3-7燃える三叉矛の人魚
熱い海水にまみれて目を開ける。俺の体を黒い幕のようなものが覆っていた。
女悪魔が俺を背中から抱きしめるように守っている。
『レアク。ちょっとだけど、お前の闘気を増幅させたぜ。アタイとお前の力がなじんできたんだ』
「ああ、でも……ひでえ消耗だな」
体が重苦しい。あの黒いリングを維持し続けているようだ。普通に闘気を扱う何倍も負担がある。
『あぁ、人魚たちが……』
女悪魔が悲痛なため息をもらす。
見回すと、エマイルの屋敷はひどく崩れていた。熱線を食らった人魚が海からふっとび、珊瑚に貫かれている。悪趣味な表現だが、干物になってこと切れていた。
熱線は海を沸騰させたのだろう。エマイルの分身体なしで攻撃を受けた人魚達、特に非戦闘員がひどい火傷を負い、浮き上がっている。
「エマイル……」
サリを六人目の妻にするはずだった転生者は、物言わぬ亡骸となって眠っていた。もうあいつの矛槍に海が応えることはない。
大敗だ。マーマトルは陥落する。
知る者が誰も居ないような、とほうもなく巨大な海竜。危険な上級ダンジョンにしか居ないような強力な魔物を、無制限に召喚し続ける転生者。
さらに、即死チートを使う転生者。こんな奴ら相手に、まともに戦えという方が不可能だ。
呪印がうっすらと痛む。近寄る気配に、蹴りを繰り出す。
「気づいたの……これが呪印か」
あの少女だ。左手一本で蹴りを受け止めている。
「てめえ、パワーゲーマーか!」
踏み込んでストレートパンチ。少女は漂うように飛び退く。
「あなた趣味じゃない。死んで」
俺に掌を向ける少女。闘気や魔力を感じない。即死のチート能力が来る。
「
体内をえぐりまわされるような不快感。魂を取り出して潰し殺す気か。
だが――エマイルのときのようにはいかない。
「効かない――引っ掛かってる」
いらだたしげに、手を握り込む少女。光はなかった。
やっぱりそうだ。俺の呪印は、転生者のチート能力の元である書き割りを壊せる。つまり、呪印の張り付いた俺は、即死チートで殺せない。
少女は額を歪ませた。両手をかかげる。魔力が巻き起こる。足元の珊瑚が割れた。腐臭を放つヘドロのようなものが吹き出し、巨大な柱を形成する。
腐敗した猛毒の魔法だ。海底の岩盤を貫き、海を汚す最悪の柱。例によって転生者らしく膨大な魔力が凝縮している。
「腐って流れろ。
釘のように俺目掛けて降ってくる。骨も残らず、溶かし潰される。
『レアク!』
「分かってる!」
頭上で腕を交差する。呪印の範囲を拡張し、両腕と肩に広げて黒で覆った。消耗は激しくなるが。
「ぐっ、おおおおおお……!」
猛毒の大釘は俺の腕を超えられない。俺の立つ場所だけを残して、美しいマーマトルの珊瑚や貝を腐食するだけだ。
「そうするだろうと思ってた……」
少女がかすかに笑みを浮かべる。右手には
「わたし、的当て得意」
闘気がこもっていく。これも転生者特有の強力なもの。対する俺は無防備だ。
「心臓に、大当たり!」
凝縮した闘気の釘が俺を狙う。このままじゃ死ぬ。だが俺は十分粘ったはず。ここまで引きつけたら、そろそろ――。
甲高い音と共に、凶器は弾き落された。
「……サラマットのやつより、軽いね」
リオーネだった。俺の後ろから出てきてくれた。かつてやったように、海雪の居合抜きで、闘気のこもった少女の釘を打ち落とした。
「お前、弱いくせに……!」
少女が次の釘を取り出す。闘気を込めている。リオーネは、鞘に海雪を収め、再び居合抜きの構えだ。もう一発さばくか、転生者の攻撃を。
