5章 きっかけの味噌ラーメン

第1話 味噌ラーメンの仕込み

「私、謙太けんたさんとトモさんのお店のラーメンが食べたい!」


 夏子なつこちゃんの言葉に、謙太と知朗ともろうはぽかんとする。


「私、ラーメンもあまり食べられなかったから。美味しい味噌ラーメン食べてみたい!」


「ほうほう、それは良いのう。ぜひわしもご相伴しょうばんにあずかりたいものじゃ」


 ツルさんも同意して幾度いくどと頷く。謙太と知朗は「う〜ん」と唸る。


「店のラーメン作るとなると、材料の産地とかブランドとかも揃えないとなぁ」


「そうだねぇ。でもそんなことまでサヨさんにお願いできるんかなぁ」


「今まで材料を用意してもらう時はどうしていたんじゃ?」


「材料と分量を書いてただけだ。さすがにブランドやらまでは指定してねぇ」


「そこまでこだわって良いもんかどうか判らんかったしねぇ。でもスーパーとかで買える一般的なものを用意してくれとったから、なんの問題も無かったしねぇ」


「店のラーメンとなるとな。昆布は羅臼らうすのだし、かつお節は宗田そうだの枯れ節、煮干しや干し椎茸や鶏がらなんかも仕入先が決まってるしな」


「鶏がらは鶏チャーシュー用と一緒に比内地鶏ひないじどりやしねぇ。煮干しは長崎のあご、干し椎茸は大分産やで〜」


「あごって何?」


「とびうおやよ」


「とびうおって食べられるの!?」


「昔から出汁を取るのに使われてんねん。あご出汁美味しいんやで〜。お味噌汁とか美味しいやんねぇ」


「あご出汁はわしも知っておるぞい。わしが生きておったころは、かつお節なんてものは高級品じゃったからのう。あごとか煮干しで出汁を取っておったんじゃ。今はかつお節は簡単に手に入るのかの?」


「一般的には昆布とかつおの出汁が多いんじゃ無ぇかな。だしの素って顆粒かりゅうの出汁があるんだが、かつおが多いしな」


「そうやねぇ。あー後はお味噌とかも決まってるもんねぇ。どこまで揃えてもらえるもんなんやろかねぇ」


「サヨさんが来たら聞いてみるしか無ぇよな。夏子、ツルさん、聞いてみた次第になるが」


「うん、分かった! でもできたら良いな!」


「そうじゃのう」


 夏子ちゃんもツルさんも納得して頷いてくれた。


「それでのう謙太ぼうトモ坊、もしできるんじゃったら、ここにいる皆に食べてもらうことはできるかのう」


「それは……」


 今ここにいるのは謙太と知朗を除いたら20人ほどである。それぐらいの杯数なら。


「うん、あの大鍋で作れるな。食いたい人に食ってもらおうぜ」


「そうやねぇ。皆ここに来てから飲み物ばっかりやったやろうしねぇ。何か食べてもらえるんはええかもねぇ」


「ではわしはさっそく皆に教えて来ようかのう」


 軽い足取りで行きかけたツルさんを、謙太が「ツルさん待って待って」と止めた。


「まだ再現できるがどうか判らへんから、判ってからにしてもらった方がええかもです」


「ああ、それはそうじゃの」


「楽しみだなー!」


「う〜ん、でもこの場合は「期待しないで待っとってね」って言ったらええんかなぁ」

「ははっ」


 そして少しした時、サヨさんがやって来た。




 数時間後、並べられた材料を前に、謙太と知朗は割烹着かっぽうぎを軽く腕まくりする。


 サヨさんに産地などの指定ができるのか聞いたら、「まぁ」と驚いた後、「なんとかいたしましょう」と頼もしく言ってくれた。そして数時間後にはキッチンの引き出しなどに揃えてくれたのである。


