買い物に行っただけなのに


 喧騒に溢れかえった街に戻ってきた。

 城もかなりファンタジーだけど、やっぱり街中の方が凄いな。

 歩くトカゲのインパクトに勝るものはそうそう無いだろう。


「私の行き付けの雑貨屋がある。そこに行こう」

「よろしくお願いします」


 てな訳でお店に到着。比較的新しい建物だ。

 レンガ造りだけど大きな窓があって、そこから綺麗に並べられた商品が見える。

 私からしたら使い方も分からない物ばかりだけど、見ているだけでもちょっと楽しい。


 窓に張り付いているとエルンハルトさんが中に入って行ったので、慌ててそれに続く。

 店内は品物が綺麗に陳列されていて、まるで前世で見かけたジュエリーショップのようだ。


「リチャード、来たぞ」

「いらっしゃい。おや、今日はお連れが居るのですか」


 おっと、人が居たのか。挨拶……を?


 をおおぉぉ!? イケメンきちゃあああ!

 優しげな表情に整えられた金髪に二つの白い角!

 全身から溢れる穏やかオーラ!

 そして低めのイケボ!

 ナイスイケメン! いいぞいいぞ!

 これだよこれ! 良い燃料だ!


 ……はっ!? いかん、猫を被らねば。


「初めまして。リリィです」


 秘技お嬢様スマイル!


「これは可愛らしいお嬢さんだ。僕はリチャード。この店の店主です」


 おお、物腰穏やか系か。

 優しく導く系の攻め……いや、誘い受けでもいけるな。

 相手がジークだったらリチャードさんは攻めだけど。


「よろしくお願いします。今日は生活用品を買いに来ました」

「なるほど。ではどうぞ、商品をご覧ください」


 さて、妄想も良いけど品物を見ないとね。

 生活必需品の一式を揃えないとダメだし。

 そうだ、着替えも必要だ。そうなるとかなりの金額になるな。

 ……あ。


「エルンハルトさん。私お金持ってないです」

「あぁ、そうだったな。では私が出しておこう」

「いやそれは流石に悪いです。全部揃えるとなると結構高いですよね?」

「なに、私からのプレゼントだ。遠慮なく受け取ると良い」


 わお。爽やかスマイルでイケメン発言された。

 この人本当にかっこいいな。


「じゃあ稼げるようになったらお返しします」

「必要ないが……そうだな、その時は酒でも奢ってくれ」

「……分かりました。ここは甘えさせてもらいます」


 かなり気が引けるけど、無いものは無いんだし。

 せっかくの好意だ。助けてもらおう。

 しっかし恩ばっかり溜まっていくな。

 どこかでお返しせねば。


「リリィさん、良ければこちらで見繕いましょうか?」

「お願いします。服もありますか?」

「取り扱っていますよ。ですが、服はご自身で見られた方が良いのではないですか?」

「こだわりは無いのでお任せします。私よりリチャードさんの方が詳しいと思いますし」

「これは責任重大ですね。では少々お待ちください」


 本当は服くらい自分で選んだ方が良いんだろうけど、私って壊滅的にファッションセンス無いんだよなー。

 ここは素直にお任せしておこう。


「リリィ、時間が掛かるだろうから私も買い出しに行こうと思う。リチャードなら大丈夫だと思うが、不安なら着いてくるといい」


 このさり気ない気遣いだよ。

 さすがエルンハルトさん。


「じゃあご一緒しても良いですか?」

「あぁ。リチャード、ここは任せた」

「こちらは一時間程で終わると思います。ごゆっくりどうぞ」

「ありがとう。では行くか」


 店の外に出ると、再び喧騒。

 多種多様な人々がガヤガヤと騒がしく行き交っているのを見ると、やっぱり異世界なんだなと実感できる。

 すれ違う人みんな、普通の人間ではない。

 て言うかこっちに来てからジーク以外は普通の人を見てないな。

 みんなどこかしら人外の特徴があるし。

 エリーゼさんは微妙なところだけど。

 そんなことを考えていると。


 …………あれ?

