第18話 妹を看病する!?
杏奈が助けに来てくれたおかげで、とりあえずは部屋に閉じ込められ続ける状況は脱することができた。しかし、そのせいで別のピンチが訪れることになった。
杏奈は俺が妹を襲っているように見えたらしい。
まあ、あの状況だけ見れば、そう勘違いされても仕方ないか。
――なんなら、あながち間違いではなかったわけだが。
あのままだと、間違いを起こそうとしてしまったのだから。
そういう意味でも、杏奈には救われたわけだ。もう少しで、俺は多分手遅れになっていたことだろう。
そんなわけで、今は杏奈の誤解を解くために、話し合いをする――のではなく、朝姫の看病をすることになった。
杏奈は監視役兼看病を手伝ってくれるらしい。
監視役、ね。
まあ、今日のところはいてくれた方がいいかもしれない。
朝姫は高熱を出したまま、ずっと眠っていた。起きる気配はない。
部屋の前で待機していると、熱を測りに行った杏奈が帰ってきた。
「37.7℃。微熱……よりは少ししんどいかもな。病院には?」
「38を超えたら、連れていくよ。起きないままなら、救急車を呼ぶしかないな」
38℃以上で病院行きというのは、なんとなく、そういう実家のルールだったのが染みついているのだろう。無論、本人が病院に行きたいと言えば、連れていくが……本人は今、意識もない状態だ。
俺は部屋に入れてもらい、ついでに濡らしたタオルを、朝姫の首の裏に置いた。
「風邪っぽかったの?」
「……いや、むしろ、勉強を教えてくれって言ったくらいだし……元気だったと思うんだけど」
まさか、風邪っぽいから、風邪をうつすために俺を呼び出した――というわけではあるまい。風邪で死ぬことなんてそうそうないし……弱らせて殺そうというのにも、本人が風邪になっていては仕方ない。
だから、多分、これは朝姫にとっても、想定外の事態なのだ。
「はあ」
杏奈はため息をついた。
椅子に座って、苦しそうな朝姫を見つめる。
「ナイト……大切な妹に、あんた、なんてことしようとしてんだよ」
「誤解だよ。完全な誤解かと言われたら、違うけど、でも、そんなつもりはなかった。これは本当だ」
「曖昧な言い方だな。部屋に閉じ込められてるから、助けてほしいって連絡がきたもんだから、来てみれば、ちょっとした事件現場を見た気分だ」
「実際、閉じ込められていたんだ」
それに関しては本当だ。
「まあね。朝姫ちゃんの部屋のドアに、つっぱり棒が引っかかってた。器用にね」
「やっぱりな……こいつ……」
俺は朝姫を睨んだ。
おかしな仕掛けをしやがって。
今の状況は、だから、ちょっとした天罰だろう。
「おい」
杏奈が俺の頭を叩いた。
「まさか、朝姫ちゃんを疑ってる?」
「お前は知らないかもしれないけど、こいつの仕業だよ。それは間違いない」
手の込んだ殺人計画の一部だ。
「あんた……朝姫ちゃんのことが好きなのか嫌いなのか、まじで分からんわ」
「好きだよ。でも、好かれてないんだよ」
嫌われている。これ以上にないくらいに。
殺されかけるほどに、憎まれている。
でも、俺は朝姫のことが好きだ。守ってやりたいと思ってる。
「そうは見えないけどな……」
杏奈は呆れて、肩をすくめていた。
それは、俺が朝姫のことを好きに見えないということか。
案外、そういう風には見えないんだな。アピールしているつもりではあったけど。
杏奈は立ち上がり、軽いストレッチをした。
「とにかく、解熱剤でもなんでも、買ってこい。つーか、ちゃんとした薬がないって、どういうことだよ、この家は」
まあ、俺が病気にならないからな。
必要ないと思っていたんだけど……今は朝姫もいるし、そうも言っていられないか。
「でも、なんで俺が? 杏奈をここにいさせるわけにいくかよ。風邪だったら、お前にもうつすことになるかもしれないだろ。それに、俺にはどの薬買えばいいのか分かんねえぞ。ドラッグストアなんて、行ったことないからな」
ついでに言えば、風邪も小学生くらいにしかなったことがないので、薬なんて扱ったことがない。実家にどんな解熱剤があるかも、俺は知らない。
「はあ? ナイトをここにいさせるわけにこそ、行くか。あたしが買いに行ってる間に、襲うかもしれねえだろ?」
「するか!」
どんだけ信用ないんだ、俺は。
「いいから! どんなの買ってこればいいかは、後でスマホで連絡するから、行ってこい!」
「う……分かったよ」
まあ、本来であれば俺が買いに行かないものではあるわけだしな。
俺がいない間、杏奈に看てもらえるだけでも感謝しないといけないか。
立ち上がろうとすると、俺の左腕が掴まれた。掴んだ手は、朝姫の小さな手だった。
「行かないで……お兄ちゃん……」
朝姫がそう言った。目は開いていない。
俺と杏奈は顔を見合わせた。
聞いていたのか、あるいは意識がないままなのか。
どちらにせよ、それを聞き入れないわけにはいかなかった。
杏奈が俺の肩を軽く叩いた。
「じゃあ、代わりに行ってあげるから……絶対、手を出すんじゃないぞ」
「だから、出さねえって」
「全く……」
朝姫は小さく息をついて、部屋を出ていった。もしかしたら、どうしようもない兄妹だと思われているのかもしれないな。
でも、それでもいい。
実際、どうしようもない兄妹なのだから。
俺は朝姫の頭をそっと撫でた。彼女は何も言わない。きっと、さっきのは無意識化で出た言葉だったのだろう。それがどういう意味かまでは分からないが、俺にできることはしてやりたい――俺が考えるべきことは、それだけだ。
それから、独り言を呟く。
「朝姫……俺のことが嫌いなのは知ってるよ。昔から、お前には辛い思いばかりさせてきたからな……覚えているか? 俺が、朝姫にバケツの水、ぶっかけちまったの……お前はワンワン泣いてさ……俺は、なんであんなことしたんだろうな……」
「……って……たんだよ」
朝姫が何か呟いた。
俺は慌てて耳を寄せる。
「…………守ってくれたんだよ、お兄ちゃんは……」
朝姫は目から、涙が零れた。
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