便利屋マダラ
小紫-こむらさきー
産怪編
壱:睦び
「ぅわーん! あたし、本気だったのにー」
行きつけの店に行くなり、頭の緩そうな甘ったるいしゃべり方をする女の声が響いていた。
人の不幸は飯の種になる。だから嫌いじゃあない。
カウンターの向こうにいる爽やかだが、どこか胡散臭い兄さんに会釈をしてスッと声の主の隣に腰を下ろした。
目を細めて、獲物を見定める。たぬきみたいにクリクリした目にエアリーな感じのふわふわなボブヘアーは明るいキャラメル色をしている。こりゃ妹ちゃんとは真逆のタイプだななんて思っていると、頭の中で
あいあいと声に出さずに返事をしてから、オレは頬杖を付きながら隣の女に笑いかけた。
「なぁにこの愉快なおねえさん、失恋でもした? 話聞こっか?」
「ふええ? わー! なにこのイケメン!
こういう場所でクダを巻いている女は、飯を差し出された餓鬼よりもチョロい。
この静の顔で微笑みかければ大体一撃で懐いてくれる。
切れ長の眼、長い睫毛、陶器のように白い肌……こいつの父親は厳ついが、舞踊を嗜んでいた母親譲りの華奢な骨格も相まって男だってのに妖しい色香を放つのがオレの相棒……
「マダラさん、いいんですか? この子めんどくさいっすよ」
女に抱きつかれながら、カウンターの向こうにいるバーテンダー、
「いいっていいってぇ。こ~んな美人が泣いてたら話を聞いてあげたくなるのが男の性ってやつだろぉ?」
「超いい人じゃ~ん。ねえ、この人の飲み物、あたしの会計に付けといて」
肩に頭を預けてくる。ふわりと香るシャンプーと香水の香りに混じってどこか血生臭い匂いが混ざっている。これは当たりだ……と内心ほくそ笑みながら、オレは女の手をそっと握ってもう一度彼女の目をじぃっと見つめて、それから微笑む。
「悪いねぇ。じゃあ、お姉さんと同じ物を貰おうかな。名前、なんて呼べばいい?」
「モモだよ! お兄さんは?」
「マダラ」
うっとりとした表情でモモはオレにしなだれかかってくる。
仁史が作ってくれたジンフィズを受け取りながら、名を名乗ると、すっかりと涙が乾いたモモはクリクリした目を見開いてオレの顔をじっと見て首を傾げた。
「お兄さん、名前までかっこいいんだねぇ。本名?」
「さあね。さてさて、それでどうして泣いてたんだい? もう元気になったようだが、美人の愚痴なら大歓迎だ」
思い出したかのように頬を膨らませたモモは、半分ほど残っていたグラスの中身をグイッと飲み干してから、もう一度オレの肩に寄りかかる。
肩を抱いてやれば、小さく艶っぽい声を出すのだから本当に楽な物だな……としみじみ思う。
「それがさぁ……マジで最悪なの! 不倫してたんだけどね、その奥さんにバレちゃってさー奥さんはいいところのマダムって感じなのに超怖くてキチガイでさー」
ここから先はマシンガントークで不倫相手のことやらなにやらを話されたが正直あまり聞いていない。
店もざわついてきて、
愚痴っていたモモは眼をとろんと熱っぽくさせて、オレの舌を腔内に受け入れた。
性行為は良いものだ。オレみたいな生き物は、ヒトの精気を喰えば力を蓄えられるし、多少喰ってもすぐに回復してくれる。
ホットパンツの隙間からそっと指を這わせ、唇で首筋を軽く食む。酒と興奮で上がった体温から甘い香りが強くなってモモの口から小さな嬌声が漏れ始める。
「じゃあ、ごちそうさまー」
少し多めに金を払って仁史に声をかける。苦笑いしながら「ほどほどにしろよ」と言われたので返事代わりに、モモの肩を抱いていない方の手を挙げて応えた。
静の声はしない。まあ、普段からあまり口出しをしてこないのでありがたい。オレの内側でなにをしているのかも、何が出来るのかもわからないが、体を借りるときも「ある程度自由にしていて構わない」と言ったからオレも乗り気になったわけだしな。
ああ、
オレはモモの肩を抱いて、甘い欲望の香りを肺いっぱいに吸い込んで悦には入る。酒はあまりオレには効かないが、ヒトの出す欲望の香りは脳を揺らす。
そこまで安くない宿へしけこんだオレたちはヒトの雌雄が行う営みを楽しむことにした。
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