妹が俺の命を狙ってます!

野原 駈

第1話 妹が包丁で殺そうとしてくる!?

 5月のゴールデンウィーク前。

 最後の土日……俺は昼過ぎまで眠っているつもりだった。しかしなにやら、俺の中の危険信号が働いたのか、半ば強制的に目が覚める。


 ゆっくりとまぶたを開けると、そこには――


 包丁を構えたエプロン姿の少女が映り込んでいた!


「ぎゃああああああ!!」


 俺は情けない悲鳴を上げながら、ベッドから転げ落ちた。あまりの衝撃に眠気が全て吹き飛び、部屋の端まで這いずって逃げた。


「ひぃぃいい!!」

「ちょっと!」


 少女……というか俺の妹、朝姫≪あさひ≫は腰に手を当てて、頬を膨らませた。


「目覚まして早々、私の顔を見てそんな悲鳴上げられると、流石に傷つくんですけど!」


 そこでようやく、俺は朝姫の全容を確認する。


 特徴的な山で流れる川のように透き通った青色の長髪。凛とした顔立ちの割に、まだあどけなさを感じる目が、彼女がまだ中学を卒業したばかりなのだ、と思わせる。

 小さい身長に、薄ピンクをエプロンを着こなし、右手には包丁を持っていた。

 

 …………。

 包丁。


「いやいや、持ってるもんがおかしいだろ!」


 指さしながら言うと、彼女は包丁を持ち上げ、確認した。その物騒なものさえ持っていなければ、自慢の妹と呼べるほどに、かわいい容姿をしているのになあ……。


「ああ、……ウインナー切ってたから、そのまま持ってきちゃった」


 かわいくベロを出して言っているが、包丁を持っているせいで、かわいさ少々、怖さマシマシである。


「控えめに言って、怖すぎるんだけど」


 はっきり言わせてもらうと、殺される気しかしないんだけど。

 ねえ、殺すつもりだったよね? それ、もう。寝てるところやるつもりだったよねえ?


「第一、なんで俺の部屋にいんだよ」

「いつまで経っても寝てるから! 起こしにきてあげたの!」


 朝姫は言いながら、包丁をこちらに向けてきた。

 だからあぶねーって!

 流石に彼女も気付いたのか、慌てて包丁を左手に持ち替えていた。


「いつまでって……」


 時間を確認する。9時半……。


「まだ朝だろーが!」

「朝起きないと、朝ご飯になんないでしょ」

「昼まで寝るつもりだったんだよ!」

「聞いてないもん!」

「いいか。大学生は休みの日は昼まで寝るんだ! というか、授業とバイト、飲み会以外は全部寝る。それが大学生の常識だ」

「ふんっ! ……じゃあ、もう知らない! なら一生寝てれば? 古今東西、未来永劫、ずっと、ずぅううううっと寝てればぁ!?」


 彼女は怒りつつも、しかし包丁を振り回すことはなく、僕の部屋を出ていった。

 朝からハリケーンのような女だ。どうかしている。


 にしても……。


 助かったあああああああ!

 殺されるかと思った! 今度こそ駄目かと思った! もう絶対殺すつもりだっただろ、あれ。間違いない! よく起きた、俺! ナイス!

 しかし寝ている最中も狙ってくるとは、本当に油断ならない。


 そう、彼女……朝姫。俺の妹は、俺を殺そうとしているのである。

 多分、おそらく……――いや、絶対!

 なぜなら、彼女は俺のことが、大っ嫌いのはずだからだ。


 時は戻ること8年前……俺がまだ12の頃。

 まだ小学2年生だった朝姫に、俺がバケツの水をぶっかけるという事件が起きた。起きたというか起こしたというか……。そんで朝姫は大泣き。


 それが彼女のクラスメートが全員いるようなところであったもんだから、大問題も大問題。先生に怒られ、親に怒られ……ひどい1日だった。


 なんで水をかけたのか、と聞かれると、これがまったく分からない。まあ、とにかく、その時の俺はやんちゃで、馬鹿で、いたずら小僧だったことだけは確かだ。だから多分、若気の至りってやつ。面白いと思ってやったに違いない。

 小学生なんてそんなもんだ。


 それからだ。朝姫に嫌われるようになったのは……隙あらば悪態をついてくるようになったし、時には避けられるようにさえなった。あいつが中学に入った頃には、もう口さえ利いてくれなくなったものだ。

 そんな不仲が続いたもんだから、俺は大学生になり、1人暮らしの道を選んだ。これで俺が家に居づらくなることはないし、朝姫にとっても嫌いな兄が消えたんだから、最高の結果だろう。


 ……と思っていた翌年。つまり今年の4月。ようは先月。

 朝姫がなぜか、玄関に現れたのである。顔を真っ赤にさせて、モジモジとしながら、大荷物を持って立っていた。


「やっ……やあ、お兄ちゃん……あのさ……あの、ここで、い、い、居候させてくれないかなー、なんて……料理とか……家事は、私がするから!」


 そんなわけで、よく分からないまま、朝姫は俺の家に居候することになった。


 ちなみに、家は一戸建てだ。本来なら小さなアパートでも借りるつもりだったが、都合よく、親戚が大学の近くに別荘を持っていた。両親が掛け合ってくれて、大学卒業までの間、その別荘を無料で貸してもらえることになったのだ。

 ありがたい話である。


 閑話休題。

 とにかく、まあ1人暮らしするには確かに広すぎる家だったが、それにしても朝姫がやってきたのはあまりにもおかしかった。

 彼女の言い分では、どうやら高校がこの近くにあるらしく、まあ実際にそれはそうなんだけど、腑に落ちない点が多い。

 そもそも、俺が嫌いなのになんで居候しにきたのか……。

 頭は(少なくとも俺よりは)いいはずなのに、なんで特別、大したところでもない高校を選んだのか……。

 第一、なんで実家からこんな遠い高校を選んだのか……。

 そして毎日毎日、頼んでもいない夕飯を作ったり、掃除をしたり……なぜかとても献身的。

 これら全てを導き出す答えは一つだけあった。


 そう。

 俺を殺すためだ。

 どうしてもどうしても憎い俺を殺すために、わざわざ彼女は、遠路はるばる、やってきたのだ。

 間違いない。

 だから決めた。俺は死んでやらない、と。

 向こうは俺を恨んでいても、こっちにとってはかけがえのないただ一人の妹だ。そんな妹に、人殺しの烙印を押させるわけにはいかない。

 まあ、そもそも死にたくないし。


 そんなわけで、俺は絶対に妹に殺されるわけにいかない。

 そして妹は俺の命を狙っている。おそらくは完全犯罪という形で。殺した後は保険金でも貰うつもりなのかもしれない。


 つまるところ、これは、俺と妹による、ハイパーハイレベルで、エキセントリックな、マーダーでデンジャラスの、ブレインバトル! なのである!!!!

 

  

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