自称女神、再び


 人通りの多い噴水広場。

 かなりの数の人が行き交う場所、そのど真ん中で。

 結構オシャレなカフェテーブルを挟んで、私とライラさんが向かい合っている。

 この世界で知り合った誰よりも美しい、上から下まで真っ黒な女性。

 でもやっぱり、誰もこちらを見ていない。

 それどころか近付きもせず、そもそも存在に気が付いていないように見える。


 さぁて、どうしたもんかな。

 この人明らかに普通じゃないんだけど。

 かと言っていきなり席を外す訳にも行かないし。

 エルンハルトさんがこっちを見つけてくれたら良いんだけど……この状況じゃ難しいだろうな。


「…………」

「…………」


 互いに無言。ただひたすらに紅茶を飲み続けている。

 不思議な事にいくら飲んでも紅茶は減らない。

 これも魔法だろうか。すげぇな魔法。

 けどこれ、気まずいなんてもんじゃない。

 とりあえず何か話題振るか。


「えぇと、ライラさんはここで何してたんですか?」

「私は世界を見ていました」


 わぁお、そう来ましたか。

 また電波発言飛んできたなー。


「世界ですか」

「世界ですね」

「…………」

「…………」


 話が! 続かない!

 表情もあんまし変わらないからやりづらい!

 うーむ。何か話題を振ってくれないかなー。

 

「リリィはここで何をしていたのですか?」


 おっと、ナイスだライラさん。

 でも何をしてたかって聞かれても地味に困るんだよな。


「えぇと、実は私迷子なんですよ」

「迷い人ですか。人は常に迷うものですね」

「いや普通に道に迷ってんだけど」


 あ、やべ。普通にツッコミ入れちゃった。

 うーん。見た目は凄く神々しいのに中身がちょっと残念な人だなー。


「ですが貴女の目には迷いが見えません。それは何故ですか?」


 聞いちゃいない。マイペースだな、この人。


 しかし、迷いねぇ。

 こんな重い話を初対面の人にしちゃって良いんだろうか。

 ……いいや、言っちゃえ。


「んーと、後悔したくないからですかね」

「後悔ですか?」

「私って基本的に生きることが下手くそなんですよね。何やっても上手くいかない、努力の結果が出ない。それが私なんですよ」


 昔からずっと、生きる事に向いていないと感じていた。

 私は周りみたいに上手くできないんだ。

 だからこそブラック企業なんかに勤めていた訳で。

 そして、だからこそ。


「迷ってる暇なんて無いんですよ。人より下手なら、人より早く努力しないといけないんで」


 生きるのが上手い人ならもっと頭の良い方法を知っているのだろうけれど。

 私はそれを知らないし、教えてもらう機会も無かった。

 体を壊すまで頑張って、心を殺して。

 まさに死んだような日々を送ってきた。

 それが私の当たり前。だから、迷うなんて選択肢はない。


「なるほど。では、私が貴女に加護を与えましょう」

「……は? 加護?」

「私は女神ですので」


 涼しい顔で紅茶を飲むライラさん。


 また出たよ、自称女神。


 いやでも、アテナの時は本物だったしなー。

 ライラさんも見た目は女神っぽいし、本物なのかもしれない。


「私なら貴女の望むものを何でも与えられます。地位、名誉、金銭、知識、そして力。何でも差し上げましょう」


 何でもか、そりゃ凄い。さすが神様。

 確かにそれがあれば人生イージーモードだろうな。

 誰もが羨むような、誰もが求めるような、そんな夢のような話だ。

 まるで夢のような機会で、確実に私の人生の分岐点だろう。


 ただなー。


「……うん、必要ないですかね」

「必要ない、ですか」

「本当に大事なものは、貴女からは貰えないので」

 

 私が望むものは、きっとライラさんからは貰えない。

 そもそも誰かからもらうようなものでは無い。

 それはただそこにあって、だからこそ尊いものなのだから。

 

「私には無理、ですか?」


 パチリと瞬き。ようやく表情が変わったな、この人。

 気圧されるくらいの美女だと思ってたけど、ちょっと可愛いかもしんない。


「では、リリィが望むものとはなんですか?」


 その無垢な問いかけに、戸惑いながらも微笑みを返す。

 そんなもの、決まってるじゃないか。


「BLです」


 言い切ってやった。


「……あの。BL、とは?」

「男同士でてぇてぇする事ですね」

「てぇてぇ……?」


 あ、通じてないなこれ。

 てことはやっぱり、ライラさんからは供給されそうに無いな。


「これは私が追い求めるべき真実です。なのでライラさんの力は必要ありません」


 はっきりと、そう言ってやった。


 BLは誰かに与えられるものじゃない。

 ただそこに男が二人居るだけで発生する、とても尊いものだ。

 それがこの世の真理であり、私たちが追い求めるべき真実なのだ。

 人これを、腐女子思考という。


「……なるほど。リリィは面白いですね」

「なんか最近よく言われますね、それ」

「まさか拒絶されるとは思いませんでした。そんな人間もいるのですね」

「拒絶ではないですよ。よければ見守っててください」


 そして出来ればこっちの沼に沈み込むが良い。

 こっちに来てから同士がいないからなー。

 いや、前世でもSNS上にしか同士は居なかったけどね。


「そうであれば一つ、願いがあります」

「は? ライラさんが?」


 こんな万能っぽい人が私に願い事だと?


「私のことはライラと。敬称は外してください。私は貴女と親しくなりたいです」


 おう、そこで初スマイルはズルくないか。

 いやまぁ、最初から断るつもりも無いけどさ。


「ん。宜しくね、ライラ」

「宜しくお願いします、リリィ」

「……てかそっちは敬語なの?」

「これ以外の話し方を知りませんので」


 あ、また無表情になった。

 んー。せっかく美形なんだからずっと笑ってれば良いのに。


「ではリリィ、今日はここまでのようです。じきに貴女の探し人がここを訪れます」

「なんだ、知ってたの?」

「私は女神なので。再会を願ってこれを渡しておきます」


 手渡されたのは五本の小瓶。中に液体が入ってるけど……なんだこれ?


「世界樹の樹液です。怪我をした時に塗ってみてください」

「あー、そういや天界の特産品だっけ。ありがとね」

「いえ。愛しのリリィへのプレゼントです」


 ……うん? 今なんかおかしな事言われなかったか?


「おい待て、親しくってそういう意味か!?」

「もちろんです。ではまた会いましょう」

「おいやめろ、私を百合に引きずり込むんじゃない!」


 あ、くそ! 消えやがった!

 無駄な所で女神パワー使いやがって!


 あーもー。次会った時にでもちゃんと話さないとなー。

 でも今はとりあえず、必死な顔で駆け寄って来るエルンハルトさんに頭を下げに行こうか。

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