 エルンハルトさんがいない?

 やば、はぐれちゃった!?


 慌てて周りを見渡してもやっぱりエルンハルトさんの姿はない。

 緑色の髪だから目立つと思ってたけど、案外似たような色が多いみたいだ。

 うーむ、やらかしたな。

 リチャードさんのお店も道も分かんないし、とりあえず街で一番目立つ噴水のところに移動するか。



 噴水前に到着。

 あーもー、やっちゃったなー。

 エルンハルトさんにまた迷惑かけちゃった。

 まぁ最悪の場合はお城に戻るしかないか。


 とりあえず、暇だけはしないのがありがたいな。

 噴水前は人が多くて大道芸人ぽいのも居るし。

 へこんでても仕方ないし、ちょっと見物して行くとしよう。


 ……何か、あっちの世界にいた頃に比べてかなりメンタル強くなってんな、私。

 これも『勇気』スキルの影響なのかもしれない。

 ちょっと気をつけておこうかな。


 さておき、噴水広場を見渡すと興味深いものが沢山あった。

 噴水をぐるりと囲むようにして、まるで祭りの様な光景になっている。

 火の玉でジャグリングしてたり、翼の生えた女性が歌ってたり、屋台で食べ物を売ってたり。

 どれも面白いんだけど、中でも一番気になったのは噴水の縁に腰掛けている女性だ。


 黒くてスラッとしたローブのような物を着ていて、長い黒髪がさらりと風に揺れている。

 瞳も同じく黒で、私としては見慣れた感じだ。けれど。


 別に何かおかしな事をしてる訳じゃない。

 ただその人が美術品のように綺麗なのに、周りの視線を集めていない事に違和感を覚えただけだ。

 まるで誰も彼女に気が付いていないように振舞っていて、その存在が世界に溶け込んでいるような錯覚を覚える。

 全体的に黒いのに、何故かガラスのように透明な印象だ。


 思わずじっと見つめていると、ふと。

 彼女の夜色の瞳と目が合った。

 目線を逸らすタイミングを逃してしまい、何となく見つめ合うこと数秒程。

 不意に彼女が立ち上がり、こちらに歩いてきた。

 正確には、なんかふわふわ浮きながら寄ってきた。

 これまたファンタジーぽい移動方法だな。


「貴女は私を認識しているのですか?」


 おぉ、声まで透明感があるな。この世界で会った人の中でもダントツに綺麗だ。

 ただ、言ってる事は電波だけど。


「まぁ、見えてますね」


 うわぁ、関わっちゃいけないタイプの人だったかぁ。

 だからみんな目を逸らしてたのか?

 いや、それにしても、のは明らかに不自然だろ。


「珍しいですね。この世界で私を認識出来る者がいるとは思いませんでした」

「そうですか」


 とりあえず話を合わせて置いて、隙を見て逃げ出そう。

 そんなことを思っていると。


「私の名はライランティリア。長いのでライラと呼んでください」


 うわ、自己紹介された。

 さすがに無視する訳にもいかないよな、これ。


「えぇと、リリィ・クラフテッドです」

「リリィ。もし良ければ暇潰しに付き合ってくれませんか?」

「お断りします」


 面倒ごとはもう結構です。

 私は平穏な日常を送りたいんだよ。


「リリィは紅茶と珈琲だと、どっちが好きですか?」

「聞けよおい」


 あ、やべ。普通にツッコミ入れちゃった。

 だがそんなことはお構い無しらしい。


「茶請けはクッキーです。どうぞ」


 一瞬も目を離してないのに、目の前にいきなりカフェ風のテーブルセットが現れた。

 すげぇなおい。


 そして、ここまでしているのに。

 

 明らかに異常、なんだけど。

 今更逃げる訳にも行かないし、ライラさんの気が済むまで付き合うことにしよう。

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