弐:淫靡

「ね、中に出していいよ」


「いいよ……じゃねえよな?」


 熱っぽい吐息が耳にかかる。静の体は特別製だ。女を孕ませるには一手間必要なのでもしなくて良い。だが、まあ普段はなるべくそういう行為へのマナーと病気なんかを防ぐ名目で薄皮一枚隔てて避妊をしているんだが……。


「お願い、ちょうだい」


「いいよぉ」


 妖怪の香りと色欲の甘い香りが混ざり合ってオレの頭の中をかき混ぜる。そのままいいと誘われ、言われるがまま欲望を解放した。

 ヒトに何かを請われると気分が良い。ずっとずっとこの世に発生うまれてから命令をされることしかなかったから。


「もっと、できるよね? しよ?」


「ああ、仰せのままに……」


 何度も何度もモモの欲望に応えて、腹を満たす。静の体が感じる空腹と、オレの感じる空腹は別物だが、あやかしを喰わなくてもヒトとまぐわっていれば腹が膨れると知ったのはこの体になってからだった。

 まあ、怪物ケモノとまぐわう物好きなんて滅多にいなかったし、そいつがオレに宛がわれることはなかったんだから、今さらそれを憂いても仕方が無い。


「それでね! もー、相手の奥さんが超怒っちゃって……」


 一通り行為に耽ったあと、オレに腕枕をされながら、胸元までシーツを被ったモモは頬を膨らませて飲み屋でしていた話の続きを再会した。


「それで、認知しなくていいからって言ったのにさーお腹の子」


「ああ、だから中に……」


 相槌を打ち忘れて、思わずそう口にすると、モモは悪戯っぽく微笑んだ。自分の体を粗末にする女特有の損得勘定。嫌いじゃあないが……。

 手の甲で頬を撫でてやるとモモは心地良さそうに目を細めて、息を吸ってからもういちど一度頬を膨らませる。


「堕ろせって言われて、嫌だーって言ったの。そうしたらもう更に怒っちゃって呪ってやるーって」


 ああ、そうか。これは呪いの気配か……と一人納得する。彼女の頬に手を当てて額に口付けをすると、きょとんとした様子でモモがオレの顔を見つめてきた。


「オレさぁ、そういうの得意だよ。本職っつーか」


「えー? れいかんしょーほーってやつ?」


 首を傾げたモモは、半信半疑という感じでオレに抱き付いて上目遣いでオレを見る。

 胸に入れた狼のトライバルに頬をすり寄せた彼女は、キュッと結んだ唇の両端を持ち上げて蠱惑的な笑みを浮かべた。


「ちがうってぇ。まあ、近いようなもんだけど」


「ううん、マダラって耳にもピアスばちばちだし、背中にも、トライバル入ってるし、胸にも腕にもいかつい墨入れてるじゃん? 絶対その筋の人だと思ってたから、逆に安心、かなあ?」


 楕円形に整えられた鮮やかな色をした爪がオレの右腕に彫られている彼岸花の花びらをそっと撫でる。

 くすぐったいような、むずむずするような気持ちを少し抑えながら、モモのふわふわした髪を指に巻き付けていたのを離した。そして、厚くて小さい桜の花びらみたいな唇を撫でる。

 ちろりと舌を出し、オレの指を舐めるモモの熱っぽい視線にゾクゾクしていると頭の中で静が「今は仕事をしろ」と邪魔をする。

 もう一度硬さを取り戻しそうだったオレの牙を治めることにして、オレはモモの頬に手を当てた。

 なるべく道化っぽく、それがこの詐欺みたいな稼業を信じさせるコツだ。


「まじない、呪い、悪霊祓いなんでもござれ。便利屋マダラでございやす。まあ、ダメ元でオレに話して見るってのはどぉ?」


 首を傾げて、薄茶色をしたモモの目を覗き込む。彼女の顔に嫌悪は感じられない。

 少しだけ間を空けてから、彼女はケラケラと笑い出した。そう。これでいい。


「ウケる~! でも、あたしそんな超お金持ちじゃないよ? そりゃ、そういう仕事してますケド」


 笑い半分、警戒半分という感じでモモが金のことを切り出してきた。嫌悪感を露わにして急に怒り始めなければあとはどうにでもなる。

 成井家以外から報酬をどうしようが、オレの胸も魂も痛まない。金は勝手に知り合って魅了したやつらが振り込んでくれるし、ちょっと抱けばお小遣いをくれるご婦人方もそれなりにいる。

 だから、こいつからは、今はなにも取れなくていい。

 モモの肩に両腕を回して、彼女を抱き寄せる。待ち構えていた様に半開きになった唇に自分の唇を重ねて、腔内に染み出している甘い欲望を貪った。


「綺麗なご婦人にはサービスするぜ? そうだなー、あんたとまた会ってできたらそれでオレァ満足さ」


「もう! いくらでもしてあげるよ」


「そうかい。そりゃあよかった」


 うっとりとした顔でモモは頷いて、それからもう一度深く深く口づける。硬さを取り戻したオレの牙に、静はもう文句を言ってこなかった。


「モモ、あんたの呪い、オレがなんとかしてやるよ」


 契約の証にそっと彼女の首筋に赤い痕を残す。まあ、こんなものはいらないのだが。

 一際高い嬌声を上げてモモがよがるから全く無駄ではないらしい。オレたちは空が白むまで交わり合い、空が明るくなる頃にお互い連絡先を交換してから帰路に就いた。

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