第2話 すべての輝き

「よぉし、仕上げるぞ!」


「はぁい」


 キッチンに小振りのはちを積み上げ、知朗ともろうは湯の鍋の前にスタンバイ。鍋には数個の「てぼ」が入れられている。


 謙太けんたが鉢をふたつ用意し、素早く味噌だれを入れ、スープを注いで泡立て器でさっと混ぜる。


 知朗がてぼで湯切りしためんを入れ、菜箸さいばしで麺の流れをならしてやる。謙太が鶏チャーシューとめんま、もやしと青ねぎになるとを盛り付けて完成だ。


 その時にはキッチンに皆が列を成していた。皆わくわくと期待の面持ちだ。


「はーい味噌ラーメンお待たせしました! おはしとれんげはここから持って行ってくださいね!」


 味噌ラーメンを差し出しながらお箸とれんげが入ったバスケットを示す。先頭の少年は「ありがとうございます」と礼儀正しくお辞儀じぎをし、味噌ラーメンにれんげを入れてお箸を持って行った。


 この少年は今この空間にいる最年少で、列はまずは子ども、そしてお年寄り、次に女性、最後に男性と続いていた。見事なモラルである。


 謙太と知朗は最後のひとりまでフル回転で動く。麺を茹でて味噌だれとスープを入れて盛り付けて。


 皆「ありがとう」「おいしそう」と顔を綻ばせながら受け取ってくれた。


 そして待ちきれないとばかりに食べ始めた人々から「美味しーい!」「旨い!」「癒される〜」と声が上がっていて、謙太と知朗は顔を見合わせて「しし」と笑い合う。好評の様だ。


 最後はツルさんと夏子なつこちゃんである。


「最後で良かったんですか? ふたりとも凄く食べたがってたのに〜」


「謙太ぼうとトモ坊と一緒に食べたくてのう。最後にしてもらったんじゃ。お前さんたちも食べるんじゃろ?」


「そうだな。まだ量に余裕はあるし、俺らも食うか」


「そうやね」


 すると「大変賑やかでございますね」としとやかな声が掛かる。サヨさんだった。


「あ、サヨさん。サヨさんも食べませんか? 用意してもろた食材で味噌ラーメン作ったんですよ。僕らが生前にいとなんでいたお店で出していた味噌ラーメンです」


「味噌ラーメン、でございますか?」


 サヨさんは不思議そうな顔で首を傾げた。


「はい」


 サヨさんは少し考える様に目を閉じるが、開くと穏やかに笑って小首を傾げた。


「ではありがたく、ご相伴しょうばんにあずかろうかと思います。ありがとうございます」


「おう」


 謙太と知朗は速やかに5人分の味噌ラーメンを整える。そこに夏子ちゃんがれんげを入れてくれた。ツルさんはお箸を5ぜん取ってくれる。


 謙太たちは味噌ラーメンを手に輪になって腰を下ろす。ツルさんがお箸を配ってくれると、夏子ちゃんが「いただきます!」と元気な声を上げた。謙太たちもそれぞれ「いただきます」と手を合わせる。


 さっそくれんげでスープを飲んだ夏子ちゃんは「んん!」と目を見開いた。


「美味しい! 美味しいね! なんていうのかな、濃い感じの色なのに優しい味なんだね。わぁぁ、ママが作ってくれたお味噌汁思い出すー。味は全然違うはずなんだけど!」


「本当じゃのう。優しくてほっとする味じゃあ。懐かしさを感じるのう。初めて食べる味なのにのう」


 ツルさんも頬を緩めてスープをすする。サヨさんも「大変美味しゅうございますね……!」と今までで1番の笑顔を浮かべた。


「良かったわぁ。僕たちも食べようか〜」


「おう」


 謙太と知朗も、まずはれんげでスープを口に含む。ああ、これだ。懐かしい味。


 謙太と知朗がいろいろな店を食べ歩き、ああでも無いこうでも無いと何度も試作を重ね、様々な店舗や工場を歩き回り吟味ぎんみをした。そうしてやっとこの味にぎ着けた味噌ラーメンだった。


 とてもありがたいことに、いろいろな人に食べてもらえた。たくさんの人に美味しいと言ってもらえた。これはとても果報の味噌ラーメンなのだと、ふたりは自負している。


 だがこれが最後だ。死んでしまった今ではもう作ることも無い。これは夏子ちゃんの思い付きがくれたサプライズである。謙太と知朗はどちらともなく、感慨かんがい深げに「へへ」と笑みをこぼした。


