2話 血が騒ぐ

「ソフィア·····起きて、ソフィア」

 ソフィアは冷たい床の上で目を覚ます。

 ここはどこ·····ゆっくり起き上がると周りを見回した。

 そこはとても古びて殺風景な部屋だった。

 とは言え牢獄とかそういう無機質な部屋ではない。どちらかと言うとどこかで廃された古い洋館の一室みたいな場所だった

「ああ、よかった。ソフィア起きたみたいだね」

 その声を聞いてソフィアはふと後ろを振り返る

 そこに居たのは彼女と背中合わせに座っている幼馴染のジェイナス・エアグレイスだった。

「ジェイナス·····無事だったの?」

 その瞬間、ソフィアは自分の置かれた状況を思い知らされる。

 ソフィアの両腕とジェイナスの両腕と両足は縄でキツく絞めあげられていた。

 しかもただの縄ではない。普通の縄ならばその場で魔法で燃やすことは容易いが、自分を縛っている縄は『魔装縄』――魔法で焼き切ることの出来ない特殊な縄だった。

「やっぱり私たち、敵の手に落ちたのね」

 ソフィアはそう言うと悔しげに唇を噛み締めた。

 最悪だ――自分を誘拐したということはおそらく目的は自分の父を引っ張り出すことであろう。

 敵にとっては脚本シナリオ通りと言った感じであろうが、それがソフィアにとっては悔しくてならなかった。

「お父様·····大丈夫かな」

 頭の中では大丈夫だと信じたかった。

 帝国内で父と対等に渡り合える相手は数えるほどしかいない――はず。

 だけど、自分を拐った以上敵にも策があるはずだ。父を陥れるための策が――

「ねえ、ジェイナス?」

 ソフィアは声を潜めながらジェイナスの耳元で囁いた

「あなたここから逃げられると思う?」

「え·····?」

 その一言にジェイナスは困惑の色を浮かべた

「うーん。僕たちが魔装縄で縛られてる以上自力で脱出は無理かな――と」

 その一言にソフィアはため息混じりに返した

「いいえ、少なくともあなたはこの誘拐のターゲットでは無いはずよ」

 その一言にジェイナスは驚きの表情を浮かべてソフィアを見た

「どういうこと?」

 その問いにソフィアは淡々とした口調で答えた

「私たちを拐った本当の理由は私のお父様が関わってくる。だけどあなたはただ単にその場にいたから巻き込まれただけだと思うのよね」

 巻き込まれ――その一言にジェイナス思わず呆れた表情を浮かべていた。

「でも相手が本当にお父様だけを狙っているのなら、風の血の名門出身のあなたを巻き込むともっと話が大きくなるからできれば穏便に排除したがるとおもうのよね。だから、あなたには逃げるチャンスがあると思うの」

