3-4真珠貝の中の花嫁
エマイルの分身はわなわなと拳を震わせる。手の甲に唇を当てた。何をしている。笛にでもして吹くのかと思ったが。
ざぶん。エマイルの分身たちを取り巻くように、人魚が現れた。ものものしい貝殻の鎧を付け、剣や槍を持っている。
「海を震わせたのです。チート能力でしょうか」
「トリックス」
来てたんだな。リオーネも部屋に入って来た。
「レアク、あの人たちは」
「ああ。強いな」
リオーネの言う通りだ。鋭い闘気を感じる。筋力を強化した人魚は、どれほどの速さで海を行くのか想像が付かん。
「探せ。近海のどこかに居るはずだ。遠くには行っていまい」
分身体の号令で、海中に矢のように人魚たちが散る。
これで捜索は任せられる。
「見つからないだろうな。多分」
屋上から響く声。エマイルだ。本体とでもいうのか、海の一部ではない。
「転生者でしょう、あなたは」
ナイラの鋭い声。問い詰められたエマイルは、ふわりと海上に降り立つ。海の上に立っている。
「それでも難しい。疑問だらけだ。数秒考えてごらんよ、いろいろと出てくるだろう」
恋する相手を奪われ、冷静さを失ったと思っていたのだが。
言う通り考えてみる。
まず、敵はパワーゲーマーなのか。それとも転生者、あるいは強い魔物か、このを狙う勢力かも知れない。どれかも分からない。
しかもそいつらのどれかは、なぜサリを狙ったのか。サリだってなぜ、むざむざさらわれた。火の魔法なら抵抗することはできたはずだし、そうすれば俺達も気付いたはずだ。
何も分からない。そもそも、本当にさらわれたのか。
まさか、もうすでに――。
俺は青ざめていたのだろうか。顔を上げると、ナイラの目とぶつかった。
「そんなはず……そんなはずがないわ!」
「待て! 妹よ」
トリックスの制止を振り切り、ナイラは海に飛び降りた。
沈まない。足元を凍らせている。それも次々にだ。氷の魔力で、刃物の付いたブーツのようなものを足元に作り、凍らせた海を滑りながら、突き進んでいく。
「猪突は、いけない。私も感情をさっきで発散し終えた」
エマイルが海を操作した、らしい。魔力や闘気の気配もなく、島を呑むほどの水塊がナイラの眼前に現れる。
「邪魔を……しないで!」
杖を振りかざす。魔導心臓も強く光った。転生者にさえも届きそうな魔力が、盛り上がる海を凍らせて留めた。
「威勢がいいがね」
再び手をかかげたエマイル。ナイラの周囲の氷が割れた。六人の分身体。六本の三叉矛を突き出す。闘気が凝縮されている。
ぎゃりい、と金属音。
トリックスが翼と両腕で。リオーネも刀の峰で。六本の槍をなんとか、そらしている。転生者の分身体の攻撃だが。二人が強いのか、手加減してくれていたのか。
「二人とも……」
トリックスの翼は欠け、体の金属にはひびが入っている。
「冷静にと言ったはずだぞ、我が妹よ」
苦痛の表情を浮かべながらも、ナイラをたしなめるトリックス。
リオーネは海雪の刃を自身に当ててしまった。刃の側を支えた右腕、虎の毛皮に血がにじんでいる。
「いつものあなたは、どうしたのよ」
俺はというと、エマイルの眼前に肉薄していた。呪印の拳を振りかざし、飛び降りたのだ。殴れば書き割りを壊せる。チート能力を消してナイラを救えると踏んだ。
「……ふむ、いいだろう」
最小の動きでかわしたエマイル。
俺は海水に飛び込んだ。そして両脇を男女の人魚につかまれた。喉元には人魚の持つ三叉矛がある。
「……狼藉者めが。主よ、いかがいたしましょう」
この人魚、サリの注文を断ってた商人ギルドのやつだな。氷のような目をしている。エマイルを狙った俺を、殺すことしか考えてないってところか。
こいつは、転生者じゃない。単純に強いだけのやつには、俺の呪印は手も足も出ないからな。
足元にも黒い大きな影がある。珊瑚の光がかげっている。なにかとても大きなものが、俺を狙っているのだろう。海中がこれほど危険な場所だったとは。
エマイルが命令する。
「ハサーテ、レアク君を離して……いや、君は水上に居られるかい?」
「俺の能力は、呪印以外、非正規冒険者並みの闘気だけだ」
「ではだめだな。鮫に食われる。私を慕う可愛い者達だが、主人の危機には敏感でね」
俺達の隣に三角のひれが浮かび上がる。俺なんか一口であの世の大きさの鮫だった。
しかし、どうなっているんだろうか。こんな内輪もめ、やっているといよいよ時間が過ぎてしまう。
サリの身だってどうなることか。
焦っていたはずのエマイルは、俺達を、もう一度しげしげとながめた。
自分を直接襲ってきた俺。敵意を剥きだし、今にも分身を攻撃しそうなナイラ。そのナイラを支えて、油断なく三叉矛を抑えているトリックスとリオーネ。
全員戦意は衰えていないのだが。
「……まあ、いいだろう。サリーナ、彼らはうまくやっていくのではないかね?」
海中に呼びかける。鮫の脇がごぼごぼと泡を立てて、ざばあっと海が分かれる。
大きな貝だ。シャコガイとか真珠貝のような二枚貝。それが浮かび上がってきた。
貝が開く。真珠ならぬ、輝くような美しいドレスで着飾った、サリだった。
ティアラに髪飾り、ブレスレットにネックレス。サリ以外が身に着けたなら、ごてごてとした成金にさえ見えるような過剰な装飾だが。
サリの豪奢な美貌のおかげが、見事に互いに引き立て合って調和している。
エマイルが貝へと歩み寄る。サリもまた、エマイルへと近づいた。
「ごめんなさい、みなさん。私は、エマイル様に皆を試していただいたのです。私が抜けても、闘い抜くことができるかどうか」
サリがエマイルの腕を取る。海の輝きが美しい男女の化身になったかのような二人だ。
いや、何て言った。そうだ、サリはさらわれたはずだったんだ。そのサリが俺達を試しただって。
ナイラ達の周囲の人魚が退く。俺の首元の三叉矛も引かれたが、人魚たちは泳げない俺を支えている。もちろん男の奴らだが。
「君たちは勇敢だった。それぞれにお互いの能力を理解し、戦意も申し分なかった。レアク君は、噂に違わず仲間を助けるために転生者である私をちゅうちょなく攻撃したし、ナイラ達はお互いを命がけて守り合った。きっとこの先も戦い抜くはずだ」
この先。つまり、パワーゲーマーに狙われ続ける旅路を。
サリがエマイルの腕を取る。俺達の誰も、何も言えなかった。
「エマイル様、私はあなたの結婚の申し出をお受けいたします」
サリの書き割りが変化していく。
『おい、レアク。お嬢様は』
「ああ……」
『人道の天使として、魔王大陸で弱い者達を助ける』というところから。
『自らを愛する転生者の妻となって、家を安定させる』という形に。
転生者であるエマイルの、強力な書き割りが影響したのだ。何よりも、サリ自身の意思が。
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