第4話 妹が凶器を買おうとしている!?

 前回のあらすじ――

 朝姫が買い物に無理矢理行かせようとしてくる。

 その割に、朝姫は何を買うか明かしてくれない。これは、多分凶器を買うつもりなのだ。つまり、彼女が何を買うのか、監視する必要があった……。


 てなわけで、アオンモール到着し、色々見て回っているわけだが……一向に買い物する気配がない。欲しいとは言うが、実際に買ったものは今のところ、何もなかった。

 現状、20000円のハートのネックレスが一番欲しがっていた。首を絞めるのに使おうとしたのかもしれない。まだ高校生になったばかりの彼女は勿論のこと、俺にしても20000円は大金である。


 余談ではあるが、彼女には月々、お小遣いとして2000円を渡している。彼女が言うには少なすぎるらしいが、居候しているんだから、こんなもんで満足してもらわないと困る――とはいえ、ご飯とは朝姫のお世話になってるわけだけど。


 そんなわけで、まだお小遣いは二回分(4000円)しか渡していないので、隠れてアルバイトでもしていない限りは、ハートのネックレスを買えるはずもなかった。


「次、どこいく!?」


 もう2時間は歩き回っているというのに、朝姫はまだテンションが最高潮の状態だ。本当に買い物好きらしい……まあ、夕食の食材とかも、金さえ出せばめちゃくちゃ喜んで買いに行くし。

 将来、かなり有望な奥さんになるかもなー。


「どこでもいいよ。朝姫の行きたいところに行こう」

「うーん……行きたいとこはもう、全部回ったのよねー……てかさ、お兄ちゃん、服、買うんじゃなかったっけ?」

「ああ、そういえばそうだった」


 朝姫が何を買うかに夢中で、完全に忘れてしまっていた。


「えー、普通、忘れるとかある? まあ、いいや。じゃあ、そっち行こ。……そ、それに、私が選んであげてもいいんだけど!」

「なんでちょっと怒ってんだよ。いいよ、別に」

「え…………。ち、違うよ。ほら、だって、お兄ちゃんが選んだら……じゃなくて! ほら、お兄ちゃんって服のセンスないじゃん」

「がーん!」


 そうだったの!? 20年ほど生きてきて、初めて知ったんだけど!


「今だって長袖のシャツに『必死に生きてます』ってプリントされたやつだよ? 正直、隣歩いていて恥ずかしいんですけど!」

「どこか悪いんだよ! イチローだって着るんだぜ! 世界のイチローが!」

「イチローってモデルとかじゃなくて、ただの野球選手なんですけど!?」

「はっ……! 盲点だった……!」


 イチローが着ているからかっこいいもんだと思っていた。違ったのか……。


「と、ととと、とにかく……、朝姫に選ばせるのはなんか申し訳ないし、自分で選んでくるよ。お前はその辺適当に回っていてくれ」

「だから、お兄ちゃんが1人で買いに行ったら、変なの買ってくるでしょ? しょ、しょうがないからさ……私が見てあげるって言ってんの!」


 なんでこいつはこんな上からなんだ……?

 イチローがそうであるように、朝姫もファッションデザイナーでもなければ、モデルでもなんでもないくせに。

 俺には女子のファッションはよくわからねえけど……全体的に白でコーディネートしていて、ロングスカートをたなびかせている朝姫の姿は、まあそれなりに魅力的? なのか? ……ってよく見たら、朝姫、なんかいつもと違うな……。


「朝姫」


 その違和感が何かを感じ取れず、近寄って確認してみる。


「な、なによ」

「んーーーー……ああ、ネイルしてんのか。珍しいな」

「~~~!?」


 朝姫は一気に距離を取り、顔を真っ赤にさせた。

 おかしな奴だ。


「き……気付いて……くれたんだ……」

「メイクもいつも違うくないか?」

「……!?? う、う……うっさい! 死ね!」


 えぇ……。ド直球で殺害予告されたんですけど。

 やっぱこいつ、あぶねえわ。


「とりあえず、俺の服なんか選ばなくてもいいから。心配しなくても、変な服なんか買ってこねえ……って」


 1人で買うと変なものを買ってくる――か。

 そうだ。そうじゃないか。それは確かにその通りだ。

 朝姫! そういうことか。お前はこの時間が欲しかったのか!


 俺がいないうちに凶器を買う……あるいは、俺が服屋に夢中になっているうちに、計画を実行に移すつもりだったわけだ。


 危なかった……このままいけば、こいつがどんな凶器を買ったか分からないまま、買い物を終えるところだった。そう、俺がわざわざ、朝姫と買い物に行く最大の目的は、それだったはずだ。


 だが、裏を返せば、チャンスとも言える。

 朝姫を1人にすれば(あるいはそう思わせることができたなら)、こいつは絶対にそれらしきものを買うはずだ。

 よし……なら……。


「朝姫、ここからは別行動で行こう。俺は服屋に、お前も買いたいものがあるんだろ? 今のうちに買いに行くといい」

「……でも」


 ふん。くさい演技をしやがって。あくまで、離れたくないという前提で動きたいわけか。仕方ない。俺が一肌脱いでやろう。


「心配するな。それとも、朝姫は俺のことが信用できないか?」

「……そうじゃないけど」

「なら、いいだろ。1時間後に2階のエスカレーター前で落ち合おう」

「分かった」


 俺は言って、エスカレーターを降りて、1階のファッションコーナーに向かった。彼女も手を小さく振って、奥の方へと消えていった。

 さて、朝姫のために一芝居打ったところで――エスカレーターをすぐに上がる。朝姫がどこに向かうのか、何をするのかあえて確認しなかったことで、警戒心も大分解けたはずだ。


 上がりきると、本屋に向かう朝姫の後ろ姿が見えた。ここからは尾行の始まりだ。


 さてさて、どんな本を買うつもりなのか。

 彼女が最初に手にしたのは、実用書コーナーにある本だった。遠目だったので、何を読んでいるのか分からなかったが、彼女がため息交じりに離れたところで、近付いて確認してみる。


『正直になる方法。素直になる方法』


 なんだこれ――いや、まさか、朝姫は俺に何かを吐かせるつもりなのか。正直にさせる技術を習得し、俺を死にかけの状態に追い込んだところで、


「死にたくないよね?」

「し、死にたくないよおー……助けて朝姫ぃー」


 なんて情けない言葉を並べる俺を見ようとしている!? いたぶるために!?

 たったそれだけのために……なんて奴だ。その綺麗な青髪の裏に、一体どれほど黒い邪心を秘めているというんだ……。


 次に彼女が手に取ったのは、大判の、魚図鑑だった。かなり重そうだ……。

 あれを凶器にするつもりってわけか。本は、確かに一見、凶器になり得ないものだが、図鑑となれば話は別だ。

 たとえば、あれを棚の上に置いておく。俺がその下を通ったタイミングで、意図的に図鑑を頭に落とせば、事故に見せかけた殺人が成立する――あ、あ、悪魔め!


 だが、これは知っておいてよかったな。この回避方法は簡単だ。図鑑の下を通らなければいいだけの話なのだからな!


「あのぉ……」


 すると、突然、背後から声をかけられた。

 俺は体を震わせて、後ろを確認する。

 本屋の店員さんが、両手で積んだ本を持ちながら話しかけてきた。


「何してるんですか……正直、怪しすぎるんですけど……って、ナイト!?」


 俺に声をかけてきたのは、同学科の褐色美人、南田杏奈みなみだあんなだった。彼女は顔を引きつらせて、苦笑していた。

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