第6話 妹が弁当に毒を仕込んでいる!? 上

「……凪坂ナイト!」


 俺はゆっくりと目を覚ました。

 ナイト。真の夜と書いて、ナイトと読む。我ながら、悲しい名前だ。小学生の頃は何度、この名前でいじられたことか。

 まあ、俺自身、いたずら小僧みたいなところがあったので、深刻なイジメにあったのはないんだけど――それでも、ちょっと人生損してる気はするよな。


 つまり俺は、俺の名前が嫌いだった。

 そして、そんな呼ばれたくもない名前を呼ばれて、最悪の目覚めをすることになったわけだ。


「ナイト。いつまで寝てんだ、ボケ」


 安薩あんさつ大学の講義室の中心で、どうやら俺は机に突っ伏してしまっていたらしい1限目のつまらない、哲学の授業を受けていたところまでは覚えているんだけど……。

 そして、俺を起こしたのは、昨日、本屋で働いていた、南田杏奈だった。

 ギャル中のギャル……本来であれば一生関わることがなかっただろう、人間。


「なんだよ」

「教室移動なんだけど……いつまでも寝てんじゃねーよ、ハゲ」

「……罵詈雑言が止まらないな。口悪い女はモテねーぜ」

「ぶっ飛ばすぞ」

「あーあ、女子力がまだ落ち……」


 瞬間、意識が飛ぶ。

 いや、意識どころか――俺の体も飛んでいた。いつのまにか、俺は講義室の壁に顔をめり込ませていた。


 いってええええ!


 ぶっ飛ばすぞって! 本当にぶっ飛ばすのかよ!? そんな文字通りのことしなくても!


「……言いたいことは?」

「ごべんなざい」


 うまく口が回らない。


「それと?」

「おごじてぐれで、ありがどうごだいまづ」

「よろしい」


 彼女は俺の鞄を肩に乗せると、二ヘラと笑った。

 ま、結果的には目は覚めたけども。


「じゃあ、行くぞ。殴った分は鞄を持ってやる」

「……そりゃどうも」


 どう考えてもその2つはつりあってない気がするんだけど……これ以上文句は言うまい。

 講義室を出て、次の講義室まで向かう途中、俺は他の学生から、様々な視線を浴びながら歩く。なんで俺みたいなやつが、ミスコン1位の南田杏奈と歩いているのだろう。その疑問は、俺自身が1番感じている。強いて言うならば、腐れ縁だ。


 ちなみにミスコン1位取った時は、杏奈はこんなギャルっぽさはなく、清純を絵にしたような容姿をしていた。口調やら性格は……今とさほど変わらないけれど。


 少し気まずいながらも、俺の鞄は彼女の手中にあるので、素直についていく。


 大体、なんで次の授業も一緒なんだよ。


「それで――あんたの妹さ……」


 少し前を歩いていた杏奈が振り返り、話しかけてきた。


「朝姫?」

「うん。なんで、あたし嫌われてたわけ?」

「あー……」

「むしろ、変態兄から守ってやろうとしたくらいなのにな」


 よくこんなにポンポンと悪口が出るもんだよ。


「でも、確かに、不思議だな。あいつは、俺以外には基本、無害だと思ってたけど」

「初対面だよな?」

「そのはず……案外、どっかで知り合ってるのかも」


 そうでなければ、昨日の時点で、あんな敵意丸出しにはならないはずだ。

 出会ったばかりであり得るとしたら……そう、恋する乙女が、恋敵を見た時とか?

