6.アラサー女は憤る

 実菜が嫌がらないのを良いことに、馴れ馴れしく肩に触れながら「いやぁ、綺麗になったな~」とセクハラまがいの行動をとるこのチャラ男は大学で同じ天文サークルに所属していた同級生だった。


 チャラ男こと、太田翔也おおた しょうやとは一瞬だけ付き合っていたことがあるいわゆる元彼だ。


 天文サークルといっても、天体観測の名の下に夜な夜な集まっては酒を呑む飲みサーだったので実菜自身は積極的に活動に参加していなかった。なのに何故か翔也に気に入られ、知らない内に外堀を埋められていたのだ。


 ちゃんと断らなかった実菜も悪いのだが、自分の話を碌に聞きもせずに「付き合ったらいいやん」と無責任に勧めてくる周囲に戸惑い、流されてしまった。


 正直付き合う前提で話を進められて断れる雰囲気ではなかったし、「嫌いじゃないなら付き合ってみなよ」「付き合ってから好きになることあるよ」と周りに押されてお膳立てされた告白をOKした。


 少しずつ好きになっていけるといいなと思っていた実菜だったが、どんどん加速していく恋人としてのスキンシップに自分の「好き」という気持ちが一向に追いつかない。


 流されるままにやることはやってしまった実菜だったが、彼を好きになれそうにない現状に耐え切れなくなり、別れを切り出したのだった。結局付き合っていた期間は2ヵ月に満たないと思う。


 最初は翔也に対して、勇気を出して告白してくれたのに申し訳ないことをしたという罪悪感があった。しかし、すぐに同じサークル内の別の女子と付き合いだしたという話を聞いてそんな気持ちは一気に冷めた。


 実菜は彼の男を上げるためのステータスとして消化されただけだったのだ。経験人数を武勇伝として面白しく語る翔也や、それを煽る周りの部員達に強い嫌悪感を抱き、それ以降サークルに顔を出すことは無かった。



 最悪! 黒歴史として封印していたのに!



 思い出したくも無かった記憶を呼び起され、実菜は心の中で悪態を吐く。


 あれ以来、若干トラウマとなり恋に臆病になっている自覚がある。社会人になって彼氏が出来た時期もあったが、翔也のように欲求を満たす為に消費されているのではないかという恐怖心が抜けきれず、誰とも長くは続かなかった。また、あの時のように面白半分で交際を勧められことが嫌で、誰かに恋愛相談をすることも出来ない。



 私が若干恋愛不審気味なのはお前にも一因があるからな!



 ここ数年は余裕の無さも相まって恋愛とは無縁の生活を送っていた実菜だが、もともと結婚への憧れは強いのだ。


 現状に不満があるわけではないが、都会での職を捨て、収入を下げて地元に戻って働いているという不安定な状態をこの先もずっと続けていくことは難しいと思っている。


 当時の自分の浅はかさが原因であることは否定しないが、この男との黒歴史がなければ違った人生があったかもしれないと思うと怒りが込み上げてきた。



「なにがあったの? 気になるな~~」



 里穂の問いかけに調子に乗った翔也が「実は~~」と説明を始めたことにゾッとする。交際期間は一瞬で「付き合っていた」程度の情報しかないので隠す必要もないのだが……。


 いたたまれなくなった実菜は「飲み物を買ってきます」と里穂に伝え、翔也の手を払い除けてその場を離れる。背後から「照れちゃって~~」とニヤついた声が聞こえたが、聞こえない振りをして歩みを進めた。



 ほんとムカつく!!!!



 ひと際濃くなっていく人混みを掻き分けながら実菜は憤る。相変わらず自分本位でデリカシーのない奴だ。先程まで浮かれていたことが嘘のように気分が萎えてしまった。気づくと空は大分暗くなっていて、沿道に並ぶ提灯の光が煌々と会場を照らしている。


 男性が皆、翔也のような性格でないことは分かっているが、恋愛経験の少ない実菜にとっては実体験を伴う苦い記憶なのだ。


 雰囲気に流されたとはいえ、自分初めてを捧げた相手がその時のことを面白おかしくサークルの部員達に嬉々として語っている姿を目にした時の不快感や悲しみ、羞恥心が思い返され、自身の不甲斐なさに思わず唇を噛み締める。



 ほんと、恋愛向いてないんだろうなぁ……。



 心の中で散々翔也に当たり散らした後、実菜は大きく溜息を吐いた。本当は黒歴史での反省を活かしてまともな恋愛をすることが出来たであろうことも分かっているのだ。でもやっぱり自分は過去に囚われすぎて、周りの皆が出来ている恋愛ことが上手くこなせない。



 このままじゃ本当に死ぬまで一人かもしれんなぁ……。



 たくさんの人でごった返している阿波踊り会場に居るというのに、自分一人が取り残されたような気分になる。仲良く手を繋いで歩く初々しい高校生カップルを横目に見ながら、実菜は押し寄せてくる孤独と焦燥感に思わず身震いした。

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