2-20支配者と計算外
各々のやり方でこの世界クラエアを支配する、七人の転生者ことパワーゲーマー。
あらゆるものを溶かす液体を放ち、溶かしたものの精巧な変身体を作るチート能力者。”水泡に帰す戦慄”こと、ライム・ラライム。
その能力にまだ謎の多い”天地を覆う耳目”こと、赤髪の青年、サラマット・イゴーレン。
あらゆる交渉で、相手に最高の利益があると思わせるチート能力を振るってマギファインテックを大企業へと押し上げてきた”黄金の道行”、ジャグ・リトラス
専門的な計算は必要だが、設計図を書き記すだけであらゆる魔導機を生産できるチート能力者、”魔回路を結ぶ姫”、ミアン・ヨゥク。
植物を操り、自身もまた植物となること以外能力が不明な”誘い癒す緑”、グリューネ・プランター。
また、魔力の極みに達し、あらゆるものを魔力的に識別、魔力として分解してしまうチート能力者、”断ち割る魔”、ウィマル・バンジョー。
そして、”最初に来た者”、タラム・バリル。
そうそうたるメンバーがそろう支配者の円卓は、最悪の雰囲気だった。いまだかつてこれほどに円卓の議論が紛糾したことはない。
議題は、レアクのことだ。呪印を持つ謎の異世界人は、魔王とその軍勢すら秘密裏に屠ってしまった七人と敵対して、まだ無事に逃げおおせている。
「……だから、僕が今度こそちゃんと溶かし殺すって言ってるだろ! もう、今まで通り僕とサラマットさんに任せればいい。連中は今、海の上だ。書き割りが壊れたって、僕の能力は全然問題ない。今度は絶対にやれるんだってば!」
ライムが机を叩いた。その頬には、大きなばんそうこうがある。レアクに殴られた傷だった。
ローブの青年、ウィマルがため息をついた。額に手を当て、首をひねる。
「そうは言ってもよ、嬢ちゃん。俺とあんたは書き割りがなくなったんだ。首尾よくあいつを殺せたとして、それで何が起こるかが分からない。分かるだろ、俺とあんただけは、もう下手に動けないんだよ」
フードの下のあどけない顔は、日焼けしている。指には布を巻いていた。グリューネが腕を組んでしげしげと眺める。
「だから、最近はお部屋から出て、エルフの男の子達と、トレーニングしたり、狩りに行ったりしてるのねえ……体が引き締まって男の子の汗のいい匂いがするもの。あのレアク君も、わりと好みなんだけど」
そう言って、唇を指先でなぞりながら、じろじろと見つめる。ウィマルは引きつった顔で身を引いた。
「ちょっと、グリューネさんふざけないでよ!」
ライムはますます感情をつのらせる。立ち上がって全員に訴える。
「分かってるでしょ、書き割りなんて関係ないさ。この世界で僕達に敵う奴なんかいないんだから。みんな敵になるっていうなら、みんな倒せばいいんだ! 魔封大戦のときみたいにさ!」
「……そのつもりならば、私たちでマギファインテックの立ち上げをやったり、ウィマルさんとグリューネさんをサラスの国に送り込んだりはしていませんよ。今は戦争の局面ではありません」
「でもジャグくん、悔しくないの!? 僕達は絶対に負けないはずなんだよ。異世界に来たんだから、世界が僕たちに優しくしてくれるはずなのに。あいつらだけは違うんだ。そんなのないよ、許せない……」
とうとう涙を浮かべるライム。メンバーはため息をついて首を振った。
ミァンが席を立つと、ライムの肩をそっと抱く。
「ミァン……」
「ライムさんの意見は間違っていると思います。でも、私だってこのまま終わりたくはありません。プリンス君は変な名前にされて取られたままだし、配備予定の魔導機だって、メタリアとのくだらない交渉が発生して、仕様変更させられました。魔導機ギルドも残ったままだし、私たちがメタリアでなすべきことが、大きく歪められてしまったんです。レアクと仲間は放っておけませんよ」
冷静な言葉だった。誰もがテーブルを見つめてうなずく。本当はここに居る全員が分かっていることだった。
呪印の存在は、書き割りが壊れることは、何よりも深刻だと。
サラマットが目を細める。
「かといって、下手に手を出して書き割りが壊されたら、何がどう狂うか分からないってことなんだよねえ。放っておくと、たぶん次は、私のいる魔王大陸に来ることになるよ、あいつら。私のゲームが終わっちゃったら、世界がつまんなくなるよ。いい案はあるのかなあ、タラム」
