4話 憂い

 夜も更けしばらくしても彼女はこの場所には来なかった。

 レヴィはもう数え切れないくらいため息を付いた

「レヴィ…」

 空から冷たい雨が降る。

 彼女の下宿先、研究工房ラボラトリーの眼の前でずっと彼女を待ち続けるレヴィを心配そうに声を変えけたのはカラ・ノエルだった。

「今日セドナは帰ってこないわ。そろそろ諦めたら?」

 その言葉を聞いてもレヴィはその場を動く気配もなく、ただ黙ったまま雨に打たれ続けた

「――あんたも相当頑固ね。セドナとそっくりだわ」

 そんなレヴィを見てカラは呆れたようにため息をつくと彼の隣に歩み寄る

「仕方ないわね。あたしも一緒に待ってあげるわ」

 別にお前まで巻き添えにする気はない――と言いたげな顔でレヴィは浮かべたが、それを阻むほどでもないのでまた黙ったまま雨に打たれた。

 雨は止むどころかさらに強くなっていく。

 だが一向にセドナはその場に現れる気配がなかった。

「なあ…」

 不意にレヴィは口を開く

「あんた、俺の母さんのこと知ってるの?」

 その一言にカラは一つ沈黙したあと小さく答えた。

「ええ、知ってるわ。夜美ノ民なら誰でも知ってるわよ。リゥ・ユノってお方は」

 やっぱり俺の知らない母さんだ――

 その言葉にレヴィはズキッと心を痛めた。

 そんなレヴィを見てカラはため息交じりに更に言葉を続けた。

「あたしはユノ様に憧れて隠密衆に入ったようなもの。あ、隠密衆っていうのは夜美ノ国の暗部で活躍する――まああんたみたいなもんよ。ユノ様は名門リゥ家出身の祖国では英傑と言われる方よ」

 その言葉にもレヴィはまるで無反応のようにボーっと立ち尽くした

 そして震える声で一言言った

「母さんはなんで魔法帝国このくにに来たのかな?」

 その問いにカラは小さく息を吐いて問返した。

「レヴィは魔法帝国このくにの中枢は誰が動かしてると思う?」

「え…」

 その問いにレヴィは思わず答えに窮した。

 だがカラはその言葉を止めずに続けた。

「この国はなんで動いてる?皇帝?選帝侯?そんなの建前だけの見せかけの権威よ。本当の意味でのこの国の中枢――『智慧の王』と呼ばれる存在よ」

「え…どういう…意味?」

 レヴィはなかなか理解に追いつくのに苦しんでいた

 当たり前だ。カラの言葉などほぼ誰も追いつくのは不可能だろう

 それくらい荒唐無稽な話にしかレヴィは思えなかった

「まあ、そういう反応になるとは思ったわ」

 カラはそんなレヴィを見て呆れたように小さく笑った

「だけどね。これだけは事実なの。ユノ様もあたしも元の使命は『智慧の王』を屠ること。そのためにこの国に潜入したの」

 母の本当の使命は『智慧の王』を屠ること――それに初めて触れたレヴィはまだ地に足がつかないような感覚でいっぱいだった。

 その瞬間レヴィは黒い髪をかきむしると苛ついたように一言言った

「『智慧の王』が何者なのか知らねえよ!そんな得体も知れない相手が魔法帝国このくにに眠ってるとかスケール大きすぎてわかんねぇよ!だけど――」

 そう言うとレヴィは顔をうつむかせて一言言った

「母さんがどんな決意で魔法帝国に来たのかはなんとなくわかった」

 相手が皇帝だろうが選帝侯だろうが『智慧の王』だろうが関係ない。

 だが祖国から離れ魔法帝国に潜入した――それだけでどれほどの覚悟がだっただろうと思うと泣けてきた。

 レヴィは雨に打たれながらしばらく押し黙る

 重たい沈黙が流れていった次の瞬間、雨の中駆け足でこちらに近づく影があった

 それは、ランクス・ノエルだった。

「カラ!レヴィ!大変だ!」

 息を切らしながらランクスは言った

「パルチザンのアジトが襲われたらしい」

「え?」

 その言葉にカラは愕然とした。

「また、魔血憲兵に襲われたの?」

「いや、詳しいことはわからないけど…どうやらセドナも巻き込まれたらしい――」

 その言葉を最後まで聞くことなくレヴィはそのまま走り出す

 後ろでランクスとカラの静止する声が聞こえたがじっとしているわけにはいかなかった

 ただセドナの無事をいち早く知りたい――その一心でレヴィは雨の中走り去っていった

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