第5話 友達が関係を勘違いしている!?

 南田杏奈。

 一見、アラビア人っぽく――あるいはそのハーフだと思わせる彼女の肌と容姿。全身、褐色の肌に、金髪で髪型はウェーブ……更に、深い海を想起させるその目は、明らかに日本人のものではなかった。

 しかし、金髪は染めただけだし、目はカラコンを入れているだけ。

 おまけに肌は、ただ日焼けさせているだけだと言う。

 ピアスもしているし、まあ単純にギャルなのだ。絶滅危惧種の。


 こんな、なんというか……生きている世界が違いそうな彼女と、なぜ俺が知り合いなのかというと、大学が同じなのもあるが、なによりサークルが一緒だったからだ。


「マジ、なにしてんの……? いやまあ、想像はつくんだけど」

「杏奈……お前こそ何してんだ? 今日はハロウィンじゃないぞ」

「何言ってんの? 何のコスプレに見えるわけ?」

「書店員」

「コスプレじゃねえわ!」


 杏奈が怒った。

 いや、コスプレじゃないの? それ。だとしたら、正気だとは思えない。この書店の店長は、どうかしている。こんなギャルギャルしい奴が、書店員になれるはずがない。何かの間違いに決まっている!


「お前……絶対失礼なこと考えてるだろ!」


 げっ。ばれてた。


「悪かったよ。まあ、杏奈にも働き口があったってのはいいことだ。日本が平和で、国民に優しい証拠だな」

「殴られないのが気が済まねえのか?」

「それより、何だよ? 仕事中なんだろ?」

「……怪しい行動してる男を見たもんでね。確認しに行ったら、ナイトだったわけ」


 怪しい行動? 心当たりが――ありすぎる。


「見たところ、あの子……あの子に興味があるみたいだけど、いくら何でもストーカーはやめとけ。ドン引きなんだけど」


 彼女は魚図鑑に夢中の朝姫を見た。何もかもお見通しってわけか。ただ! ストーカーではない! 断じて!


「誤解だ! あいつは俺の妹なんだよ」

「嘘つけ!」

「嘘じゃねぇよ。妹でもなけりゃ、俺だってこんなことしてねえ!」

「妹にストーカーしてるなら、もっと変質者だろがい!」


 それはごもっともだった。

 だが、これには事情があるんだ。それを、こいつに説明して受け入れてくれるか?

 妹が俺を殺そうとしている――その凶器が何かを探っている……って、正直に言ってみろ。

 信じてくれるわけがない! いくら真実でも、証拠がなければ意味がない! くそ! 世の中は残酷だ!


「とにかく! 俺はストーカーでも変質者でもない……それさえ分かってくれたらいいんだ」

「何一つ説明になってないんだけど……」

「ただのじゃれ合いだよ。兄妹なんてそんなもんだ。今日だって、一緒に買い物に来ただけだよ」

「……じゃれ合い、ね。まあ、いいや。あたしも仕事中だし」


 どうやら手を引いてくれるようで、一息つく。

 誤解が解けたようには見えないが、まあ関わらないでいてくれるならそれが一番だ。これはあくまで、俺と朝姫の問題なのだから。


「でもまだ、あの子があんたの妹って決まったわけじゃないから。ちゃんと見張っとくから」

「叩いても埃なんて出ないけどな……」


 まあ、俺が彼女に命を狙われていることに気付いてくれるなら、それでもいいが……そううまくもいかないだろう。兄である俺ですら、朝姫の手口を解き明かすのには苦労しているのだから。


