第3話 幾日も頬を涙で汚しても娘深雪のようにはなれぬ
不思議なもので、人に気軽に会えなくなってからの方が、人のことをよく思い出す。
むかし交流があった人達、よく行った場所。
京都観光ガイド学生ボランティアからのメールには、『今は無くなってしまった場所でも構いません』と書いてあったけど。私が、大阪を案内するとしたら、どこにするだろう?
千日前の吉本、なんばグランド花月?NMB48劇場?タコ焼き、お好み焼き屋さん?織田作之助の『夫婦善哉』で有名な法善寺横町?
自分の投稿が多くの人達を動かすとは思ってないけど、今は密になるのを避けなきゃいけないし。私は、お気に入りの場所はあまり人に教えたくないタイプだけど、出来れば、そういったコテコテの場所は避けたい。
お笑いが好きな人達には大変申し訳ないけど、私は、「大阪といえば……」そういったものばかり連想されるのにウンザリしていた。
歌人の江戸雪さんも、中之島歌会で利用している中央公会堂はどうだろう?
むかし、大手英会話スクールに通っていた頃、カナダから来ていたカナダ人のマイク先生も、「大阪に、あんなところがあったなんて、日本に来てから初めて知った」と英語で言っていた、中之島は、ビジネス街の中に、中之島図書館や府庁舎など、日本近代西洋建築が集まるレトロなエリアでもある。
橋下徹の補助金行政改革で、一気に有名になった国立文楽劇場は?
コロナ禍で自粛が求められるようになってからは、母が一度、初春講演にお邪魔しただけだけど。義太夫さんと三味線さんの前に仕切りはなかったものの、公演前の三番叟もなく、華やかさがなかったと残念そうに言っていた。
インバウンドにも人気だった黒門市場は?
大正十四年(1925年)竣工の国の登録有形文化財、ゴシック風の洋風建築・大阪日本橋キリスト教会、高島屋資料館のあるアール・デコ調の高島屋東別館、その先には、スタイルのいいメイドさん達が短いスカートから足を出して、チラシを配っているオタロードなんてのもあるけど?
アイデアが次々と浮かんでは消えて行く。
悪くはないし、きちんとガイドも出来るんだけど、コレジャナイ感……。
個人に許された使用範囲を超えていないか?著作権も気になるし……。
大阪を紹介したいと思っている人なら、この辺りを狙って来るような気がする。
類想類句を嫌う俳句のように、誰かとかぶったからといって、不採用になる企画ではないけど……。私は、出来れば、あまり人とかぶりたくなかった。ネットで、誰もが気軽に情報を発信できる今、既存のものを使って、自分の個性を出すことは難しい気もするけど。ーーマンガでも小説でもドラマでも、誰かとかぶることを意識して、やっている作品とそうでない作品では、出来が違って来るような気がするし。
凡人には、凡人のやり方があるはずだ。
私は、そう思って、気分転換をはかるべく、ノートパソコンの蓋を閉じた。
猫の目線で見れば、世界は広く、何でも生き生きして見えるんだけどな……。
今は、お骨になってしまったメスの黒猫ノワの散歩に付き合って、庭で身をかがめた時のことを思い出して、私はふと寂しさに襲われた。
六年経っても癒えてない。ペットロスとは、恐ろしいものだと思った。
ノワは、迷い猫で、私が小三だった時に、母が近所のおばさんと玄関口で話していたら、すっと勝手に家の中へと入り込んできた。
とても人懐っこい子で、父が仕事から帰って来たその日の夜、
「先に死なれるのが嫌だから、犬も猫も飼わない」
と、私が幼稚園くらいの頃からずっと言っていた父を見事に懐柔してしまった。
それ以来ずっと元気で、二十年間、うちにいてくれたのだけど、六年前の七月の末、当時、英会話スクールの講師を目指して、養成コースに通っていた私の留守中に、あの世へ旅立ってしまったのだ。数日前から、ほとんど何も食べなくなり、点滴だけで生きているような状態だったので、母は、
「あの子は、もう死んでいた。私らが引き留めたんや」
と言ってくれたけど。
私は、彼女の最後を見とれなかったショックで、バランスを崩した。
お世話になっていた先生には、
「キッズティーチャーか、スタッフから始めてみたら?」
と言って貰ったけど。
私は、子どもの頃から、「百合香ちゃん、百合香ちゃん」と可愛がってくれた母方の親戚のおじさん、横浜に住んでいたのに、何故か、東京のおじさんと呼ばれていた、の幻覚を見るようになり、英会話スクールの講師になることを諦めた。
同じスクールに通っていた年上の女性アニーからは、
「猫を見とれなかったのは、リリーだけじゃない。私の友達も、仕事で猫を見とれなかった」
と言われたけど、自分と同じような体験をした人の話を間接的に聞かされても、私の心の傷は癒えなかった。
「まだ猫?そろそろ、新しいの飼ったら?実は、うちの前の公園に捨てられててさ、 旦那さんは「飼ったら?」と言ってくれたんだけど。家具傷つけられる嫌なんだよね……。どう、この子?」
と、犬派のピアノの先生に、スマホで、サビの子猫の写真を見せられたこともあったけど、私の心は動かなかった。
そう、少しずつ動き出してはいるものの、私の心は、ノワが死んでしまった日で止まってしまっている。
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