5話 最強同士の激突
ケンヴィードはその瞬間、愛馬の手綱を強く引いた
けたたましい鳴き声を上げてその場に止まる黒毛の馬。
その様子を見て、そのままその場を通り過ぎようとしたリーザは彼を振り返り言った
「ケンヴィード様。どうかなされましたか?」
そんな彼女にケンヴィードは近寄るなと言わんばかりに手を張り出した
「リーザ。この森の先にソフィアがいる·····」
「え?」
その一言にリーザは驚きを露わにして言った
「じゃあ、急ぎましょうケンヴィード様!」
「いや·····」
ケンヴィードは張り詰めた声で一言言った。
「お前だけで行け。いいな」
その一言にリーザは疑問の表情を浮かべた。
それを確認しようと彼のそばに馬をつけようとしたリーザをケンヴィードはさらに拒絶するように緊張感の充ちた強い声で言った
「――命令だ。ソフィアはお前に任せる」
その一言にリーザはそれ以上ケンヴィードに踏み込むことが出来なかった。
彼女は白馬の鐙を軽くけると、そのままその場所から駆け出していった。
それを振り返ることなくケンヴィードはゆっくりと黒毛の馬から降りた
そして愛馬の腹を叩くとそのまま無人の馬を走らせた
その表情に緊張感が漲っていた。
ケンヴィードは一つ小さく息を吐いた次の瞬間、身の毛もよだつほどの渦を巻いた冷気の一閃がその頭上から放たれた
「いいのですか?ティアマート隊長」
その男はその地面に軽く着地すると凍てついた魔剣を翻した
「リーザを残してもよかったんですよ。僕に勝つつもりなら」
魔法騎士団団長イスラーグ・ジェラールはそう言うと肩にかけていた外套を脱ぎ捨てた
並の魔法剣士であれば先ほどのその一撃だけで勝負が決まってもおかしくない。
相手が並であればの話だが。
次の瞬間、辺り一帯を覆っていた凍える冷気は狂おしいほどの熱に切り裂かれる
凍った空気が一瞬で蒸気へと昇華する
その長身の灼熱の刃を翻しケンヴィードはゆっくりとその真紅の瞳を開いた
「売られた喧嘩は同じ条件で受けないと野暮だろう。イスラーグ」
そう言うとケンヴィードもまた着ていたロングコートを脱ぎ捨てた
「それにお前一人で俺を倒せるって本気で思ってるのか?そんな楽観主義で魔法騎士団を率いれるとは笑えるな」
その売り言葉に反応したのはイスラーグだった。
「
その瞬間、彼の周りに張り巡らされた氷の膜から2頭の氷の狼が履い出した
牙を向いて威嚇するその狼にイスラーグはすっと指を刺し命令する
あの男を凍てつく刃で切り裂け――と
「まずはお手並み拝見といくか·····」
ケンヴィードは一言そう言うと手に持った赤々と燃える長い刃を突きつけた
魔剣『サラマンダーテイル』――ティアマート家の嫡子にのみ受け継がれる神器。
襲いかかろうとする2匹の氷の狼に向かいケンヴィードはギリギリまで引き付けてその赤い斬撃を撃ちつけた。
「
狼の凍える牙がケンヴィードの頭を砕こうとしたその時、その赫い刃は空気とともに水平を一閃した
その瞬間、2頭の氷の狼は一瞬で真っ二つにされた。
同時に巻き起こる熱風と水蒸気が混ざった衝撃波。それは全てを薙ぎ払って無に期した。
だが、ケンヴィードは重々わかっていた。
これが目眩しにしかならないことを。
次の衝撃が走る。
イスラーグはその隙にケンヴィードの背後を取っていた。
そして間髪入れずにイスラーグはケンヴィードに向かい魔剣『フェンリルファング』を一閃させていた
「残念だったな。イスラーグ」
その氷の刃は『サラマンダーテイル』とは別の赤い刃に受け止められていた
ケンヴィードの持つもうひとつの神器級魔剣『レーヴァテイン』――その無骨で太い赫い刃は完璧にイスラーグの一撃を受け止めていた。
「搦手は俺には効かないぞ」
次の瞬間、ケンヴィードはそのまま反撃に転じた。
ケンヴィードはイスラーグの氷の刃を受け止めていた『レーヴァテイン』の炎の刃の出力をほんの一瞬だけ弱めた。
その一瞬だけ、イスラーグに隙が生まれる
その瞬間を狙ってケンヴィードは2つの炎の刃を最大出力にしそのまま押し切った
「
その瞬間、十字に交わった二つの斬撃がイスラーグを襲った。
またしても辺りに舞い散る熱風と水蒸気。
ケンヴィードは悟っていた。こんな事じゃ終われない。終わるはずがない。
「はは·····」
