第5話 あんぱん!と声はずませて立ち止まる中国語なまりの女性たち
私は、両親と違って、生まれも育ちも大阪だけど、「大阪=人情の街」とか、「がめつい」とか言われたくないし。そういや、カナダ人のマイク先生は、「普通の食べ物は、大阪の方が美味しいけど、新しいものは東京の方がちょっと上かな」とも言ってたな。むかしは、「京都は着倒れ、大阪は食い倒れ、神戸は履き倒れ」と言われたらしいけど、すでに過去になってしまったのかも知れない。外国の人も、日本人も、京都が好きだし。京都の知名度やブランド力を当てにして、まず京都に出店する海外の人気店も多いと新聞で読んだ気がする。
などと考えているうちに、東京オリンピックが始まった。
Twitterでは、国民の反対にも関わらず、強行される形で始まった東京オリンピックに対して、まだ反対している人達もいたけど、始まってしまえば、トレンドに表示される現実に、私は何を見ているのか分からなくなった。最初は、プロモーションか何かだと思った。
しばらくして、
ーー私が声を上げても、この現実は変えられない。
というショックが襲ってきた。
大阪も、万博を控えているので、余計かも知れない。
最近になって、朝日新聞が、夕刊で、万博の会場予定地で、絶滅危惧種の野鳥コアジサシの営巣が確認されたと報じていたけど。(2021年7月17日(土)「万博が掲げるSDGs「自然との共生」大丈夫?2025大阪万博 絶滅危惧種の野鳥 会場予定地に営巣」)
ミックスジュースではなく、冷やしあめを一口飲んで、Facebookを開く。私は、むかし、駅のホームのキオスクで、ミキサーのような透明な容器に入れられて、ジューススタンドのジュースみたいに売られていたやつの方が好きなんだけど、駅の改修と共に姿を消してしまったので、たまに、デパートで買ってきたものをカルピスみたいに薄めて飲んでいる。
今は、旧大丸心斎橋本店を偲ぶ場所になってしまったヴォーリズ建築・大丸心斎橋店建て替えを惜しむ会の下にある京都観光ガイド学生ボランティアのページを開く。
このコロナ禍の中、人をあまり移動させてはいけないという配慮が働いて、設定はプライベートになっている。
四年、いや、人によってはそれ以上の時間を京都で過ごし、そのまま京都や大阪で就職したり、結婚して草津に引っ越したりした人達もいたけど、卒業後は地元に帰ったり、日本語講師になって中国へ渡ったり、就職や転勤で、再び、日本全国各地に散らばっていった人達もいた。
そう思うと何か感慨深い。
そう思いながらも、私は、ちょっとした観光気分で、すでに投稿を済ましていた人達の投稿を眺めていた。
そんな中に、小日向くんの投稿もあった。
彼とは、数年前、このコロナ禍が始まる前に、偶然、青蓮院さんで再会した。
流暢な英語で、白人男性のガイドをしていた彼は、写真撮影が禁止されている、入り口近くの屏風がある部屋で、モデル役の着物姿の中国人女性を撮ろうとしていた若い中国人男性グループを注意しようにも、実践経験の乏しい、錆びついた英語では、「You shouldn't take photos!」と注意するのが精一杯で、困っていた私に気づいて、 ガイドをしていた男性に、「ちょっと待ってて欲しい」と言ってから、
「……川野さん、だよね?何が言いたいの?」
と助けてくれたのだ。
あの時は、本当に助かった。咄嗟に、allowなんて出て来ない。勇気を振り絞って、英語を使ってみたものの、若さゆえか、仲間を四、五人引き連れていたからか、リーダー格らしき二十代の中国人男性は、ニヤニヤ笑って、「何で?」と聞き返すばかりで、全く、私の話を聞いてくれなかった。
小日向くんの説明を、「分かった、分かった」と大人しく聞いていたその後も、モデル役の女性を生け垣に凭れかけさせたり、閉門時間が来ているのに、境内でしつこく騒いだりしていたので、完全に悪ノリしていたのだろう。
もう何を言っても無駄だと思って、お寺の職員さんと思しき年配の男性に、そのことを告げて、私もお寺を後にしたけど。
その若い中国人男性グループを注意した後に入ってきた白人男性と女性のグループが、同じ場所で、また写真を撮ろうとしたので、私が必死の形相で、「You shouldn't take photos here! Because it's prohibited!」とか叫んだら、女性は少し驚いた顔をしていたけど、「Ok」と言って、すぐに、仲間の白人男性二人と会話しながら、奧へ行ってしまったので、多少言葉が拙くても、相手に聞く耳さえあれば、通じるということを、私は経験上知っている。
小日向くんには、その後、京都観光ガイド学生ボランティアのページから、お礼のメッセージを送った。
『小日向くん、青蓮院さんでは、助けてくれて、ありがとう。おかげで、助かりました。』
私と彼は、私が夏休みに少し、京都観光ガイド学生ボランティアでガイドをしていた時に一緒になったくらいだったので、いいね!だけで済まされると思っていた。当時、英語も出来なかった私と違って、同じ大学一年でも、彼は高い英語力を持ち、流暢に京都の名所や歴史を話すことが出来たので、暇があれば、忙しく飛び回っていた。
『どういたしまして。川野さん、英語勉強したんだね。清水寺とかで、先輩の手伝いしながら、いつも、何か言いたそうにしてたから、実は気になってました。お役に立てて良かったです。』
小日向くんの投稿は、今年の桜の季節に、蹴上駅から、京都市立動物園に向かう途中にある赤レンガのトンネルを写したものだった。
私は、あの辺りは、天王寺動物園のジャガーの葉月旭くんが、京都市立動物園に移動になるまで行ったことがなかったのだけど、動物園へと向かう途中に、突然現れたレトロな景色に夢中になり、説明板を読み、時間を気にしながらも、熱心に写真を撮ってしまった。
その時は、そのまま疎水沿いを通って、動物園へと行ってしまったので、蹴上インクライン(傾斜鉄道)は、まだ辿ってないんだけど。
その時のことを思い出して、私は、胸がいっぱいになってしまった。
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