第2話 妹が朝食で殺そうとしてくる!?

 朝姫による、とんでもない目覚ましのせいで、一切の眠気が吹き飛んだ。

 仕方ない、起きるか。

 リビングに向かうと、キッチンに朝姫が立っていた。何やら一生懸命に、フライパンを使って卵焼きを作っていることだけは分かった。


「おはよう」

「……おはよ」


 彼女も俺に気付いた。少しこっちを見たあと、すぐに背を向ける。おかしなやつ。


「それにしても、朝ご飯作るなんて珍しいな」


 言いながら、テーブルに着く。

 カランッと、菜箸が床に落ちた。更に朝姫はしばらく、ピクリとも動かなくなった。


「……な、ななっ! そ、そんなことないから!」


 動き出したと思ったら、とんでもなく動揺していた。目も滅茶苦茶泳いでいる。


 待てよ。朝ご飯を作るのが珍しい?

 珍しいとは、つまり普段はしないという意味だ。

 ようは特別。特別な朝食。

 俺を殺すための!?


 な、なんてことに気付いたんだ、俺は!

 やっぱり俺を殺すつもりだったんだ。方法は不明だが、朝食中に、俺の息の根を止める算段が立っていた。

 だから、わざわざ朝起こしに来た。

 そうか。そういうことだったのか。こんな何もない日に起こしてくるなんて、おかしいとは思っていたんだ。


「……とにかく、だ。きょ、今日は朝飯、いらないよ」


 俺はなるべく平静を装い、朝食を回避しようとする。


「そんな……! なんで!?」

「その、あれだ。パン、苦手なんだよ、俺」

「なら大丈夫! 今日は和食だよ」

「ぐっ……!」


 そういえば、卵焼きを作っていたな。完全に失念していた。


「でも、ちょっと、あれだな……俺、卵が苦手だからなあ」

「そうだっけ? でも大丈夫よ! 卵使った料理はないから」

「……は? で、でもお前、卵焼き作ってたじゃねえか」

「え? 見てたの? もう! 恥ずかしいよぉ!」


 彼女は言って、俺の肩を軽く叩いた。

 ――つもりなのだろう。

 俺の体はリビングの壁まで吹き飛んでいた。

 がはぁっ。

 いや……強すぎ。


「え? あ、ああ! お兄ちゃん!? ごめんっ!」


 全身がいてえ。

 逆らいようのない殺意を前に、俺の体は自然と震えていた。

 いつでもお前のことは殺せる――見下ろしながら、手を伸ばしてくる彼女の目は、そう告げているかのようだった。


「とにかく、朝食はいらない……いいな」


 お前のやり口は分かっている、朝姫。どうせ、白飯に毒の錠剤でも紛れ込ませているんだろう!?


「そんな…………」


 すると一転、朝姫は俯いて、その場で膝をついた。あまりの突然の出来事に、俺は少しばかり呆けていた。


「お兄ちゃんに……喜んでもらえると思って…………作ったのに……。ううん、そうだよね……迷惑だったよね。そうだよね。私の料理なんて……食べたくないよね」


 ――くそっ。

 胸の奥がざわめく。

 違う。そうじゃないだろ。俺は確かに朝姫に……妹に人殺しはさせたくない、と思っただけで――兄を殺した罪を背負わせたくないだけで……悲しませたいわけじゃねえだろう。

 悲しんでほしくないから! 孤独を感じてほしくないから!

 俺は生きるって決めたんじゃないのかよ!

 だったら今! ここで、朝姫の朝飯を食べないことは――

 兄として! 人として! 絶対にやってはならねえことだろうがああ!


 俺はがくがくと震える膝を無理矢理奮い立たせて、立ち上がった。

 歯を食いしばり、今にも倒れそうになる体を、覚悟で持ち直す。


「朝姫」


 そして、テーブルに向かう。


「ご飯は……、大盛で頼む……!」

「お兄ちゃん……ぐすっ……うん!」


 朝姫は目を何度か擦ると、立ち上がると、キッチンに向かっていった。

 そして、1分もしないうちに、食卓にもりもりのご飯と、こんがり焼けたウインナー、大根の味噌汁が並ぶ。


 思わず生唾を飲んでしまう。

 美味しそうだから? 違う。いや、勿論、美味しそうではあるんだ。

 だが、それ以上に、毒があると分かりつつ、食べなければならないこの状況に、命の危機を感じたからだ。

 食べる覚悟を決めたとはいえ、死ぬ覚悟まではできていない。

 なら方法は1つだ。

 いかにして、この見るからに美味しそうな朝飯の中から、毒の錠剤を見つけるか、である。


「おかわりはいくらしてもいいからね!」


 朝姫が嬉しそうに言う。


 おかわり――そうか!

 ふんっ。朝姫! 墓穴を掘ったな!

 今回の対決も、俺の勝ちだ!


「おかわり!」


 俺は白飯にがっつくと、すぐにおかわりを申し出て、更にすぐに味噌汁を飲み干した。そしてそれも、おかわりを頼む。


「え、えええっーー!?」


 朝姫は驚いている。

 それからも、俺は二度、三度、ご飯と味噌汁を頼んだからだ。

 腹は既に膨れ上がっていたが、そんなものは関係ない。


 大根。大根には体の毒素を抜く効能があったはずだ! つまり、体に入った毒を上回る速度で大根を摂取すれば、毒を無効化できるはず。


 残念だったな、朝姫!


 とにかく味噌汁、だ。味噌汁の中にある大根を食べまくるんだ。


 食べて食べて、食べまくる!

 だが、それだけ食べていたら、朝姫に悟られる可能性がある。


 そのための白飯だ。

 白飯の中になにかしらの毒を混ぜ込んでいる可能性は極めて高かったが、これをおかわりしても問題ないことも明確に分かっていた。

 なぜなら、白飯は炊飯器の中にあり、朝姫も朝飯を食べるのだとしたら、そこから白飯を掬うはずだからだ。


 そう! つまり、炊飯器のご飯自体には毒は入っておらず、仕掛けがあるとしたら、この茶碗だと考えられる。そして、1度食べてしまえば、後はいくらおかわりしようが、全く影響がないわけである!


 これにより、俺は、朝姫に何一つ悟られることなく、毒入りの朝飯を食べきることに成功したのだ! 成功したの……だった……ゲップ!


 流石に食べすぎた……。

 朝からもう動けねえ。


「も、もう! 食べすぎだよお! う、嬉しいけどさ……」


 朝姫は頬を赤らめて、体をモジモジさせていた。

 一見、頑張って作ったご飯を、こんなに食べてもらって嬉しい――という風に見えるが、俺は知っているぞ。お前の魂胆を。

 毒入りの白飯をそんなにうまそうに食べやがって、馬鹿が! とでも考えているんだろう!


 だが、残念だったな。俺は兄だ。お前の兄だ。

 そうやすやすと殺されるわけがないだろう!


 今回も――俺の勝ちだ! げふっ……トイレ……。



 ※ちなみに大根には便秘改善など、デトックス方面の効果があるだけで、人為的な毒を抜く効能はありません。

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