ストーカー編

第10話 妹のストーカーがいる!?

「な、な、なんじゃこりゃあああああ!!!」


 誰の悲鳴かと思えば、しかしそれは俺のだった。

 でもしょうがない。

 誰だって叫ぶ――を見てしまえば、叫ばない人間の方が不思議なくらいだ。


「ちょ、ちょっと……」

「どういうことだあ!? ああ!? 朝姫!」

「だから……」

「説明しろ! 説明をぉ! どうなってんだ!?」

「と、とにかく……朝から近所迷惑なんですけど!」


 ――そんなわけで、朝姫特製、毒入りハーブティーを一口飲んだところで、俺は落ち着いた。毒入りハーブティーには心を静める効果があるようで、今のところ、特に害はないようだ。大量摂取すればどうなるかは分からない。


「で……落ち着いたところで、だ」


 俺はテーブルの上に置いたままの問題を確認する。

 

 すみれちゃんが家に遊びに来た、2日後のことだった。


 今朝、郵便受けに入っていた1枚の手紙。

 朝姫宛の手紙を見て、俺は衝撃のあまり失神しかけた。


 手紙の内容が、『プロポーズ』だったからだ。

 ファンレターでもなければ、学生らしい告白ではなく、恋人に当てた手紙でもなく、本当に、ただただ愛を伝えた、プロポーズそのものだったのである。


『   愛する凪坂朝姫さんへ  

     私はもう、君のことが好きで好きでたまらない。

     毎日毎日、私の脳内を君に支配されているようだ。

     そして、君からの愛も、十分に受け取っている。

     だから、許せなかった。この前、学校に現れた彼――

     私というものがありながら、浮気をするなんて……。

     いや、これは君だけの責任ではないだろう。

     きっと、私が退屈させてしまったのだ。

     君のことを考えてやれなかった。だから、もう大丈夫。

     これからは、君のことを大切にする。 

     ずっとずっと守ってあげる。だから、浮気はもうやめてくれ。

 

     だから、結婚しよう。

     2年後……君が18になった時に、結婚しよう。

     返事はいいよ。もう、答えは分かっているよ、私のフィアンセ。

     

     浮気相手に見られているかもしれないから、私の名前は伏せておくよ。

                                     』  


「……で、どちらにしても、説明はしてもらわないとな」

「だから、本当に知らないの。何かの間違いだから」

「愛する凪坂朝姫なんて人物は1人しかいないが」

「『愛する』の部分は名前に含まれるの?」


 おっと、俺からの愛が漏れてしまったようだ。失敬失敬。


「君からの愛は、もう受け取っている――こんな文もあるけど」

「だから! 本当に知らないんだってば! ほんっとに気色悪い! はやく捨ててよ、それ」

「本当に付き合ってないんだな? あるいはそういう相手がいないと、俺の目を見て言えるんだろうな?」

「そ、そうよ! 第一、私の好きな人は、おに――じゃ、じゃじゃじゃ、じゃなくて! 鬼ヶ島くんだから!」

「スンゲー名前だな」


 今にも退治されそうな名前だ。岡山県出身の可能性が高い。


「とにかく、好きな人、いるんじゃねえか」

「い、いないから! 死ね!」

「えぇ……」


 さっき、名前言ってたし。なんでやねん。

 関西弁が出てしまうくらいには意味不明なんだが。


「そ、それより! どうすんの!? 警察に連絡する?」

「だったら、これはストーカーなんだな」

「最初からそう言ってるっつーの!」


 うーむ。

 まあ、愛すべき妹がこう言っているのだから、信じてやるか。

 こんなに手の込んだ暗殺計画は企んでいるとは思えない。あるいは、俺への殺人の計画の一部だったとして、こんな回りくどい手は使わないだろう。

 だとしたら、だ。


「警察に連絡はしておこう。だけど、それだけじゃだめだ」


 俺は席を立った。

 燃え上がるような思いが、全身を焦がしていく。


「俺が犯人を見つけ出して、ぶん殴ってやる」

「流石にそれは物騒なんじゃ……」

「ぶん殴って、蹴り殺して、目玉ぶち抜いて、はらわたを裂いてやる!」

「怖すぎ!」

「当然だ! 俺の大切な妹を傷つけるような奴は、絶対に許さん!」

「た、たたた、たたた、大切だなんて……そ、そんな……」


 朝姫がなぜか顔を赤くしていた。

 訳分からん。


「よし、行くぞ! ぶっ殺しに!!」

「ちょっと、そんなテンションで行くとやばいって!」


 朝姫が動き出す俺の右手を掴んだ。

 怒りに満ちた俺はそう簡単には止まれず、その場で足を滑らせ――


 大きな音と共に、倒れてしまった。


「いてて……」


 体を起こすと、俺の左手には柔らかい感触があった。

 なんだ、これ。

 起き上がって、確認すると、そこには、そう――まず、朝姫の、真っ赤っかな顔があって……少しずつ下に視線を向けていくと、俺の左手の下には、朝姫の胸があった。

 平たく言えば、おっぱい。


「誰が平たいじゃああああ!」


 ぐっはああ……強烈な右ストレート。

 つーか、心の声読まれたの!?


「て、ててていうか、触るなんてサイテー! そこまで許可した覚えがないんですけど!? だ、第一、こっちにも心の準備があるっていうか!」

「何言ってんだ……妹の胸で興奮するわけねえだろうが」

「…………マジで死ね!」


 朝姫はそう怒鳴ると、リビングから大きな足音と一緒に出て行った。

 まじで何に怒っているのか、さっぱり分からん。

 でも、確かなことは、明日から殺意は増すだろう、ということだ。心しておかなければ。


 さて、それはさておき、だ。


 ストーカー問題。

 朝姫にこの手紙を送った本人。

 分かることが1つある。2日前、俺が朝姫と弁当を入れ替えるため、学校に行ったことを知っている人物ということだ。


 ここから導き出される答えは――


 ストーカーは、朝姫の学校内にいる!

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