第7話 妹が弁当に毒を仕込んでいる!? 下

 館千賀かんちが高校1年生。

 私、箱崎すみれは、恋をしていた。

 でも、決して叶わない恋。いえ、叶えてはいけない恋。

 だからこそ……想うほどに焦がれていくのだけれど。


「ちょっと、聞いてんの!?」


 窓の外の空を眺めながら、そんなことを考えていると、隣に朝姫がいた。

 私の友達――親友。高校が始まってまだ1ヶ月くらいしか経っていないけれど、親友なんて大それた関係なのか?


 そう。親友――訊かれたら、私はきっと、強く頷く。

 だって、親友かどうかって、大切なのは過ごした時間じゃないと思うから。

 親友にしたって、友達にしたって、尊敬するかどうかって――愛するかどうかだって。

 全部全部、大切なのは時間じゃなくて、想いだから。


「ごめん、なんにも聞いてなかった」

「もう! だからさ……、こう……ね」


 朝姫は恥ずかしそうに私の前に座り込む。


「友達が、友達がね」


 朝姫はそういう枕詞をつけて離し始めた。

 朝姫の話だ、これ。

 だって、朝姫、私以外に友達いな――いや、いる。私と違って、結構人気だし。



「毎日、毎日、その人のことを考えちゃうのって……恋、なのかな」

「恋でしょ」

「ち、違うもん! そ、それと……恋人でもないのに、毎日ご飯作ってあげるってどう思う!?」

「嬉しいんじゃない?」

「ねえ、どうすればいい!?」

「訳分かんないんだけど?」


「だから! 友達が……その人のことを、すごく大切に思ってるんだけど……、でも、素直になれなくて……すぐ悪態吐いちゃうし……あ、友達の話だからね!」

「分かってるって。じゃあ、素直になるしかないんじゃない?」


 正直、朝姫の、いつまでたっても進展しない恋の話を聞く気にはなれない。私だって今、想い人がいて、それでいっぱいいっぱいだってのに……人の気もしらないでさ。


「それにね、この前、その人が、なんかギャルっぽい子と一緒に楽しそうに話してたの! これってさ……」

「あー、それは……」


 もう確定じゃん。爆死したんだ。可哀想に。

 その点、私の愛する相手は、そういう人とは無縁だからいいんだけどね。


「おに……じゃなくて、あの人、騙されてるんだよ、絶対。あんな女、絶対ふさわしくないもん……幸せにできるのは、私だけ――じゃなくて、その友達だけなのにね」


 もう隠してきれてない。限界だよー。

 まあ、朝姫は一途だし、かわいいし、天然で時々素直だからねー。この子に悪意がないのは知ってるし、なんとか助けてあげたいけどね。もう、彼女がいるんじゃあ、どうしようもない気がするけどさ。


「そうだね。思い切って、気持ち伝えてみたら?」

「……そ、そう思ってさ……お弁当に、ハートマークのかまぼこ入れてみたんだよね…………と、友達がね!?」

「そう」


 心底どうでもいい。

 朝姫曰く、まだその相手には本当の気持ちが悟られていないっぽいって言うんだけど、こんだけボロ出しているのを見ると、正直信じられない。

 恋は盲目って言うからなー。私も気を付けないと。


 すると、気が付けば教室がざわつき始めていた。

 男子も女子も、教室の窓から校門を見ている。私も窓際の席だったので、その場で確認した。隣で朝姫も顔を出した。


 校門の前に、明らかに制服でもなければ、先生らしい恰好でもない、ただの一大学生にしか見えない男が立っていた。息を切らして、校舎の中を確認している。すると、私と目が合った。

 ――え?


「お、おに、おに、おにおにおにおに――お兄ちゃん!?」


 隣で信じられないくらい朝姫が動揺していた。

 そう。校門に立っていたのは、朝姫のお兄ちゃんであり――そして、私の想い人である、凪坂真夜ナイトさんだった。

 

 えええええええええ!?

 も、ももも、もしかして!? 私に会いに来てくれたとか!? 

