第8話 妹が友達を犠牲に殺そうとしている!?

 最初に報告しておくべきことは、妹の弁当にはやはり、毒はなかったということだ。

 今頃、さぞ悔しがっていることだろう。咄嗟の言い訳に、朝姫が俯いた時は、もしかしてやってしまったかと思ったが、どうやら大丈夫だったようだ。


 さて、今日の暗殺計画は無事に回避したかと思ったが、しかしその油断が、俺の判断を鈍らせた。


 そう、家に帰ると朝姫と、その友達のすみれちゃんが俺の夕飯を作っていた。

 正気の沙汰じゃない……。

 何が恐ろしいって、2人のうち1人は、俺を殺そうとしていることだ。


 そして俺は、あろうことか、何も警戒することなく、食卓に座ってしまっていた。

 気付いた時には、もう……手を合わせていた。


 つまり、つまりだ。朝姫はここで俺を毒殺したところで、その責任をすみれちゃんに押し付けることが可能なのではないだろうか!?

 可哀想に……すみれちゃん。純粋な友達をデコイににしてまで、俺を殺したいか!


 なら、俺には背負わなければならないものが増えただけだ。

 妹に殺されるわけにもいかず、そしてすみれちゃんを巻き込むわけにいかない。


 しかし、かといって夕飯を食べないという選択肢も存在しない! 朝姫はまだしも、すみれちゃんはきっと、ただ素直に、頑張ってご飯を作っただけなのだから。

 それを回避するなんて、男としてあるまじき行為だろうが!


 整理しよう。

 現状、俺の置かれている状況についてだ。

 俺は今、食卓に座っている。そして、目の前には2人の、エプロンをつけたままの女の子。並ぶ料理。

 女子高生2人にまじまじと見られながら食べる、異様な夕飯の時間を迎えることになったわけだが……、俺のするべきことは1つだ。

 複数の料理のうち、どれに毒が入っているか――あるいは、毒が入っていないのはどれかを見極めなければならない。

 簡単に言えば、朝姫が作った料理はどれか、という話である。

 朝姫が作ったのは食べてはならず、俺はなるべく、すみれちゃんの料理のみを食べるべきだということだ。


 そして並んでいる料理は――


 食パン、ほうれん草の胡麻和え、豚の生姜焼き、唐揚げ、キャベツの千切り、ポテトサラダ、きゅうりの漬物。


 全て大皿に乗っており、おそらくは、欲しいものだけを取る、バイキング形式なのだろう。これは好都合だ。食べたいものだけを食べられる、唯一の方法なのだからな。


 一方で手元に既にあるものは、米と味噌汁だ。この2つには毒は入っていないだろう。入っていれば、俺だけじゃなく、すみれちゃんや朝姫自身もその毒を含むことになるんだ。


 じゃあ、問題はバイキング形式で並んでいる、この美味しそうな料理の面々だ。


 案外、俺の嫌いものには毒が入っていないはず……つまり……嫌いなものがない!?

 どういうことだ? 割と好き嫌いの激しい俺が、こんなに並んでいる料理のどれも、食べてみたいと思っている!?

 ありえない……朝姫は俺の好き嫌いを把握しているのかもしれないが、すみれちゃんはそこまで知らないはず……だよな?


「この料理ってさ、まさか2人で一緒に作った?」

「え? えーと……時間は一緒だけど、2人で分担して作ったよ。私は――」

「待って!」


 朝姫の言葉を、すみれちゃんが遮った。


「折角だし……あの、真夜ナイトさんには秘密がいい」

「俺が? というか、すみれちゃん、ナイト呼び、やめてほしいな」


 それはもはや、呪われている名前だ。


「ご、ごめんなさい。えっと……じゃあ、お兄さん……なんて……」


 すみれちゃんは完全に頭を下げて言う。どうしたのだろう。体調でも悪いのかもしれない。よく見ると、顔も少し火照っているような気がするし。少し無理しているのかもしれない。

 俺は優しく微笑んでおくことにした。


「それでいいよ」

「それで……朝姫。お兄さんには隠しておきたい。どっちがどっちの料理かって、分からない方が面白くない?」

「……すみれちゃんが言うなら、いいよ」


 朝姫が頷いた。

 すみれちゃんが――って、白々しい奴だ。その方がお前にとっても都合がいいだろうに……それにしても、すみれちゃんがその提案をするのは予想外だ。

 彼女のことだから、多分、ただ純粋に楽しみたいだけなんだろう。だが、その行為は、朝姫にとってあまりにもアシストプレイすぎる。


 だが、無垢なすみれちゃんを責めることは決してしない。

 そう。結局のところ、俺が死ななければそれでいいんだからな。


 さて、では、いざ! 実食!


 最初に食べるのは、何にするか。


 1番食べたいのは唐揚げだ。だけど、それを知らない朝姫じゃない――しかし、これだけ俺の好きな料理が並んでいることを考えると、こうは考えられないだろうか。


 朝姫がすみれちゃんに、俺の好みを教えただけだ、と……。

 となると、むしろ、この唐揚げはすみれちゃんの料理の可能性が高い。朝姫は多分、俺が2つ目に好きな料理に手を出すと踏んだんだろう。

 裏をかいたつもりだろうが、そうはいかない。裏の裏をかくぜ!


 そう、つまり、食べるのは、唐揚げだああああ! ぱくっ!


 う――……うまい!

 毒の味がしない! うまし! 流石すみれちゃん! 料理上手ぅ!


 すみれちゃん、恥ずかしいあまり、眉を下げているじゃないか。一方で、なんで朝姫が頬を染めて微笑んでいるのかは分からない。おそらく、俺が死ぬことを期待して、今から興奮してしまっているのだろう。


 つまり、2番目に好きな、豚の生姜焼きは危険だ。食べるわけにはいかない。

 さて、野菜だが……キャベツの千切りがいいだろう。これなら、毒を仕込む要素もない――いや待て!


 に毒が仕込まれているのだとしたら……!?

 

 俺はそっとほうれん草の胡麻和えを皿に乗せ、食べた。

 よし……大丈夫だ。危なかった、朝姫。お前が千切りが苦手なことくらい、知っている。それを加味した上で、キャベツに毒を仕込んだのだろうが、お生憎様、だったな――

 ん? すみれちゃんの右手に絆創膏が沢山貼られている。んー…………唐揚げ作る時に、油が跳ねたのかな?

 一方、朝姫の手は綺麗だ。ふん、大方、今日のために千切りの練習でもしたのだろう。手間のかかることをする妹だ。


 そうして俺は、次々と、出てくる料理を回避し続けた!

 とうとう……夕飯を食べきった……! 生姜焼きやキャベツの千切りは、妹たちに食べさせた。成し遂げたんだ……! 勝った!


 嬉しくて涙が出てきやがった……!


「これ、食後のデザートです」


 すると、すみれちゃんがバニラのアイスクリームを出してくれた。


「ちょっ……そんなの準備してなかったんだけど!」


 朝姫が動揺している。

 すみれちゃん……なんて気が利く子なんだ。もう、感謝しかないよ。

 俺はアイスクリームを口に入れる。


 う……なんだ……思考が、うまく回らなく……。

 ね、眠い――


「ああ、お兄さん。疲れたんですね。ごめんなさい。朝姫、お部屋まで運んであげよう」


 だ、だめだ……罠だ……朝姫は、寝込みを――

 助けて、すみれちゃん……え? なんか、笑ってない?


 俺の意識は、そこで、完全に途切れた。

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