「凄いなぁサヨさん、完璧やねぇ」


「本当だな。これで俺らの味噌ラーメンが作れるな」


 謙太と知朗は材料をひとつひとつ確認しながら歓声を上げた。


「やった! 謙太さんとトモさんの味噌ラーメンが食べられるんだね!」


「ほっほっほ、わしも楽しみじゃ」


 夏子ちゃんとツルさんも嬉しそうだ。


「よっしゃ。じゃあ仕込もうかぁ」


「おう」


「これから作ってくれるの!?」


 夏子ちゃんがらんらんと目を輝かせる。


「作るのは明日やねぇ。昆布とあごは一晩水に浸けておかなあかんねん」


「そうなの? 時間掛かるんだね」


「明日は明日で手間暇掛かるぜ。けどまずはしっかりと旨い出汁を取るために、乾物をけるんだ」


「水に浸けたらどうなるの?」


「戻るんやけどその時にお出汁が出るんよ。水出汁やね。明日には火も入れるんやけどね〜」


「へぇー」


 謙太は鍋に昆布と、網袋あみぶくろに入れたあごを入れ水を注ぎ、コンロに置いてふたをする。


「このまま明日まで置いておくんよ。今日はもうできることは無いなぁ」


「凄っごく待ち遠しい! 私もう寝ちゃおうかなー」


「暗くならんと眠くならんやろ〜」


「そこは気合いで! 私寝るの得意だよ。生きてる時は寝てること多かったし!」


「いや、今の夏子凄ぇ元気じゃねぇか」


「うん! 私死んでここに来て元気?になったから、いつでも元気でいようって決めたんだー」


「夏子ちゃんの元気は周りも元気にする元気やんねぇ」


「本当!? 嬉しいなー!」


 夏子ちゃんは満面の笑みを浮かべた。なるほど、だから「私はいつでも元気でいたいんだ」なのか。死後手に入れた健康とはなんとも皮肉な気がするが。


「夏子ちゃんアイスミルクティまだある? 新しいの入れようか? あ、ティラミスの時お砂糖だけで紅茶もコーヒーも飲めたから、お砂糖だけで飲んでみる?」


「ううん、やっぱりミルク入れて欲しいな。あれ好きなんだー」


「分かった。待っとってねぇ」


 その時青年がひとりテーブルに向かって来る。


「ハイボールお願いっす〜。レモンスライスもよろしくっす〜」


「おう」


 その注文は知朗が承る。そうして時間が過ぎて行った。




 さて翌日。起き抜けの行列がさばけたら、さっそくラーメンの仕込みである。謙太と知朗はぐいと腕まくりをした。


「久し振りだな。ちゃんとできると良いが」


「大丈夫やって。きっと身体が覚えてるで」


「ああ、そうだな」


 謙太と知朗は大吟醸だいぎんじょうを手にしたツルさんと、アイスミルクティをすする夏子ちゃんに見守られながら、調理を進めて行く。


 まずは昨日浸けておいた昆布とあごを強火に掛ける。ふつふつと泡が出て来たら中火に落とし、網袋に入れた枯れ節を追加して30分ほど煮出す。途中で灰汁あくが出るので丁寧に取る。


 時間になったら出汁の素になった乾物を取り出し、そこに綺麗に洗って霜降りし、内臓や血合いを洗い流した鶏がらと、網袋に入れた割った干し椎茸を入れる。


 出汁の温度が下がるので少し待ち、また沸いて来たら白ねぎの青い部分、生姜しょうがの皮と日本酒を入れる。後は弱火に掛けて灰汁を取りながら煮出して行く。


 その間に味噌だれの準備だ。知朗はフライパンにごま油を入れて、擦り下ろしたにんにくとしょうがを入れて弱火に掛ける。


 じっくりじっくりと炒めて、香りを立たせたところで火を消す。そこに味噌を入れて日本酒でもったりと延ばす。そこに林檎の擦り下ろしを加えたら火に掛けて、混ぜながら煮詰めて行く。


 最後に白すり胡麻を入れて全体を混ぜたらできあがりだ。このまま冷まして味を馴染ませてやる。


 謙太は鶏チャーシューを仕込んでいた。まずはたれ作りである。ボウルに醤油と砂糖を入れて、砂糖が溶けるまでしっかりと泡立て器で撹拌かくはんし、日本酒と蜂蜜を加えてさらに混ぜる。


 比内地鶏の胸肉ともも肉を、それぞれ均等の厚さになる様に切り開く。味染みが良くなる様にフォークでぶすぶすと穴を開けて、たれを全体にしっかりと揉み込んだら、皮を外側にしてくるくると巻いてたこ糸でしっかりと縛る。


 それをフライパンでしっかりと焼き目を付け、蒸し器でじっくりと蒸して行く。これで火が通れば鶏チャーシューは完成だ。冷めて肉が落ち着いてからスライスしてやる。


 スープの鍋を見ると白濁はくだくし始めていた。もう鶏がらと干し椎茸を入れて2時間ほどになる。いつも最低3時間ほど煮出すのであと1時間。ここは焦ってはいけない。しっかりと煮出して行こう。


「良い匂いがして来たー」


 夏子ちゃんがご機嫌な調子で鼻をひくつかせる。隣でツルさんも「そうじゃのう」とにこやかだ。


 その頃にはこの空間にいる人たちもちらほらと集まり始めていて、「本当に良い香り」「楽しみだねぇ」と嬉しそうに口にする。


「スープは後1時間煮出すからな。もうちょっと待ってくれ」


「えー、こんな美味しそうな匂いぎながら待つなんて拷問過ぎるー」


 夏子ちゃんがぷぅと膨れると、謙太と知朗は「ははっ」と笑う。


「ちゃんと美味しいラーメン食べて欲しいからねぇ。それにまだまだやることあるんよ〜。めんま味付けしてもやし洗って、なると切って青ねぎ小口切りにして〜」


「本当にラーメンって手間が掛かるんだー」


「そうやで。だから待っとってね〜」


 謙太は言いながらざるに根切りもやしを開け、知朗はごま油を引いた鍋で水気を切った水煮めんまを炒め始めた。

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