 もう! それなら、色々準備したのに! 勝負下着とか勝負下着とか!


「あーさーーひぃいいい! 弁当、間違えてっぞぉおおお!」


 ……違った。

 ううん、もしかしたら、それを口実に私と会いたかったのかも!?


「ちょ、ちょっと……勘弁してよ!」


 朝姫が慌てて教室を出ていった。後ろ姿からも分かる、恥ずかしさが伝わってくる。まあ、確かに家族が学校に来るほど、恥ずかしいものはないよね……。


 ていうか! 私も行かないと! 折角会えたんだから!


 朝姫の後に続くようにして、教室を出て、階段を下りる。

 ローファーのまま、校門へ向かった。


 すると、校門の中まで入ってきた真夜さんが、朝姫に怒られていた。


「ちょっと! なんでこんなところに来たわけ?」

「いやだから、弁当間違えてんだって」

「……ち、違う。こ、これがお兄ちゃんので合ってるから」

「いいや、朝姫。お前はそのつもりかもしれないが、俺は違う」

「……は?」

「聞けよ。俺は、小食の気分だ。今日はすごく、小食の気分だ。だから、朝姫の弁当と取り替えてくれ」

「めちゃくちゃ言わないでよ!」

「……くっ! だが、朝姫。俺は、お前が作ってくれた弁当を、残すなんてことは絶対できない! 食べきりたいんだよ! だから、お前の弁当を、俺にくれ!」


 な、なんて男らしい台詞! かっこよすぎ……かも。

 朝姫も顔真っ赤にしてる。しょうがないよ。こんなかっこいい男、どこにもいないよ。それか、ただお兄ちゃんが来たことに恥ずかしがってるだけなのかも。


「……わ、分かったわよ。持ってくるから……ちょっと待ってて……」


 彼女はすごく恥ずかしそうに俯きながら、振り返った。そして、私に気付く。


「すみれちゃん? なんでここに?」

「ん……」


 そういえば、言い訳考えてなかった。


「あーっと、あれ。朝姫が飛び出したからさ、心配でついてきちゃった」

「そ、そうなんだ……もう、馬鹿兄貴でごめんね」

「い、いいよ。あ、どうも」


 私はとっても、すごく自然な流れで挨拶をする。完璧!


「ああ、えっと、すみれちゃんだっけ? いつも、朝姫がお世話になってます」

「世話してるのは私!」


 朝姫は舌を出すと、私の横を通り過ぎて教室へと戻っていった。

 すごく幸せな静寂が流れる。

 私、今、どんな顔してるんだろ。

 何か、何か話さないと……。


「は、晴れが天気ですね……今日は」

「ん? ああ、そう、だな。晴れが天気だ」


 真夜さんは言って空を見上げてくれた。きゃーーー! いけめん!

 汗まみれ! もう! 全部飲んであげたい!


「あ、あの! また、家……行ってもいいですか?」

「勿論だよ。いつまでいらっしゃい」


 爽やか笑顔……。鼻血出そう。やばい。


「し、失礼します!」


 勢いよく頭を下げて、返事を待たずにその場を立ち去る。これが限界。

 あぶなかった。もう、死ぬかと思った。


 階段で朝姫とすれ違った。弁当を持っている。取り替えるんだろう。

 いいなあ。

 お弁当毎日あるなら……そこに私の血を混ぜれるのに。

 

 毎日毎日毎日毎日――私の血が真夜さんの中に入っていくのに。

 でも、だめ。

 それじゃあ、だめ。

 これは叶わない恋。友達のお兄ちゃんなんて、決して叶えてはいけない恋。

 だから、真夜さん。

 真夜さんを殺さないと。

 そしたら、転生して私に会いに来てくれる。

 きっと生まれ変わっても、私を愛してくれる。


 ふふ、ふふふっ。私だったら、お弁当に毒を仕込むのになあ……。

 待っててね。真夜さん、次、おうちに行くときは、ちゃああんと殺してあげるから。

 私たちを縛る、残酷な関係から、解放してあげるね――

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