3話 ラブレターは突然に

 煌びやかな夜会が行われている迎賓館にも静寂の闇が覆う場所があった

 聞こえるのは風に揺れる草の擦れる音と虫が悲しく鳴く声だけ。

 そんな涼しい空気が包む裏庭をソフィアは二階のバルコニーからぼんやり眺めていた

 苛立ちを抑えるように彼女は夜の冷たい空気を一つ吸い、気持ちを少し落ち着かせようとしていたその時だった

「サランド公爵様の一人娘のソフィア様ですよね」

 そのか細い声にソフィアははっと息を呑み、後ろを振り返った

 そこにいたのは自分とはさほど年の離れてない青いドレスを着た魔血の少女だった

「そう…だけど……」

 ソフィアは彼女を訝しげに見つめた

 誰だろう?――見覚えのない少女だった

 どこかの魔血の令嬢なのだろうが髪はあまり見ない浅葱色のショートカット。

 青いドレスからはたわわな胸を隠せてないし、一番の目を引いたのは彼女の金色と紫色のオッドアイだった。

「いきなり呼び止めてごめんなさい。これをあなたのお父様に渡してほしいの」

 それは丁寧に封蝋をされた手紙だった

 ソフィアはその手紙を不審そうに見つめた

 何を書いてるかわからないけど、状況から見てこれはどう見ても父へのラブレターだろう

 それを見てソフィアの胸のなかに少しだけさざなみが立った

 こんな自分とそう年の変わらない婦女子からラブレターをもらう父がすこし破廉恥だと思う一方40代半ばの父がまだまだラブレターもらえる魅力にすこし誇らしいと思う自分もいた

 とにかくとてつもなく複雑な波がソフィアを襲った

 手紙をじっと見たまま警戒を説かないソフィア。

 そんな時だった。

 魔血の少女の後ろから一人の若い警備兵が近づいてきた

 それを見て魔血の少女は急に焦燥感を顕にしてソフィアの手に強引に手紙をねじ込んでまるで逃げるようにその場を足早に後にしていった。

 その様子をソフィアは呆然とするしかなかった

「なんなんだろう?」

 ソフィアは思わずそうつぶやいてしまった

 ただ自分の手には強引に手渡された父へのラブレターだけが残された

「お嬢様、どうかなされました?」

 彼女にそう声をかけたのはあの若い警備兵だった

 ソフィアは彼の顔を見て強い違和感を持った。

 彼は顔に不思議な文様のタトゥーを入れていた。見たことのない魔法文字を模したような不思議なデザインだった。

「いいえ、なんでもないわ」

 ソフィアは彼のその違和感を隠しつつ手に持った手紙をしまった。

「ここは人気がないから危ないですよ。今日はなにか起きそうな気もしないからね」

 彼の言う言葉は丁寧で注意喚起しているだけのようには聞こえた。

 だがソフィアはさらに彼に不信感を抱いた。

 彼は本当にここの警備兵なのだろうか――と根本的を疑うレベルの直感が発動した

「あなた……」

 その時だった華やかな匂いのする迎賓館に女の甲高い悲鳴が響き渡った

 ソフィアははっとした。

 綺羅びやかな夜会の会場に明らかに黒い影が覆おうとしていた。

「やだなあ。またレヴィが派手にやっちゃってるよ」

 そう言葉を彼は笑み混じりに言った

 ソフィアは思わず彼を見たが、もうその時には若い警備兵はその場から忽然と姿を消した

 ソフィアは思わず息を呑んだ。

 間違いなくこの後悪いことが起きる。疑念はすぐに確信へと変わる

 だけど、ソフィアは逃げようとはしなかった

 その顔に恐怖など微塵もない。あるのは正義感に燃えた強い視線だった。

 ソフィア・ラキア・ティアマート。彼女はただ守られるだけのお嬢様ではなかった。

 通っている魔法師範学校では超優秀な魔道士で知られているし、さらに父親である烈火の剣聖から直々に魔剣術を習って剣の才能も豊か

 さらに元来の勝ち気な性格もあって、彼女に逃げるという選択肢は端から存在していなかった

 ソフィアはきっと前をにらみつけるとそのまま混乱し始める迎賓館へと戻り始めていた

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