2話 同盟の犠牲になんかなりたくない!
晴れ晴れしい享楽の大広間から離れた控え室
彼女は誰にも負けないくらいの煌びやかなドレスを身に纏っているのにその表情は海の底のように暗く沈んでいた
彼女は本来ならばこの大夜会の主役に居るはずだった
だけどそれは彼女には耐えられない苦痛であった
許せなかった。この舞台に添えられた脚本が。そしてその脚本を描いた母親が――
「ソフィア――」
サランド公爵家の令嬢。ソフィア・ラキア・ティアマートはその聞き慣れた気弱な声にゆっくりと顔を上げた
そこにはエメラルド色のおかっぱ頭のもやしみたいな少年が心配そうに彼女の顔を覗はいていた
「大丈夫?なんか凄い勢いで大広間から出ていっちゃったからびっくりして」
彼――シルフィア伯爵家次男のジェイナス・エアグレイスは少しバツの悪そうな顔をしながらソフィアを労った。
だがソフィアは不満そうに彼の顔から目を逸らし言った
「こんなの聞いてない」
「え?」
「私、こんな婚約なんて聞いてない!」
怒りにも似たその一言にジェイナスは一つ苦笑をした。
「流石シエラ姉さん…って感じだよね」
「ちょっと!ジェイナス!」
その言葉にソフィアは怒りを露わにしてジェイナスを睨みつけた。
「あなたどっちの味方よ。私?それとも私のお母様?」
そんな強い態度にジェイナスはあたふたと焦りながら取り繕いはじめた
「ちがう…違うって。こういうのはどっちの味方って訳じゃない――」
「じゃあなに?私があなたの――15歳も歳の離れたお兄様とおいそれと結婚しろって…あなたも思ってるの!?」
その一言にジェイナスは思わず閉口した
その顔にはとてつもなく複雑な色が滲んだ
「ほんと信じられない!こんなの私の人権なんてあったもんじゃないわよ!」
だがソフィアの怒りは留まることを知らなかった
「私はつくづく火風同盟のための政略結婚なんて最低だと思うわ。いい事なんてなんにも無いもの」
「まあ、君の両親をみてたらそれも納得するよね――」
ジェイナスのそのつぶやきにをソフィアは煩わしいように睨みつけて黙らせた。
「あなたも知っての通りお父様は毎日政治や会合ばかり、お母様は社交界で羽根伸ばしまくり。で、偶に顔を合わすと喧嘩ばかり。私物事着いた頃からどうしてこの人たち結婚したんだろうと疑問だったわよ」
そういうとソフィアは伏し目がちにさらに話を続けた
「だから私、絶対政略結婚はしたくないの。それがあなたのお兄様でも絶対嫌!同盟の犠牲になるつもりなんかこれっぽちもないんだから」
そういうとソフィアは身体の力を抜いたようにスッキリした顔でジェイナスを見た
「でも、もし婚約があなたのお兄様じゃなくてあなただったら――」
その一言を聞いた途端ジェイナスの顔が一気に紅潮する
そして見るからに狼狽えながら彼女を見た
だが、その前にソフィアはため息まじりに一言言った
「ごめん、やっぱ無理かも……」
ソフィアのその言葉にジェイナスは顔にほんの少しだけ残念な色を見せたが直ぐにそれを隠した。
「そう…だよね」
ジェイナスは引きつったように小さく笑った
「でも君の気持ちはわからないでもないよ。姉さんも突拍子もないこと考えるもんだね……こんな大々的に自分の娘の婚約発表するなんてさ」
それを聞きながらソフィアはまた悔しそうに拳握った
彼女ほど政略結婚と言うものを憎んでいる人間はいない。
父は帝国北部に広大な領地をもつ火の血の名門貴族サランド公爵ケンヴィード・ゼファー・ティアマート。
そして母は風の名門貴族でセルフィア伯爵家一門から輿入れしたサランド公爵夫人シエラ・ティアマート
両親もまた帝国の権力争いの末『火風同盟 』の為の政略結婚だった
だけどソフィアはその結末に幼い頃から深く傷ついていた。
父は帝国の英雄と呼ばれ、若い頃は戦場を駆け回る日々。除隊下後はサランド公として政治へと舞台を変えて日々忙殺されている。
母は母で寡黙な父とは結構当初からそりが合わずその寂しさを社交界での輝きで紛らわせ今では帝国社交界の薔薇と呼ばれている
元々父は寡黙で社交界を嫌っており母はとにかく派手で浪費家。そんな二人が上手くやっていける未来なんて見えるはずがない
ソフィアが物心着いた頃には両親はすれ違いが続き、偶に会話すると喧嘩ばかり。
そんな両親にソフィアはずっと寂しい思いをしていた
両親を嫌いな訳では無い。父の強さと指導力は尊敬の念を持たざるを得ないし、母も少し派手過ぎるけど悪い人じゃない。
だけど両親として二人の間に愛がない。それがソフィアにとってとてつもなく悲しい事実だった。
それもこれも『火風同盟』の上の政略結婚が全て悪い
結果、政略結婚のお陰で自分が生まれたこともソフィアが政略結婚を嫌う理由のひとつになった。
「政略結婚からは何も生まれないわよ…私みたいな不幸な子供が生まれるだけ」
ソフィアはジェイナスに気づかれないように一言小さく呟いた
そして、その鬱屈とした怒りを収めるように一つ息を吸うと、ひとつ気合いを入れ直し座っていたソファーを叩いた
「あーあ、もう悩むの馬鹿馬鹿しくなってきた」
そう言うとソフィアはすっと立ち上がった
「私、外の空気吸ってくるわ」
「え?でも……」
ジェイナスは何が言いたげな顔をしたが、ソフィアは彼を置いていくように颯爽と部屋から出ていった
「お母様が来たら私帰ったって言ってね」
そういうとソフィアはにっこり笑った。
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