第43話 学校の中心で愛を叫ぶ

「卒業生答辞。卒業生代表赤阪翔!」


 司会の教頭のその声に、僕はビクッとして飛び起きた。僕は思わず椅子から落ちそうになり、椅子がガタっと会場全体に響き渡る音を立てた。僕に一瞬会場中の視線が集まる。僕は、恥ずかしさに真っ赤になって縮こまった。信一はそんな僕を見て笑いをかみ殺している。これから翔の大一番だというのに、僕は何てことをしでかしたんだ! 僕は穴があったら入りたい気分で座っていた。


 翔はおもむろに胸ポケットから原稿を取り出すと、答辞を読み上げ始めた。僕は、あれだけ僕に内緒にしていた答辞がどんなものなのか、期待を込めて聞いていた。ところが、なんだか普通の答辞といった感じで何も面白味がない。在校生代表送辞への謝辞、教師や親への感謝、クラスや行事の思い出、そんなところだ。


 なーんだ。翔のやつ、なにを御大層に僕に隠していたんだよ。僕はすっかり拍子抜けしてぼうっとしていた。


 すると、いきなり翔が答辞の途中であるにも関わらず、原稿をポケットにしまった。会場がざわめく。


「僕には、高校三年間、ずっと心の支えになってくれた人がいました。そいつのおかげで、僕はこの高校生活を通して、大きく変わりました。そいつは、僕のすべてを受け入れてずっとずっと僕のそばにいてくれました」


え? 翔の言葉に僕はにわかに目が覚めた。そして、彼の原稿外のスピーチにくぎ付けになった。


「そのおかげで、自分にもっと自信が持てた。自分が自分でいていいんだと思えた。僕は、そんな強い人間じゃないから、そいつのことを何度も傷つけた。だけど、そいつは僕のことをずっと愛してくれていた。そいつ、本当に優しくて強くて、でも同時に繊細で傷つきやすくて泣き虫でちょっと頼りなくて。だけど、そういうところも含めて、本当に可愛くて大好きなやつなんです」


そう言うと、翔はマイクから離れ、僕の方を向いて地声で叫んだ。


「二年三組因幡一郎!」


「は、はい!」


僕は呆気に取られていたが、名前を呼ばれたことで我に返り、慌てて立ち上がった。会場全員の視線が僕に再び集まった。


「ちょっとこっちに来て」


翔が僕をステージに手招きした。でも、卒業生でもないのに登壇するなんて・・・。僕が躊躇していると、


「早く!」


と翔が僕を急かした。信一がそっと僕に、


「行って来い」


と言って背中を押した。そこで、僕は翔に呼ばれるがまま、壇上に上がった。翔は僕の手を握ると、マイクの前に戻った。僕はもう恥ずかしいやら照れ臭いやら、顔を真っ赤にしながら、翔の隣に立った。


「僕はこいつと出会って、一郎と出会ってゲイである自分を受け入れました。僕にとって、一郎と通った高校生活は最高でした。楽しいこともつらいこともあったけど、一郎と一緒にいたからここまでやって来れたと思う。僕はこの高校を卒業して、大学で勉強して、将来、こいつと結婚したいと思っています!」


 会場がどよめいた。そして、一人、また一人と拍手が増えていき、最終的に会場全体から温かい拍手が僕らに送られた。拍手が一通り収まると、翔は僕の方を向いて、一言こう言った。


「一郎、俺のこと、これからもずっとずっと好きでいてくれる?」


僕の目から涙がぶわっと溢れ出した。僕は泣きながら、


「はい」


と答えるのがやっとだった。そんな僕を翔はぎゅっと抱きしめ、僕の唇に熱いキスをした。会場から歓声が上がった。僕はずっと翔の腕の中で翔の温もりを感じながら涙を流し続けた。


「ほら。すぐ、こいつ泣くでしょ? 泣き虫な一郎がまた可愛いんだな、これが」


そう翔が冗談めかして言うと、会場から笑い声が上がった。


「翔、みんなの前で恥ずかしいから、そういうこと言うのやめて」


僕は顔を赤くして言った。翔はそんな僕にいつものようにそっと優しくキスをした。そして、


「俺は、そんなこいつが、因幡一郎が世界で一番大好きです」


翔はそう会場全体に向かって宣言した。


「以上です。卒業生代表三年二組赤阪翔」


翔は答辞を締めくくった。会場から盛大な、恐らく今日の卒業式で最大の拍手が僕ら二人に送られた。


 会場を見渡すと、何人もが泣いていた。新藤前部長も水沢先輩もハンカチで涙をぬぐいながら僕らに拍手を送っていた。晃司はもう顔をくしゃくしゃにして泣いていたし、栄斗も目が真っ赤になっていた。たっちゃんは顔を覆って泣いており、りっちゃんは涙を乾かそうと上を向いて手で目を扇いでいた。あんなに卒業式をつまらないと言っていた信一が、涙を何度も腕で拭っていた。演劇部の華ちゃんも、担任の教師までハンカチで目頭を押さえていた。あの、僕がゲイであることが全校生徒にバレたことをきっかけに絶交したはずの宮上まで目をパチパチさせているのが見えた。僕が翔の方を見やると、翔も涙をそっと拭っていた。会場全体が涙と拍手に包まれていた。


 僕と翔は一緒にステージを降りると、もう一度固いハグを交わし、それぞれの席に戻った。僕はもう夢うつつな気分で、その後のことはほとんど覚えていない。だけど、この卒業式は、僕自身が主役だった幼稚園の卒園式、小学校や中学校の卒業式のどれよりも心に残る卒業式になった。


 卒業式が終わり、携帯を見ると、翔から「放課後、俺の教室に来い」というメッセージが入っていた。これ以上、何があるんだろう? 僕はもうこの卒業式だけで胸がいっぱいいっぱいになっていた。それでも、僕はもう今日は一日翔から離れたくなかったので、放課後、僕は翔の教室へ直行した。僕が翔の教室に入ると、まだ残っていた翔の同級生たちの注目の的になった。みんなは口々に、僕と翔に、


「おめでとう」


「お前ら、幸せになれよ」


などと声をかけてくれた。そして、一人、また一人とそれぞれが家路につき、とうとう、教室には僕と翔の二人だけが残された。すると、翔はごそごそと筆記用具からハサミを取り出すと、制服の第二ボタンの糸を切り、僕に手渡した。


「翔、これ・・・」


「ふふん。驚いたか? 制服の第二ボタン」


これか! 卒業式の日に、先輩が好きな後輩に制服の第二ボタンを渡すってやつは。


「俺の気持ちだ。一郎、愛してる」


そう言って、翔は僕にキスをした。僕は翔にぎゅっと抱き着きながら、翔の唇の感触に浸り続けていた。僕らのキスがいよいよ激しくなり、僕は翔に机の上に押し倒され、教室の中で抱き合ったまま互いの身体をまさぐっていた時、


「お前ら、学校はそういう場所じゃないぞ。お楽しみは家に帰ってやっとけ」


と、翔の担任教師が入って来た。教師は半分あきれ顔で僕らを見て笑っていた。


「す、すみません!」


「先生、さようなら!」


僕らは慌てて乱れた制服を直すと、教室を飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る