
畏れ多かったのか、あるいは裏でツイートでもしようとしているのかもしれない。
「……はあ……はあ……」
「俺とマリンちゃんはさ……」
ここで初めて、俺は口火を切った。
「出会ってまだ四日くらいしか経たなくて……俺なんてマリンちゃんのことを忘れてるくらいでさ……マリンちゃんのことなんて、実際のところ、ほとんど知らないんだ」
「……だから」
マリンちゃんが睨むように俺を見ていた。
「でも、分かるんだよ。今、マリンちゃんは嘘をついてることくらい。俺はさ、ここに、マリンちゃんの本音を聞きにきたんだ。その結果、どうなるのか、分からない。どうするのか、分からない。でも、マリンちゃんの本心が知りたいから。それを知ってから、どうするか決めるためにここに来たんだ」
「本心は……だから、もう会わないで……だよ。言ったでしょ。好きだなんて、嘘だって」
「……嘘なんだな」
「そう」
「でも、だったらなんで、結婚の約束は嘘って言わないんだ? 俺のことが好きなのは嘘って言った。でも、俺を本当に説得したいなら、昔やった、結婚の約束はなかった――そう言うべきなんじゃないのかよ」
「それは……」
「言えないんだろ。それだけは」
思わず、立ち上がる。
「それだけは嘘をつきたくなかったんだ。だから、濁した。その約束だけは、嘘にしたくなかった。なあ……さっきはあんな風に言ったけどさ……俺はマリンちゃんが、俺と一緒にいたいと願うなら、最大限努力する。そうしたいなら、そうさせてやる。今更、女が1人や2人増えたところで、変わらないさ」
言え。言うんだ。
彼女のために。
違う。俺自身のために。
「どうしようもない障害が目の前に立ちはだかったなら、俺がぶっ壊してやる! だから、聞かせてくれ! マリンちゃんの言葉を!」
「…………そんなの」
マリンちゃんの声は震えていた。
「そんなの、でも……」
「正直に言ってやる。俺はマリンちゃんのことは別にそこまで好きでもないし、結婚の約束だっていまだに受け入れられていない。でもな……楽しかったんだ。マリンちゃんと一緒にいて。楽しかった。朝姫と仲が悪いのはちょっと大変だったけど、でも毎日がすごく充実してた。だからさ……大切にしてやりたいって思った。守ってやりたいと思った。困っているなら助けたいと思った!」
「ずるいよ……そんなの……」
マリンちゃんの目から、涙が零れた。
「そんなこと言われたら、私……もう……」
「…………マリン」
倉木さんが彼女の肩を叩いた。
「君が今後、アイドル業も頑張るというのなら、……僕のことは忘れていい。君が背負う必要はない」
「……ううっ……私は……私は、ナイトくんと一緒にいたい。ナイトくんと一緒にご飯を食べたい。会える日に会って話がしたい……うええええええん」
「はあ……」
倉木さんがため息をついた。
「凪坂くん」
「はい」
「マリンを泣かせたのは君だ。責任は取ってもらう。これからの君たちの行動に関しては、僕がうまいこと誤魔化しておくし、責任も取ろう。でも、もしもマリンが今後、アイドルをさぼるようになったり、もう一度マリンを泣かせるような真似をしたら、あらゆる手段を使って君を地獄に叩き落す!」
「じ、地獄……」
「返事は!?」
「は、はい!」
勢いあまって返事をしたかのようだった。
でも、違う。
それは誓います。絶対に。
「はい」
だから、もう一度頷いた。
「なら、いい。僕は先に事務所に帰る。話が終わったら、マリン。君も一度、事務所に来なさい。喫茶から出るときは一緒に出ないように。外に、パパラッチが待機しているだろうから」
彼は言って、席を立った。
マリンちゃんは涙を拭くと、えへへとはにかんだ。
「ありがと、ナイトくん。嬉しかった。大好き」
「……言っておくけどな、マリンちゃん」
俺はため息交じりに言う。
「俺はナイトと呼ばれるのが、大きっらいなんだよ」
やっと。
やっと、言えた。
この言葉を伝えるために、ここに来たんだから。
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