7話 記憶の奥底の少女
記憶――それは思い出したくもないものばかり。
だけどその中に彼女の面影はたしかにあった。
それは今から11年前――母ユノ・リーゥがある地方領主の魔血貴族の屋敷に奉公に出るため、レヴィが生まれて初めて帝都を離れた時だった
場所は帝国の南側ウディナ地方の小さな港町――水の血の地方領主クリスティアン・グラディエの屋敷。
母はそこの掃除婦として雇われだした。
否、今までの話を聞けばあの時の母は掃除婦以上の何かを帯びていたのかもしれない。
だがそんな事も露知らず、幼いレヴィはただ綺麗な海岸と街並みに有頂天だった。
とはいえ、ユノとレヴィは奉公人とその息子。さらにはユノが異邦人であったり、レヴィも魔法の力を有していたりしたのでそう自由に街で遊ぶことはできなかった。
そんな時、彼女と出会った。
遊び相手のいないレヴィの手を取ったさほど年の離れてない金髪碧眼の魔血の少女。
地方領主クリスティアン・グラディエの一人娘、ティディエ・グラディエ――
「ほら、ようやく思い出した」
美しく変貌した幼い時の唯一の遊び相手ティディエ・グラディエはその瞬間、記憶と寸分変わらない得意げな顔をしてレヴィの鼻を指で小突いた。
「私みたいな美人さんを忘れちゃうなんて失礼しちゃうわよね。あんたにとっては人生唯一の友達だったんでしょ?」
その一言を聞いてキョトンとした様子だったのが彼女を必死こいて口説こうとしていたザガロだった?
「え?二人·····知り合い――」
そんなザガロは眼中になく、ティディエはレヴィに畳み掛けるように声をかけた
「あれからどうしていたの?どうしてこんな仕事してるの?まあ私も結局こっちの道にいっちゃったけどさー。とりあえずよろしく――」
「ちょっと待て」
彼女の言葉をレヴィは強い言葉で遮ると、頭の中を整理するように黒髪をかき分けた
そして、この状況を唯一理解出来ている人間――イスラーグを睨みつけた
「イスラーグ、これはどういうこと?俺は変なサプライズなんか求めてないぞ」
その一言にイスラーグは面白そうに笑った
「変なサプライズ·····そんな生易しいものじゃないよレヴィ」
「はぁ?」
その言葉にレヴィは理解が追いつかなかった
だがそれさえも織り込み済みのようにイスラーグは彼女の肩に手を当て言った
「ここにいるティディエ・グラディエはこれから君たちと行動を共にする暗殺魔法士だよ」
「え·····」
その一言を聞いてレヴィは思わず絶句した
何かの間違いだろう。自分の知ってるティディエ・グラディエは地方領主の一人娘で、何一つ苦労もしたこともない住む世界が違うお嬢様でしかないのに――
「まあ話は長くなるんだけどね」
イスラーグはそう言うと小さくため息をついた。
「君がグラディエ邸を去ってから程なくして、彼女の父親がある魔血貴族との争い事に巻き込まれてしまってね。僕は彼女の父親と面識があったからその顛末はよく知ってるんだけど、クリスティアンは争った相手がとにかく悪かった。勝てるはずのない試合だった。決闘の末クリスティアンは亡くなってしまってマリス伯グラディエ家は断絶してしまったのさ」
その言葉を聞いていたティディエの表情はとにかく暗かった。
まるで内に秘めた怒りを収めようとずっと拳を握り続けていた
「先程も言ったように僕は彼女の父とは面識があったから彼女も引き取ることにした。その時彼女は言ったんだ――」
――私、お父様の仇をとりたい
「それがどれだけ険しい山かはわかってるわ」
ティディエはそう言うとずっと手を出し言った。
その手には青い柄の魔剣が握られていた。
「だけど逃げるなんて絶対嫌!お父様を殺した相手がのうのうと生き続けるのが許せなかった。だか私はそいつを討つためだけにこの10年イスラーグに魔剣術を叩き込んでもらった。全てはあの男――ケンヴィード・ゼファー・ティアマートを殺すために!」
彼女の口から出たその大物の名前にレヴィもザガロも思わず絶句した。
そして彼女の途方もない獲物にたただた顔が引つるしか出来なかった
「冗談でしょ」
ザガロは思わず乾いた笑いを浮かべた
だがその瞬間、ティディエの本気の視線を喰らい思わずその笑いをしまい込んだ
「冗談でもなんでもないわよ。私は本気。烈火の剣聖を倒すために暗殺魔法士になったも同じよ」
「でも相手は帝国一の魔法剣士だよ?先の戦争では敵軍の敵軍の一個小隊を消し飛ばしたとか言われてるし·····」
「そんなの·····できるわよ!」
ザガロのその指摘にティディエの心は揺らいでいる
無理もない。彼女の獲物は果てしなく大きすぎる。
彼女の理解を範疇から飛び抜けた強さの魔物みたいな相手だから――
「まあ、確かにティディエだけだとサランド公は間違いなく倒せないね」
その言葉を言ったのは意外なことにイスラーグだった。
その言葉にティディエはイラッとした様子でイスラーグを睨んだ
「バカ言わないで。私だけでも倒せる」
「いや、無理。大体サランド公と本気でやりあったら僕も無事じゃいられないから」
その一言にティディエは不満を露わにしてイスラーグを見た
「じゃあなんで復讐できるなんて言うの?私は烈火の剣聖を殺したいのー!」
身分は貴族の令嬢から身をやつしたがティディエの本性は未だにあの時のわがまま娘のままのようである。
「大丈夫だよ。ティディエ。打つ手はちゃんとある」
イスラーグはそう言うとふとレヴィとザガロの肩に手を置いた
「サランド公暗殺のために重要になるのはレヴィとザガロだから」
その一言を聞いて一同の視線がイスラーグに向かった。
「レヴィもザガロも希少魔法の即死持ちだ。その能力を使い切れば相手に何もさせずに殺すことだって可能だ。それにザガロは足止め魔法も使えるし、レヴィは――」
そう言うとイスラーグはちらっとレヴィを見たがそれ以上は敢えて言葉を続けなかった
レヴィはそんなイスラーグの態度も気にならないくらい心がざわついていた。
なんだろう。この心の奥底から来る嫌悪感は――まるでこの企みには足を入れないように自分の中の血が叫んでいるような錯覚を感じる
だがその理由がレヴィには全く心当たりが見つからなかった。
「じゃあこの人達がいたら、私の本懐は遂げられるのね?」
ディディエは一言イスラーグに聞く
「そうだね、だけど敵もさる者だ。念には念をいれないとこちらが危ない」
そう言うとイスラーグは冷たい笑みを浮かべ一言言った
「狙うのはサランド公そのものじゃない。彼の最も大事なものを狩るほうが恐らくダメージは大きいはず」
「大事なもの……」
その言葉を言ったのはザガロだった。
「つまり彼の家族の誰かを襲うってこと?」
イスラーグはその一言にニヤッと笑った。
「ご名答」
そう言うとイスラーグは引き出しからある絵をとりだしそれを机に置いた
そのスケッチにかかれた少女には見覚えがあった。
間違いない、昨日の夜会で遭遇したやたら好戦的なお嬢様本人だった。
「ソフィア・ラキア・ティアマート·····君たち3人で彼女を誘拐してくれないか?」
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