第9話 妹が寝首を搔こうとしてくる!?

 ――ここはどこだろう。波の音がする。ああ、砂浜だ。海が見える。水平線の先には何も見えない、透き通る海がずっと続いている。


「お兄ちゃん!」


 あ、朝姫だ。かわいい奴だ。無邪気な笑顔で、俺に抱き着いてくる。


「よしよし。朝姫、どうした?」

「もう、捜したんだからね。ねえ、ちょっと遊んでいこ?」


 彼女は言って、海に近付いて、白のワンピースの裾を上げると、俺を手を使って招いた。

 しょうがないなあ。


「少しだけだぞ」


 俺は小走りで波打ち際に向かうと、朝姫と幸せな一時を楽しんだ。追いかけて、追いかけられて――


 海水をすくって、それを朝姫にかけてみたり。


「もう、お兄ちゃん、やめてよー!」


 朝姫はしかし、嬉しそうに俺に抱き着いてくる。

 俺はこんなに素直な妹を持って、幸せだ――よ?

 腹部に違和感を覚える。


 温かい……。


 手で触れてみた。赤い……真っ赤だ。


 そこで、ようやく気付く。ああ、俺は刺されたのだ。

 ふらふらと後退する、朝姫は返り血を浴びていた。

 全身がびしょ濡れになっていた。


「絶対に許さない……私がどれだけ笑い物にされたか……お兄ちゃんには絶対分からない!!!!」


 アハハハハハ――アハハハハ――アハハ!

 周囲から嘲笑する声が聞こえる。

 あさ……ひ……――


「はっ!」


 体が自然と飛び起きる。暗い。ここは――俺の部屋だ。


「ゆ……夢か」


 汗だくだった。体も重い。頭もクラクラする……一体、どうしたと言うのだろう。おでこから冷たいタオルが布団に落ちた。

 なるほど……ベッドの上で寝ていたことだけは分かった。

 今は何時だ……時間を確認しようと周囲を確認する。

 隣に妙な感覚があった。

 俺はおそるおそる、布団をめくる……朝姫が寝ていた。


「嘘だろ」


 こいつ。

 俺が寝ているところを、殺そうとしたってわけか。なんて外道な奴だ。そのくせ、自分が寝てしまっているようじゃあ、まだまだ甘いな。

 てか。こいつ。よく見たら、上一枚じゃないか。パンツしか履かずにこんなところに来るなんて、どうかしている。

 幸い、俺が妹に欲情するような人間ではなかったからよかったものの、もし、こんなところを誰かに見られたら、誤解が誤解を生むぞ。


 しかも寝相が悪くて、体を俺に密着させてくる。

 右腕を俺の腰に回されているせいで、うまく逃げ出せない!

 寝ていながらも、殺そうとしているのか? だとしたら、才能だけは抜群だな、おい。


「んーにゃんにゃ……お兄ちゃ……」


 寝言まで言い始める始末だ。ちょっとかわいいし。


「…………あのと……守ってく……て……あり――」


 ガチャリ。

 ドアが開いた。


 !! まずい!


 俺は急いで、掛布団を深く被り、朝姫の存在を隠した。とにかく、知らなかった、ということにしよう。

 第一、誰が入ってきたってんだよ!

 まさか!? 朝姫のやつ……俺をロリコン認定し、法で裁く気じゃあ……。


「お兄さん……起きたんですね」


 ドアの先から光が差し込み、少し目を細める。部屋の前には、すみれちゃんが立っていた。彼女の手からギラリと鋭いものが光ったような気がしたが、彼女がすぐにその手を背中に隠したので、何かまでは分からなかった。

 ナイフに見えたけど、多分、気のせいだろ。

 もしくは洗い物の途中で、ここに来たのかもしれない。


「大丈夫ですか? 体調は?」

「ん……ああ、少し頭がふわふわするけど……多分大丈夫だよ」


 風邪か……昼間は大丈夫だったのに。

 俺はここで、ようやく時間を確認した。夜の9時……どうやら、3時間は眠ってしまっていたらしい。


「そうですか……あまり食べてなかったですもんね」


 彼女は小声で言った。

 あまり食べていなかった? そんなことないだろ。


「そうか? すみれちゃんの唐揚げ、結構食べた気がするけど」

「……あれは、朝姫が作ったんですよ」


 な。

 なんだと!?

 だったら……俺はかなりの量の毒を盛られたってわけか!?

 だとしたら、この体調は……ああ、そういうことか。毒による体調不良だったわけだ。そして朝姫は、俺が死ぬ瞬間を隣で見ようとしていた、と。


 そんで寝てれば、世話ないけど。


「じゃあ、やっぱり毒を盛られたわけか」

「!? ……き、気付いていたんですか?」


 すみれちゃんが体を震わせていた。

 なんで、すみれちゃんが驚いているんだ?


「当然だ。全く、とんでもないことをしてくれる」

「す、すみません……でも、分かってて食べてくれたんですね」

「すみれちゃんが一生懸命作ったのは知ってるからね。無下にはできないよ」


 すみれちゃんに罪はない。せめて、彼女の分は食べてやろうと思っただけだ。


「ああ……ほんと、――」

「え? 何て?」

「な、ななな、なんでもありません」


 最後、聞き取れなかった。


「それで、朝姫知りませんか? 一度、お兄さんの看病に行ってから、姿が見えなくなって……」

「え……あー、えっと……買い物に行くって言ってたよ。スポーツドリンク買ってきてくれるらしい」


 とにかく、それらしい言い訳を作る。


「そ、そうですか。じゃあ、今は邪魔する人は誰もいませんね」

「邪魔? 何の邪魔だ」


 すると、すみれちゃんは音も立てずに、するすると俺のいるベッドの方へ寄ってきた。おいおい、高校生が何の警戒もせずに、男の部屋に入るんじゃあ、ありません。


「いえいえ……」


 そういえば、すみれちゃん、ずっと右手を背中に隠してるな。

 どうしたんだろう。怪我でもしたのかな?


 そしてすみれちゃんがベッドの傍まで近付いてきた。俺の方を、光加減のせいか、ちょっと不気味な笑みで見ている。


「さようなら、お兄さん」


 え? どういう――


「いやあああああ!」


 隣から悲鳴が聞こえた。

 そして朝姫が飛び起きて、俺とすみれちゃんを交互に見る。

 瞬間、朝姫の蹴りが俺の顔面に命中した。


「何抱き着いてんのよ! 変態!」


 いや、抱き着いてたのはお前……ぐふっ。


「……ってすみれちゃん。どうしたの?」

「そ、それはこっちの台詞……」


 すみれちゃんはまた右手を隠していた。

 心配させないようにしてるんだなあ。


「お兄さんが、朝姫は買い物に行ってるって言ってたから」

「はあ?」

「何してたの? 朝姫」

「え……えーっと……そのぉ――お、お兄ちゃんの隣で寝るのが、久々で、すごく落ち着いたとか! そんなんじゃ絶対ないんだから!」


 だ、そうだ。

 殺すつもりとは口が裂けても言えんだろう。

 というかさあ。


「あんたこそ、なんでここに?」

「わ、私は……ただ、お兄さんを楽にしてあげようと……」


 看病しにきてくれたんだな。ありがたいよ。

 でもなあ。

 2人は俺の部屋で、しかも俺を挟むような形で、お互いに意見をぶつけ合い続けていた。やれ、お兄ちゃんのことどう思っているだの、ブラコンだの、ご飯は私の方が多く作っただの――

 そういうのはさあ……。


「とりあえず、お前ら――出ていけー!!!」

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