 残念なことに、どうやら朝姫は、俺に恋しているわけではなく、俺を憎んでいるんだけども。


「聞いといてよ。今度」

「聞けたらな」


 聞く前に殺されるかもしれない。そもそも、教えてくれるかも微妙なところだ。


「それにしても、愛されてるねえ、ナイト」

「おい、その呼び方、やめろっつってんだろ」


 俺は死ぬほど、下の名前で呼ばれるのが嫌いだ。

 恥ずかしいったら、ありゃしない。そんな名前で呼ばれるくらいなら、死んだ方がマシかもしれないほどに――殺された方がマシと思えるくらいに。


「悪い、悪い、凪坂くん」

「というか、愛されてるってなんだよ」


 それだけは絶対にありえない。今まさに、正反対の殺意に追われているところなんだから。


「いやー、愛されてるっしょ。でなきゃ、一緒に買い物になんて行かないって」

「いやいや、あれは……」


 あれは、あいつがどんな凶器を買うかを確認するため――ってあぶねえ。色々喋るところだったじゃねえか。


「あれは……俺の服を選んでもらうためだ」


 とりあえずは、事実交じりの嘘で誤魔化すことにした。


「あー、だから、今日はセンスいいのか」


 杏奈は俺の服を舐め回すように確認した。ちなみに今日のコーデは、そんなわけで、朝姫に選んでもらったもの一式で揃えてある。中央に柄の入ったシャツに、紺のジャケット、それから黒のパンツだ。

 出かける時の朝姫が、一切目を合わしてこなかったので、思ってたのと全然違うのかと思ったけど、杏奈曰く、センスはいいらしい。

 俺にしてみれば、何がいいのかさっぱり分からん。シャツはやっぱり、『生きてるうちは働かない』とか、書かれてるやつの方がいいと思うんだけどなぁ。


「やっぱ仲いいんじゃん」

「そういうこともあんだよ」

「凪坂もストーカーだしな」

「だからちげえって」


 彼女が悪戯な笑みを浮かべると、俺の鞄が肩からずり落ちた。


「つーか、重っ、あんたの鞄」

「そうか?」


 普段と何一つ変わらない重さなんだけど。


「女子の鞄かっつーくらい重いわ。男子なら余計なもん入れんな」

「勝手な偏見はやめろ。そんで、余計なもんなんて1つも入れてない」

「どれどれ」


 すると、彼女は近くにあったベンチに俺の鞄を置くと、中を物色し始めた。

 いやいや……。


「杏奈。こんなこと、俺以外にやるなよ、絶対」

「あほぅ。凪坂だからやってんだよ」


 あー、なるほど――ってふざけんな。どんだけなめてんだ、俺のこと。

 あと、せめて確認するとか、開けるとか一言添えてからやってくれ。


「うわ、なにこれ」


 杏奈は鞄の中から、青色の風呂敷に四角く包まれた、お弁当箱を取り出した。

 そう、お弁当箱である。


「弁当だよ」

「べべべ、弁当!? なに、学食じゃねえの、凪坂って」

「朝姫が自主的に作るんだよ。あくまで自主的にな」

「うへえ。やっぱ愛されてんだろ」

「いいや、それは断言する。違うね」


 そう、違う。

 あの女が弁当を作っているのは、毒物をいつでも仕込めるからだ。弁当なんて一番簡単じゃないか。だから、俺はいつも、朝姫用だろう、小さい方の弁当を取ることで、回避しているのだ!

 少し足りないが、その分は学食で補えばいい! つまり、無敵! 

 ふふふ……こんなところでも頭が回るんだなあ、俺は。


 って、あれ。

 杏奈が見てる弁当、大きくない?

 間違えてない?

 あの弁当、完全に男用じゃねえ!?

 ままま、まずい……つまり、あの弁当は……毒入り!?


「つーか、弁当作ってもらってるってことは、同じ家に住んでんの? 凪坂って1人暮らしじゃなかったっけ?」


 杏奈が何か言っているが、頭の整理が追い付かなくて、話の内容が入ってこない!

 とにかく、弁当を食べなければいいのか? いや、それはだめだ。

 そんなことをすれば、俺が朝姫を警戒していることがばれてしまう。あくまであいつの弁当は食べる。それが最低条件だ……。


 今は1限終わり。つまり、昼休みまであと2時間。よし! 行ける!


「どうしたんだよ、顔色わりぃぞ、ナイト」

「……えてくる」

「へ?」

「弁当、取り替えてくるうううう!」


 杏奈から弁当と鞄をかっさらうと、俺は全速力で、大学の校門へと向かった。

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