5話 指令

 降り始めた雨はさらに強く降りしきりはじめる。

 そんな雨の中、レヴィは特に目的地を見いだせないまま放たれた弾丸のように走っていく

 不安で仕方がなかった。セドナに何が起きたのか不安で仕方がなかった

 だからその不安を払拭するためにレヴィはただただ雨の中を疾走するしかなかった

 それがあまりにも意味がない行動なのはわかる。わかるけど、何かをしていないと不安で押しつぶされそうだった。

 だが、その足はある場所でピタッと止まる

 そこは魔血と非魔血との境界線を象徴する場所、境界の橋ボーダーズブリッジ

 その場所にまるでレヴィを待ち受けるように立っていた男がいた。

 雨音が静かな雑音として響く中、彼は橋の飾りに寄っかかりレヴィを待ち受けていた。

「やあ、レヴィ…いつぞやぶりだね」

 その眼の前の人物にレヴィは明らかな警戒感を顕にした

 雨に濡れて滴る赤い髪を彼はかき分けると金色の瞳でレヴィを見た。

「ザガロ…」

 一滴の不安が一気に不安の波へと変わっていく。

 彼の姿を見た瞬間、レヴィはその感覚をもった。

「どうしたの?なんで僕を見てそんなに緊張してるの?勘弁してよ…僕たち相棒だよ?」

 そう言うとザガロはニヤニヤと笑った。

 レヴィはそんな彼をあえて無視するかのように足を進めて通り過ぎようとした。

「あれ?無視しちゃう?」

 ザガロはそんなレヴィに絡みつくように笑った。

「せっかく君の彼女のネタ教えてあげようって思ったのに…」

 その一言を聞いてレヴィの足はピタッと止まる。

 そして、真紅の瞳でザガロを睨みつけた

「やだ、そんな怖い顔しないで」

 ザガロはそういうとくすくす笑った

 そんな彼を見てレヴィは彼の胸ぐらを掴むとそのまま橋の欄干に打ち付けた

「なんでお前が知ってる?」

 レヴィはそう言うとザガロの身体を柱に押し付けた

 だがザガロは余裕の薄ら笑みを浮かべたままだった。

「知ってるも何も今彼女は僕たちが保護してる」

「だから何でお前がセドナのことを知っているんだ!」

 その一言にザガロは呆れたように一つため息をついた

「レヴィ。僕は君ともう一度やり直したいって思ってる」

 レヴィはその一言に驚きを隠せなかった

 押し付け力を入れていた手が自然と緩む

 その態度を見てザガロはニヤッと笑った

「これは僕の総意じゃない。イスラーグがそう思っているからだよ」

「イスラーグ…」

 その名を聞いてレヴィは思わず顔を強ばらせた。

 そして緊張で息を飲み一言ザガロに問うた。

「イスラーグは俺の事を許しているのか…」

 その問いにザガロは緊張感のない声で笑った

「許すも何もイスラーグは君を今でも求めている。許す許さないの問題じゃない」

 その一言を聞いてレヴィはその真紅の瞳に迷いを見せた。

 だがその次にザガロに突きつけられた現実にレヴィはその表情を凍りつかされた。

「だけどその為には君に色んなものを精算してもらわなければならいね」

「いろんなもの…」

「そう、君の本当の父親のことや、君の愛する彼女もね…」

 その残酷な言葉にレヴィは怒りにも似た真紅の瞳でザガロを睨みつけた

 そしてまた胸ぐらを掴む手に力を入れザガロの体を橋の欄干に押し付けた

「それとこれとセドナは関係ない──!」

「いいや!関係大ありだよ!」

 その強い一言にレヴィは表情を強ばらせた

 ザガロは淡々と言葉を続けた。

「レヴィ、君や僕は所詮武器なんだ。根本的に幸せになっちゃだめなんだよ。それを一番よく知ってるのは君だろう?」

「それは…」

 それは重々わかってる。痛いくらいわかってるつもりだった。

 だけど、もはや昔の自分には戻れない。そのこともレヴィは重々承知だった。

「何度も言うけど君には色んなものを精算してもらいたい」

 ザガロのその一言にレヴィは反論さえもできなかった

「イスラーグは君が思う通りに動くなら彼女を無傷で返してあげるつもりでいるよ」

「思う通り…」

 そんなレヴィを見てザガロはニヤッと笑った

「そう、これは指令だ」

 そう言うとザガロはすっと指をレヴィにむかって突き刺した。

「君にはサランド公爵を殺ってもらう。それだけが彼女の解放の条件だ」

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