 ソフィアの冷静な分析を聞いてジェイナスはすこし考える間を置いた。

 そして、困ったような唸り声を上げながら彼は言った

「君の言ってることはわかるよ。だけど、君の父上は帝国最強の魔法剣士だろ·····そんなの相手にするって頭が狂ってるとしか――」

「私が思うにそれも相手の計画だと思う。だから私を拐ったのよ」

 本当に何者なんだろう――ソフィアはその相手の真の目的が読めなかった。

 それ故に、この状況をどうにかして打破しようと足掻いてみた。

 せめて、ジェイナスだけでも脱出したら勝機はあるかもしれないと――

「ともかくこの魔装縄を何とかしないとね――」

 そういった次の瞬間だった。閉じ込められている部屋のドアがゆっくりと開く。

 ソフィアとジェイナスは思わず息を潜める。

 おそらくこの部屋に来るのは敵――そう思うと自然と緊張感が漲った。

「そんな怖い顔することないだろ·····」

 その男は黒いブーツを鳴らしながらこちらにゆっくりと近づいてくる

 ソフィアはその男の顔を思わず睨みつけた。

 彼は艶やかな黒い髪に赤い瞳、そして褐色の肌をした男だった。

「あなた·····」

 やはりだ――この男の顔を見ると何故か体に変調を来す。

 まさに血が騒ぐ。その通りの反応だ

「何しに来たのよ」

 ソフィアはムッとした様子で一言そう言う。

 なるべく自分のその変調を悟られないようにとにかく必死だった。

「別に·····」

 彼は一言そう言っただけだった。

 そのすかした態度がソフィアただただ気に入らなかった。

「一体あなたたち何が目的なのよ!」

 その瞬間、ソフィアは苛立ちを露わにして彼を顔を睨みつけた。

「最終目的は私のお父様のようだけど、私を誘拐しても意味がなくってよ。あなたたちが思う以上に私のお父様は強いんだから――」

 ソフィアはちょっとした脅しを言ったつもりだったが、そんな事で引く相手ではないことも分かっていた。

 だけどその一言を聞いて彼の態度は意外なものだった

「お前の親父·····」

 彼のその言葉には強い迷いが滲んでいた

「――お前の親父ってどんな奴なんだ·····」

 その意外な質問にソフィアは一瞬彼が何を言っているのか分からなかった。

「それを聞いてどうする気?」

 ソフィアは困惑を必死で隠しながら一言言った

 それに対して彼もその顔に困惑を滲ませた

「わからない」

 その瞬間、ソフィアにもそれが伝わった。

 彼もまた自分と同じように血が騒いでいる――その瞬間まるで以心伝心したように感じ取ったのだ。

「俺だって何でこんなこと聞いてるのかわからない。だけど何故か知りたいんだ。知りたくて仕方ないんだ」

 そんな彼の様子を見て、ソフィアは不思議と彼を好意的な目で見ているのを覚えた。

 そんな彼を見てソフィアは不思議と警戒感を解いていた。

「あなた、私たちのこと助けてくれる?」

「ちょっと、ソフィア·····」

 その一言にジェイナスが嫌悪感を露わにして言った

「こいつ誘拐犯の片割れだよ?助けるわけないじゃん」

「わからない·····わからないけど――」

 そう言うとソフィアは何かを確信したように強い視線で彼を見た

「あなたずっと迷ってるんでしょ?こんな事すべきかどうかって――」

 その射抜くような一言に彼の表情が一瞬強ばる

 脈アリだ――ソフィアそう思い言葉を続けた。

「お願い!私たちを自由にして貰える?そしたらあなたのききたいお父様のこと全部教えてあげるから!」

 その一言で本当に助けてもらえるのだろうか――ジェイナスと同じようにソフィアにもそれは疑問だった

 だけど確実に彼は迷っている。

 この計画に疑問を持っているに違いない――と

「くそ·····」

 彼はなにかむしゃくしゃしたように吐き捨てると、そのままソフィアとジェイナスの傍に近づいた。

 そして彼らを拘束していた魔装縄を持っていた黒光りする短剣で切り落とした

「ありがとう」

 ソフィアは満面の笑みを浮かべ彼にお礼を言った。

 彼は何も言わずにただ頬を赤く染めるだけだった。

「ジェイナス、あなたは真っ先に逃げて」

 ソフィアのその一言にジェイナスはおもわず反論した

「でもソフィア、君は――」

 その瞬間だった。

 部屋のドアが不意に開いた。

 彼はその事がどういう事か直ぐに判断し、戦闘態勢へと入っていた

「え·····これ、どういうこと?」

 その場にいた赤毛の少年は目の前の光景を理解するまで少し時間を要しているようだった。

 だが、それ以上に早くこの状況を理解したのはもう一人の金髪の少女の方だった。

「ちょっと!レヴィ!なんでコイツら逃がしてるの――」

 そんな彼らを前にして、黒髪の彼は冷静にソフィアに言った

「お前らだけでも逃げろ」

 その一言を聞いてソフィアは逆に彼の前に立った

「私、戦うわ」

「は?」

 その一言に彼は驚きを顕にした。

 だが、ソフィアの決意は変わらなかった。

「私、あなたを助けたい·····だから一緒に戦う」

 その一言に彼は顔に動揺の色をうかべる

 だが間髪入れずにソフィアは彼の手を取った。

「私の名前はソフィア·····あなたは?」

 その言葉に彼はすこし投げやりな態度で一言言った。

「――レヴィだ」

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