第19話 妹の態度がおかしい!?
朝姫が発熱してから1日が経った。
杏奈が買ってきてくれた薬のおかげか、彼女はすっかり元気になり、今はリビングでテレビを見ている。
今日は日曜日だし、本当はすみれちゃんとお出掛けだったらしいが、安静にしておけ、と言うと、渋々ではあるが従ってくれた。
まあ、風邪だった場合、すみれちゃんに移しても悪いからな。
で、まあそれはいいんだけど。
問題は朝姫の態度だ。
なぜか知らないけど、めちゃくちゃ避けられている。
朝姫の目が合ったら、必ず目を背けられるし、話しかけようとしたら、睨まれる(そんでそっぽを向く)。
さっきなんて、近付こうとしたら、立ち上がって自室に戻っていったくらいだ。
異様な避けられようである。
俺のことが嫌いなのは知っていたが、いくらなんでもそれは避けすぎじゃないか?
それじゃあ、殺す殺されるも、へったくれもない……。
かろうじて聞けた内容としては、とりあえず昨日のことは一つも覚えていないらしい。つまり、俺が朝姫とキスしようとしたことなどは――あるいはそれ以上のことは、すっかり忘れてしまったらしい。
まあ、なんというか……助かったよ。
そんなことまで覚えていられたら、俺はもう、生きてはいないだろうからな。
多分、文字通り、恥も外聞も捨てて、全力で殺しに来るだろう。なにせ、大嫌いな兄貴と一線を越えようとしたのだから。
考えてみれば、俺もどうかしていた。
実の妹だぞ? 壊れている。おかしいよ、ほんと。
実の妹? 実の妹だよな? なんだか分からなくなってきた。
実の妹って、なんだっけ? どういう定義だっけ?
とりあえず、話もしてくれないのは非常に困るので、軽いジャブから当てていくことにした。
あくまで朝姫とは目を合わさず、近付きすぎず、だ。
「朝姫、今日の晩飯は俺が作ってやるぞ。リクエストはあるか?」
「……カレーがいい」
「よし、分かった」
食欲はあるらしい。まあ、よかったのかな。
「にしても、朝姫、カレーは昔から好きだよな。好きすぎて、6日連続とかもあったもんな」
竜巻が通り過ぎたような強風を感じ、気付けば俺の体は壁にめり込んでいた。
腹が痛い……。
朝姫のパンチが、どうやら入ったらしい。
「……き、ききき……キスなんて言うな! 変態!」
言ってねえよ!!
何と聞き間違えたんだよ。
つーか、キスくらいでそんなパンチ入れられてたら、俺の命が持たねえよ!
いや、まあ殺すつもりなんだろうけれどさ。
にしても、キスと言ったから殺された――なんて流石に嫌だ!
その死因だけはなんとしても回避したい。
「わ、分かった。二度と言わないから……勘弁してくれ」
俺は血まみれの体をかろうじて動かし、謝った。朝姫も、矛を納めてくれたようだ。
気を取り直して、コミュニケーションを図る。
丁度、テレビで追っていたアニメをやっていたので、その話題にすることにした。
「あ、このアニメ。面白いんだよな」
「お兄ちゃん、こんなの見てるんだ」
こんなの、とはなんだ。こんなの、とは。
かわいいアイドルが、頑張って成長していく物語……それの何が悪い。
「あ、この子、お気に入りなんだよな」
俺はテレビの中に映るキャラを指差した。ツインテールの、高校生アイドルだ。母子家庭で育った子で、無邪気でひたむきに努力する姿が、心打たれるんだよなあ。ちょっとツンデレだけど、それもまたいいんだよ。
「……ふーん……こういうのがタイプなんだ」
「タイプって……」
アニメのキャラにそこまで考えてはいなかったけれど。
「まあ、でも、そういう一面もあるのかもな。現実で嫌いなタイプを、アニメで好きになることがないように――アニメで好きなキャラの持つ雰囲気ってのは、現実でも好きになる可能性は高いかも」
現実にはツンデレなんていないわけだけど。
いたとしても、デレに気付くことはないだろうな。ツンの時点で、相当、心にくるもん。
「前の話なんてよかったんだぜ。この子と、ライバルが最後に、お互いの頑張りをたたえあって、握手するんだ。めちゃくちゃ熱かったなあ」
「あ、暑くなったからって、服脱がないで!!」
今度は蹴りが来た。辛うじてガードしたが、俺の体は吹き飛び、ガラスが割れて、庭で受け身を取ることになった。
な、なんて力だ……今日は特に強烈だ。
何を言っているんだ、この娘は……別に熱くなったからって、服は脱がないだろ。
――いや、待てよ。
こいつ、まさか……。
俺はすくりと立ち上がる。
これ以上は危険だ……でも、確認しなくては。
今後のためにも――
窓から戻り、朝姫の前に立つ。彼女は顔を逸らした。
「朝姫……寒いんじゃないか? 抱きしめあおうじゃないか」
「~~っ!? し、死ね!!」
俺の顎に強烈なアッパーが入り、やがて俺の体は天井を突き破った。屋根から頭が飛び出て、お天道様が見える。
Dr.スランプ朝姫ちゃんかな?
でも、確信した。
朝姫は、覚えている。
昨日のことを――最初から最後まで。
勉強しようとしたことも、キスしようとしたことも、一線を越えそうになったことも。
全部、覚えている。
「明日から、殺人計画の難易度が上がるな、こりゃあ……」
既に、もう殺されかけているわけだが……。
俺はため息交じりに、屋根から空を見上げた。
だとしたら……寝言のように呟いた、あの言葉の真意も分かるのだろうか。
朝姫は、覚えているのだろうか。あの日のことを。
いや、覚えているはずだ。だから、恨んで恨んで、恨みつくして、俺を殺そうとしているのだから。
なら――昨日のあの言葉は……。
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