 できることならずっと味噌麺屋みそめんやをやっていたかった。だが叶わなくなった。死んでしまったのだから。


「うめー!」


「美味しいわねぇ……」


「スープが絡んだ麺がめっちゃ美味しい……!」


「つるっつるだよね!」


「そこに箸休め的に来る生のもやしがしゃきしゃきしててさぁ」


「私めんまも好きだぁー。しゃくしゃくしてる〜」


「このなるとの愛嬌が良いねぇ」


「このねぎをスープと一緒に食うのが旨いんだよな!」


「このチャーシュー鶏なんだ。スープにめっちゃ合う。香ばしくて柔らかくて美味しい!」


「あっさりしてるのに旨みが濃いよな。要するに旨い!」


 そんな感想を耳にしながら、謙太と知朗はお箸を進めて行く。


 我ながら本当に美味しい。そう自画自賛じがじさんしているからこそ、これで開店を決めたのだ。


 もちろん好き嫌いや好みはあるだろうが、色々な方に美味しいと思ってもらえる味に仕上がっていると思う。


 そしてそれはここにいる人全員に受け入れてもらえた。皆「美味しい美味しい」と手を動かしている。小振りな鉢だったので食べ終える人も出て来た。すると。


「あー、こんな旨いラーメン食えたんだからもう良いよな」


 そんな声が上がり、きらりと輝くものがちらりと漂って来た。智樹さんは謙太たちよりも年上の、レモンチューハイを好んで飲んでいた青年だ。


「病気で旨いもんもろくに食えずに死んじまったのが心残りだったけど、味噌ラーメン旨かった! 謙太、トモ、サンキュー!」


 智樹ともきさんはそう言ってにっと笑う。そしてその姿が薄くなり掛けた時。


「そうねぇ。私もそろそろ良いかしらねぇ」


 そう言うのは町子まちこお婆ちゃん。町子お婆ちゃんは緑茶が好きで、1日に1度「今日の贅沢よぉ」と言って、嬉しそうに玉露ぎょくろを飲んでいた。いつでもいくらでも飲めるものだったのだが、町子お婆ちゃんなりのこだわりがあったのだろう。


「ラーメンって若い子たちが食べるイメージだったしねぇ、私みたいなお婆ちゃんが食べても、口に合わないんじゃ無いかしらなんて思っていたけど、お味噌だったこともあるのかしら、とっても美味しかったわぁ。食べず嫌いなんてせずに、孫に誘われたら一緒に行ってみたら良かったわねぇ」


 町子お婆ちゃんも輝きを放ち出す。


「俺も満足だ。旨かった!」


 幸人ゆきとさんはいつもビールを飲んでいた男性だ。


「ずっと飲み物ばっかりでよ、まぁビール旨ぇし飽きることは無かったが、やっぱり食いもんは良いな! 謙太、トモ、ありがとうな!」


 そうして幸人もはらりと輝き出した。


 あちらこちらから「ありがとう」「美味しかった」と声が上がり、光り輝くものが霧の様に一帯を舞う。それはやがてツルさんと夏子ちゃんにも。


「ツルさんと夏子ちゃんも行くか」


「うん! ティラミスもガレットも味噌ラーメンも、願いを叶えてくれてありがとう。どれも美味しかったし嬉しかった!」


 夏子ちゃんは言って満面の笑み。ツルさんも穏やかな笑みを浮かべていた。


「まだ大吟醸だいぎんじょうを飲みたい気もするがのう、なんと言うか、味噌ラーメンを食べられて落ち着いたと言うかのう。わしも行けそうじゃ」


「そっかぁ。良かったって言ってええんですよね?」


「そうじゃのう。次も良い人生が送れたら良いのう」


「私は絶対に健康になるんだー。楽しみだなー」


 夏子ちゃんは希望に満ちた様な表情で、祈る様に手を組んだ。


「ではの。謙太坊、トモ坊、ありがとうのう」


「謙太さんトモさん、ありがとう! あ、でも」


 最後に夏子ちゃんは首を傾げる。


「味噌ラーメン、ひとつ多かったのが不思議だったなー」


「え?」


 聞き返す前に夏子ちゃんの姿はすぅと掻き消えた。ツルさんや他の人も笑顔のまま消えて行き、きらめきだけが薄っすらと残された。それもやがて弾ける様に消えて行く。


「多かった、か?」


「ううん、最後に作った分やんねぇ。ツルさんと夏子ちゃんとサヨさんと僕たちで5つやんね?」


「それなのですが」


 謙太たちの横で佇んでいたサヨさんが、静かに口を開く。


「私の姿は、皆さまに見えていなかったのでございます」


「え?」


「ええ!?」


 そのせりふに、謙太も知朗も驚いて声を上げた。


「さっきまで皆で一緒にラーメン食べとったでしょう?」


「はい。ご相伴にあずかりました。ですが皆さまには見えておりませんでした。ですがラーメンは見えておられましたので、夏子さまにはひとつ多く見えたのでございます」


「どういうことだ? サヨさんは俺らにはしっかり見えてるのに」


「そういうものなのでございます」


「そういうものって」


 謙太と知朗が戸惑った時、後ろから大きな声が響いた。


「やったぞーい! やったぞーい!」


 びっくりした謙太と知朗が振り返ると、そこには嬉しそうに万歳をするツルさんの姿があった。

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