10.アラサー女は語り出す
彼の真剣な表情を見て実菜も慎重に言葉を続ける。
「先生や親御さんにもいろんな思いがあるんやと思いますけど……。私は天文部での先輩の姿を一番近くで見てきたので、活動に対する熱意や、本当に好きなんやなって思いは伝わってましたよ? 宇宙のことを学べる大学を希望しているって聞いた時は、流石先輩やなぁって思いました。つまり、その……私は先輩を……お、応援してます」
大事なところで噛んでしまったが、この気持ちは本当だった。高校に入った時から夢に向かって頑張っていた佑太朗の努力が報われて欲しいと思う。もうすぐ30歳を迎える実菜はその努力がちゃんと実ることを知っているのだが、今この瞬間にいろんな
「それに……将来のことは私には分からないですけど、目標に向かって精一杯頑張った経験があれば結果的にどんな進路を選んだとしても絶対に糧になると思うんです」
実菜は自分自身にも言い聞かせるように呟いた。最終的に空回りしてしまったが、お客様のためにと全身全霊で仕事に向き合った経験は苦手だった人付き合いを克服するきっかけになったし、努力して目標を達成したことがあるという事実が自信に繋がったこともたくさんあった。
嫌なことばかりに目を向けていたけど、前職でいろんな経験をさせてもらって成長出来たこともたくさんあったんやな……。
「周りの意見を聞くことも大切ですけど、やっぱり自分の人生なんで、自分で決めたいって思うんです。私は最近ちょっと上手くいかないことが続いてて、それを周りの所為にしてたんですけど……そういう考え方をしてると、何というか……毎日がつまんないんです。自分事として考えられなくなった途端に、全てがただの作業になっちゃって……」
そう、作業だったのだ。目標も立てずにただ毎日を消化していく日々。時間は有限なのになんて勿体ないことしていたのだろうと茫然とする。
もちろん、当時は本当に戻って来ざるを得なかった。ただあれから随分と時間が経ち、環境も変化している。新しい仕事も見つかったし、職場の人間関係も良好だ。それなのに過去に捉われて前へ進もうとしていなかったのは実菜自身だった。
「だからその……自分でやりたいと思うことがあるなら是非やって欲しいんです。先輩まだ高校3年生ですよ? 何にだってなれるし、もし仮に……失敗しちゃったとしてもまだ何度でもやり直せると思うんです」
一方的に話しすぎて何を言いたいのか分からなくなってきた。不安になって顔を上げると、視線の先では佑太朗が大きく目を見開いて驚いたような表情で実菜を見つめていた。
「あ……、生意気なことばっか言ってすみません……」
慌てて謝罪すると、彼は「いや……」と小さな声で呟いた。そのまま考え込む様子を見て、あぁ、この表情が堪らなく好きだことを思い出す。クイッと眼鏡を上げた後に顎に手を当てる仕草や、思考を巡らす際の真剣な眼差しに実菜は一目惚れしたのだ。
せっかくの機会だもんね……。
この際、全て伝えてしまおうと決意する。
「だから、先輩の頑張りたいことを応援したいんです。先輩が頑張ってるから私も頑張ろうっていつも勇気を貰ってました。そんな先輩のことを尊敬してますし、その……先輩のことが、す、好き……なんです……」
羞恥心に耐え切れず、俯きながらだんだんと声が小さくなっていった。先輩が息をのむ音が聞こえたが顔が上げられない。火照った身体はおそらく爪先まで真っ赤になっているだろう。アラサーにもなってこんな初心な告白をすることになるとは思わなかった。いや、今見た目だけは女子高生なのだけれど……。
実菜にとっては永遠とも感じられる沈黙が流れた。新町川から流れてくる風が頬を撫で、屋台裏の提灯の灯りがぼんやりと二人を照らしている。
「えぇっと……。永松、顔あげて?」
佑太朗の困惑した声に高鳴っていた心臓の音が萎んでいく。
やっぱり受験期に迷惑だよなぁ……。
長らく封印していた自分の片想いを昇華させるためだけに想いを伝え、困らせてしまった。自分本位過ぎたなと苦笑してゆっくり顔を上げると……そこには右手で口を押さえながらそっぽを向き、顔を真っ赤に染めた佑太朗の姿があった。
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