理想的な展開だった。俺への魔法。釘に込める闘気。少女は攻撃に全ての意識を向けた。
ここが、チャンスだ。
「楽には死なせない……」
少女の足元が凍り付く。ナイラの氷の魔法が決まった。
「なに、このぐらい」
闘気の釘で氷を砕く。簡単なことだ。だが俺達にはまだ弾が残っている。
トリックスが海から飛び出した。背中から翼を生やし、少女を包み込む。
『
目のくらむほどの雷の魔力が走る。体内に渦巻く強大な魔力を集め、増幅して翼から放ったのだ。少女はこれも防御なしで食らった。
「あああああぁぁぁぁぁっ!」
悲鳴がとどろく。感電の激痛は、あるいは熱線で死んだ人魚達の苦しみを凝縮したものなのか。
朽ち果てた牙が解除された。ぶちのめしてやる。俺は闘気を込めて駆け出す。
放電の熱気の中、黒焦げになった少女の眼が憎悪に光った。
「う、ざ……死ね、死ねよ!」
右、左手に光。即死チートだ。ナイラとリオーネにかけやがった。両手で同時に。
手を合わせるぞ。あれが潰れたら二人とも死ぬ。
「ぶっつぶして」
「やらすかよ!」
俺の拳が早かった。少女の右頬を呪印が捉える。吹き飛ばし、頭から地面にたたきつけた。
書き割りを砕いた。少女の手の中の光が消える。ナイラとリオーネが意識を取り戻す。解除が間に合った。
だが少女は再び目を開く。跳ね起きると両手を俺にかかげる。魔力が集中した。
「腐り落ちろ、お前だけは!」
朽ち果てた牙、細くして出現を早めた。防御、一瞬遅れた。心臓に正確に来る。あなどりすぎたか。即死チートでなくても、俺なら十分殺せる。
じゅおおおお、と鉄を炉に入れたような音が響く。
サリだった。三叉矛に強い炎の魔力をまとわせて、俺の目の前で毒魔法を防いだ。
防げるほどの威力なのか。弱らせたとはいえ転生者の魔力だ。あの三叉矛、サリの魔力をさらに増幅しているらしい。あれは、エマイルが使っていた武器だ。
少女が驚愕する。サリを見つめた。
「お前は……」
「名乗れ」
「なにを」
サリがかっと目を見開く。青い瞳が炎をまとって少女をにらみすえる。
「名乗れ! 私は、誇り高き潮騒の王、エマイル・ネヴィルナーが第六夫人、サリーナ・ネヴィルナー! 亡きわが夫の仇を討つに、名もなき女を殺しては、夫の名折れだ!」
覇気、とでもいうのか。サリから伝わる衝撃、受け継がれた高貴なものが、怒りをもって迫ってくる。これが、パワーゲーマー以前に世界を動かしていた一族の末裔なのだ。
少女は一瞬たじろいたように見えた。サリより圧倒的に強いはずの、転生者がだ。
「……ナイジャ・サルドーナ。あなたを、殺すもの!」
毒魔法が解除。ナイジャの手に光が移る。まだ
だがサリも動いている。三叉矛を振るい、ナイジャ目掛けて炎と共に突き出す。
ナイジャの手から光が消えた。胸に三叉矛が突き立っている。心臓の急所を確実に貫いている。憎悪の炎が燃え移り、全身が燃え上がる。
サリの魂は壊せなかった。潰す前に、エマイルの未亡人の怒りが突き刺さったのだ。
「あー、あ……また、セーブ、ポイ、ントから、か……」
苦笑を残して、ナイジャの全身は炎の中に消えていった。
サリは矛の火の粉を払った。意識を完全に取り戻している。
即死チート、
飛ばされた首で、相手の喉笛に食らいつくような一撃。並外れた覚悟がなければできない所業。それほどに、エマイルを想っていたのか。
カラン、と三叉矛が汚れた貝の上に落ちる。
泣き崩れるサリの肩を、ナイラとリオーネがそっと支えた。
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