年長である、サラマットの一言に、全員の視線が中央に集中した。
重々しい顔つきで、議論を見守っていた、鎧にサーコートの男。
パワーゲーマーを率いる転生者にして、”最初に来た者”、タラム・バリルがゆっくりと立ち上がった。
「……とりあえず、少し体を動かしてから、決めてはどうだろう」
全員が顔を見合わせてうなずいた。
※※ ※※
冒険者ギルド登録のネクロマンサー、ナイジャ・サルドーナは負けたことがなかった。この世界に来て冒険者としてSSSランクとなったが、恐らくこの先もそうなのだろう。
理由の一つ目。ナイジャは転生者らしいからだ。前世での記憶はないが、クラエアの人をはるかに超えた闘気と魔力。そして、魂を見て握りつぶすことができるチート能力を持っている。
能力。それはもうあらゆる魔物、どのような人種でも一発で殺せる。ナイジャの目にだけ見える、ナイジャが魂と呼ぶ『何か』を手元に引き寄せ、ぱんと叩きつぶすだけでいい。
それで死ぬのだ。何レベルの魔物でも、同じ転生者でさえも。
これは、闘気や魔力では防げない。ナイジャが相手を認識し、魂が欲しいとただ思うだけでいい。
そして、二つ目。ナイジャは共に竜に乗り、自分の腰を支えてくれる大きな手を握った。
「……もうすぐだよ、ナイジャ。この世界が、ぼくたちのものになる」
ラシウス。SSSランクのサマナー。ライジャの持つもう一つの理由。恋人であり、同じく記憶のない転生者。転生者の前提である図抜けた魔力に加えて。こことは異なるどこかから、あらゆる魔物を召喚するチート能力を持つ。
レベル1から、????まで。一体から、一万体まで。
空と海を黒い異形の群れが覆っている。選んだのはレベル????を、一万体。
二人の乗る要塞竜、約十キロメートルの体長を誇り、海底まで届く脚で海を歩くことができ、全身を鎧のような甲殻に包まれた怪物。それも一万体の中の一匹だった。
「パワーゲーマーか。なんで、世界なんて守ろうとするんだろうね」
「さあ。むかしの記憶があるからじゃないかな。なんか平和でゆたかなところだったらしいって。ぼくたちにはなくてよかったよね」
「うん。ぜんぶ、ぜんぶ、こわして、わたし達だけの世界にしてしまえるね」
二人は顔を見合わせて、壊れたように微笑む。
つい先刻のことだった。魔王大陸で三番目に大きなギルド、ある転生者が作った、竜の爪痕亭の本部が壊滅した。
莫大な力を持ってこの世界に現れ、とりあえず冒険者としてSSSまで上り詰め、それでもすべてが退屈になったナイジャとラシウスの二人が滅ぼしたのだ。
世界を手にする第一歩として。
今は二歩目。つまり意味不明にも世界を守り、発展させるパワーゲーマーの存在を消しに来た。
青すぎる海と空の果て。ナイジャの目に島が見える。あそこが会合の場所だという。七人居るというが、どうせ同じ転生者。レベルの高い魔物を倒したというだけだろう。
「ポーションをたくさんつくれるひとより、面白いといいんだけど……」
通常の異世界人を、転生者と同じほどにバフできるポーションを作成する、チート能力。ギルド長の転生者は、ナイジャの能力で即死した。
「うん、ほかの人も面白くなかった」
強化された仲間は、ラシウスの魔物が物量で押しつぶした。
そんなものだ。転生者の中でも、二人はさらに選ばれたという確信がある。
「うっわー、なんとも出オチ感あるねえ。君たち」
ナイジャは目を見開いた。隣に赤髪の青年がいる。
ラシウスが魔力を溜める。それより早くナイジャは願った。
”死ね”。
手元に魂が現れた。ふわふわした光だ。潰す。
「あっ!? ら、らら、即死、チート……? 変身、たい、こんなに、精、巧……」
胸を抑えて、男が死んだ。どろどろに溶けて液体になる。溶けた。ということは、人じゃなかった。擬態する魔物か何かだったのか。
パワーゲーマーが、こちらに気づいて送り込んできたのか。魔力や闘気まで消せるタイプのやつを。なかなか巧妙だ。
「だいじょうぶ、ナイジャ」
「うん。ラシウス、気を付けてね」
そう言ったまさにそのとき。海中から巨木が立ち上る。要塞竜の眼前に、雲を突くほど立ち上った。
こちらを見下ろす樹幹に、ローブをはおった青年が座っている。
「このバケモノは、そっちの兄ちゃんが呼んだのか。こりゃクラエアの存在じゃねえな。要塞竜なんてエルフのジジイどもも知らねえぞ。意味分からん魔力の流れをしてる。しかもこの数で、完全制御下かよ。召喚チートつっても限度があるぞ。どこの作品から来たんだ」