 いや、しかし朝姫が魚図鑑を持っている時点で、そのことくらい察してほしいものだ。図鑑だぞ、図鑑。凶器くらいしか、使い道ないだろ、あれ。


「とりあえず、このことは大学で言いふらすなよ」


 妹と2人で買い物に来ているってだけで、十分恥ずかしいんだから、こっちは。

 我慢するだけの理由があったから、来ただけで……。


 すると、杏奈はあからさまに、悪戯な笑みを浮かべた。


「えー、どうしよっかなー」

「勘弁してくれ」

「今度、あたしの家来て、ベンキョ教えてくれたらいいよ」

「ぐっ……それは……」


 杏奈の家に? 嫌だ……それだけは絶対に嫌だ……だが、背に腹は……。


「いいのかなー。妹と一緒に買い物に来て、その妹をストーカーしてたって――」

「行きます行きます! 絶対行きます!」


 それだけは絶対にだめえ! 社会的に死ぬぅ!

 朝姫に殺されるより先に死ぬぅ!

 

「よろしい」


 杏奈はめちゃくちゃ満足そうな笑顔になった。いいように踊らされてんなあ、俺。何もかも、朝姫が俺に向ける殺意が――ってあれ。


 朝姫、どこ行った!?

 消えている……図鑑コーナーから……音もなく!? まさか、暗殺術をもうマスターしたとでも?


「あの!!」


 すると、後ろから声が聞こえた。俺と杏奈が振り返る。すると、そこには気配を消して近寄ってきていた朝姫がいた。

 末恐ろしい妹だ……なんて、恐ろしいんだ……殺されるのも時間の問題か?


「私のおに――兄に何か用ですか?」


 凄まじい目つきだ……殺意に満ちている。はっきりと分かる、この殺意。空気がひりついて、背筋が凍る――動けない。


「……本当に妹だったんだ」


 杏奈は少し驚いたような顔をしていた。

 本気で疑っていたのかよ。


「とりあえず離れてもらえます?」


 妹の低い声が、杏奈の耳に突き刺さる。彼女は何も言わず、一歩、俺から距離を取った。


「ていうか、仕事中ですよね? 何サボっているんですか?」

「い、いや……こいつとは友達で……」

「友達かどうかって、仕事に関係あるんですか? 店長に訊いていいですか?」

「そ、それだけは勘弁! 今すぐ働くから……!」

「……じゃあ働いてください」


 朝姫が怖い。

 めっちゃ機嫌悪いじゃん。なんで?


 杏奈が俺に近付いて、耳打ちをする。


「何? なんであたしが嫌われてんの? なんかした?」

「さ、さあ……働いてないのが問題なんじゃないか?」

「気持ち悪い兄から守ってあげようとしたのに……」


「また近付いた! 離れろ! ケダモノ!」

「ご、ごめんなさいいぃ!」


 朝姫が指摘して、杏奈は今度、飛び跳ねて退いた。

 なんだ、この状況。


「じゃ、じゃあ……ナイト!」

「あっ――お前! それやめろって――」


 俺が引き止める前に、彼女は目にも留まらぬ神速でこの場から立ち去っていった……。

 店内は走らないようにしようね。


「……で、お兄ちゃん……?」

「……ひゃいぃ!?」


 ターゲットがこっちに向いた。どんだけ機嫌悪いんだよ!


「服は?」

「……あ」


 そういえばそういう話だった。

 完全に忘れてたぁー。

 どう誤魔化すか……そうだ!


「い、いやあ、買いたかったんだけどよ……、やっぱ俺、センスないみたいでさ。朝姫に選んでほしくてな……探してたところなんだよー」


 ど、どうだ……!?

 朝姫はゆっくりと俯いた。

 どっち?

 そして顔を上げると――にやついた朝姫がいた。


「もー、それならそうと早く言ってよ。しょうがないなあ、お兄ちゃんは。私がいないと服も買えない駄目兄貴なんだから!」


 そしてどこか誇らしげである。

 多分、成功したっぽい。

 ふうー……なんとか危機は脱した。


「ほら! じゃあ、行くよ。買い物!」


 結局、朝姫は魚図鑑を買ったんだろうか。いや、どちらにしても、その対策はもうできている……後は純粋に買い物を楽しむとしよう。

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