一瞬で距離を取ったイスラーグはその場で笑った
先程受けた左腕の魔法傷を触りながら彼は一言言った
「そうだ·····僕が忘れてたのはこの緊張感だ!」
どういう訳かイスラーグはとても嬉しそうだった。
だがその気持ちはケンヴィードも分からないことは無かった。
「さあ、殺りましょうよ。ティアマート隊長。どちらか倒れるまであの日の続きの決闘を――!」
次の瞬間、イスラーグはケンヴィードの足元目掛けて氷柱を呼び出した。
急に足元に現れた氷柱をケンヴィードは飛んで回避する
それとほぼ同時にイスラーグは瞬時に間合いをつめてケンヴィードに向かって氷の刃を一閃した。
ケンヴィードはそれを落ち着いて捌くがイスラーグの攻勢は収まらない
そのまま何度も冷たい斬撃が飛ぶ、そして熱い斬撃がそれを捌く――
上空でその斬撃たちが見えない衝撃を生む。
それは衝撃が生まれてから遅れて弾け飛ぶ水蒸気爆発のようだった。
ケンヴィードはそのまま地上に降りると更なる斬撃に備えて『サラマンダーテイル』を翻す。
イスラーグは落下の衝撃を利用しながらその刃目掛けて氷の刃を打ち付けた
途方もない衝撃が辺りに一帯を走り抜ける
氷と炎の鍔迫り合い。その相反する力と力がぶつかり合いそして衝撃だけが走る
イスラーグはこの一撃に賭けていた。
ここで押さなくては勝ち目はない――そう踏んでいた。
だがここで彼にとって誤算が生まれた
ぶつかりあった氷の刃は徐々に炎の刃によって溶かされようとしていた。
その亀裂を見てイスラーグははっと過去の苦い敗北を思い出した。
イスラーグがまだ若い将校だった頃、模擬試合で戦った相手に自分の氷の刃を折られたあの敗北が。
そしてその相手が、何の因果か同じ相手である事を。
「もう二度と折らせはしない――」
その瞬間、『フェンリルファング』に入った亀裂を補うように氷の棘が無数に生えてきた
それはケンヴィードの炎の刃さえ侵食しはじめていた。
「僕は二度とあなたには負けない!最強は一人だけで十分だ!」
次の瞬間、ケンヴィードはその鍔迫り合いを終わらせて後方へと引いた
その頬はあの氷の棘が刺さり凍傷のような魔法傷が生まれていた。
「どうやらどちらが倒れるまでやらなければならないようだな」
ケンヴィードはそう言うと右頬の魔法傷を触ると一言そう言った。
そして赫い双刃を翻るとそのままその刃をだらりと力なく下ろした
それを見てイスラーグは嬉しそうにニヤリと笑った。
そして氷の刃の出力を最大にする
無数に枝分かれした氷の棘を纏った刃を翻し、その構えを破らんとそれよりも早く決着をつけよう。
そう思ったその瞬間、事態は誰も想像できない方へと傾いた。
激しい咆哮が当たり一帯に響き渡った。
イスラーグもケンヴィードも一瞬勝負を忘れたようにその方向を振り返る
その遥か上空に一匹の龍が昇っていた。
黒き炎を纏った龍はけたたましく吠えそしてそのまま発生源へと降りていく
「
その様子を見てあきらかに同様の色を隠せなかったのはケンヴィードのほうだった。
まるでそれを見た瞬間から勝負などどうでも良くなったかのように武装解除した
だが、イスラーグもそんなケンヴィードを襲うことはしなかった。
イスラーグは呆れたように笑うと一言ケンヴィードに言った
「勝負はお預けですか?隊長」
その一言にケンヴィードはひとこと「ああ」と言葉少なにいうと二振りの魔剣を収めた。
ケンヴィードは明らかに動揺している。彼はそれを必死で隠してはいるがイスラーグには手に取ってわかるくらい周知してた。
おそらく血が騒いだのだろう。その龍を見た瞬間、彼の中に別の感情が生まれたに違いない
「やれやれ·····困ったものですね。あなた方に流れる血は·····」
その場を去っていくケンヴィードを見送りながらイスラーグは苦笑混じりにそう言った。
間違いなく彼らに流れる血は惹かれあっている。巡り会うのも時間の問題だろう。
だが、そう簡単に受け入れられるだろうか。
長年忌み嫌っていた父親を彼はそうすんなり受け入れることが出来るであろうか――
「これは見ものだね·····レヴィ」
イスラーグは一言そう言うと氷の刃を水へと変え消し去った。
そしてそのまま踵を返し歩き出した。
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