”死ね”。ローブの青年から目の光が消えた。
ローブと青年の体がぼろぼろに崩れていく。木の粉のようになっていく。
だが枝から再び青年が現れた。
「んで即死チートと一緒か。下手に近づけねえじゃねえか。なるほど、ハスカが死んじまうわけだ」
”死ね”、”死ね”、”死ね”。
出て来た青年を次々と殺していく。
十数度目。白いドレス姿の緑の髪の女が現れた。
「無駄よー、可愛いお嬢ちゃん。それは擬態樹。植物なの。ひとつひとつが万能な細胞。どれも一人みたいなもの。あなたのチートは、草むらの草を一本ずつ引き抜いているようなものなの」
だったら、あの青年は居ないというのか。
いや、こいつを殺せばいい。
”死ね”。
ばん、女の体は粉々になった。
違う枝から同じ女が現れる。
「それでね、お姉さんも、その植物なのよー」
枝が伸びる。こちらに来る――。
「ナイジャに近づくなバケモノオオオッ!」
ラシウスが杖をかかげる。要塞竜が体表面から魔力を放った。それは塊の魔力弾。海を裂き、山をえぐり、雲を切り裂く。並の転生者が、全力でやっと防げるほどの威力だ。
女が樹ごと吹き飛ぶ。ナイジャを取り巻く枝も吹き飛ぶ。
島も―—手前で、魔力が消えた。頭上に反応。
雲が裂ける。赤い塊が降ってくる。塊。水平線の全てを埋め尽くす、赤熱した岩塊。隕石だ。
要塞竜を軽く超え。一万体の不可知の魔物を消し飛ばして余りある――。
※※ ※※
ラシウスは信じられなかった。巨大すぎる魔力に対して、ナイジャは防御が一瞬遅れた。襲った熱線で蒸発した。
ラシウスも間に合ったとはいいがたい。もう下半身がない。
薄れゆく意識で、チート能力を最大限に使う。ナイジャの居ない世界など壊れて構わない。すべてを、すべてを、滅ぼすほどの魔物を――ざしゅ。
ラシウスの意識は途切れた。
※※ ※※
海の底だった焼け跡に、七人はたたずんでいた。
タラムの剣先には、召喚チートを持つ男の首がぶら下がっている。命と引き換えのチートを、止めた。
ウィマルが額の汗をぬぐって、得意げに鼻をかく。
「ナイスだぜタラム。それに俺。いやあ、
「代わりに、地形の修復が大変だよー。地殻の操作ってめんどくさいんだからねー」
えぐれた海底が少しずつ修正されていく。ミァンの魔法だ。
サラマットがライムの頭をなでた。
「ライムちゃんも、おじさんの変身体ありがとうね。やばいとは思ったけど、即死チートと一万体召喚の恋人同士なんて馬鹿げてるよ」
大きな手になでられたライムは、まんざらでもない顔つきだ。まぶたをはらしてはいるが。
「それだけじゃない。ミァンが海底直すまで、僕が海も固めてるんだからね。あーあ、雲を作るよりしんどいのに。なんで僕あいつに勝てなかったんだろうなあ」
ジャグは所在なさげにシャツの襟とネクタイを直した。冷汗をかいている。
「私では、なす術もなかったでしょうね。こんな強力な転生者が現れ、しかも我々を討とうとするとは」
「でも、子供みたいだったよ。なんなのつまらないから世界滅ぼすって。中二病のきわみですよ。死んで当然です」
ぷんぷんと怒っているのは、ミァンだ。
タラムが剣を振るう。召喚チートの転生者の首が海底の泥に放り出された。
揺れる泥に首が飲み込まれていく。微生物か土が分解するのだろう。
首が失われると、タラムは言った。
「……書き割りの歪みは、思った以上に大きいな。やはり、案を変えよう。私が長として任ずる。サラマット」
「よっ、待ってましたあ! ……おじさんくさいか、この反応」
苦笑するサラマットに、タラムは微笑んだ。他の者達も緊張がほぐれたように笑みを見せる。
「魔王大陸で、レアク達を仕留めてほしい。書き割りのない二人は動かせないし、われわれも手を貸せないが」
「へーきへーき。一人の方がいいくらい。よーし、おじさん久々に本気で頑張っちゃおっかなー。いいかい、ウィマルくん?」
微笑んだまま、目を細める。ウィマルはバンテージを巻いた拳をじっと見つめて、ぽつりと言った。
「……まあ、しょうがねえよ。仲間の方が大事だし。悪いな、レアク」
最後の一言は、誰もが聞こえないふりをした。
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