2-19祝福された遁走

 それから二日、事態はすんなりと進行した。


 ジャグの連れて来たメタリアとマギファインテックの混成軍団は、おとなしく旧工房街の救護と復興活動に向かった。

 ライムの雷で破壊された、旧工房街の修理や立て直しについても、魔導機職人のギルドと話し合いの席が設けられ、復興計画が策定中だという。


 サリが陣頭に立つ俺達の側も、助けた者達への処置や食料の配給が終わり、いったん、ブレスドヒルへと引き上げることになった。


 メタリアの首都である、スミスポート屈指の高級住宅街、ブレスドヒル。そのさらに奥、メタリア王宮と見紛うような広大な敷地を持つ、ザルダハール家の屋敷へとだ。


※※ ※※


 金屑やすすがあちこちを舞っている旧工房街から数分。ゲンゴロウはブレスドヒルへと続く坂道を上り切った。


 サリとナイラ、それに俺とリオーネ、トリックスはゲンゴロウのテラスに立つ。


 鉄製の巨大な門と、どこまで続くのか分からない白亜の壁が出迎えた。わずかに魔力を感じる。門はひとりでに開き、ゲンゴロウを迎え入れた。これも魔導機なのか。


 大きな窓の巨大な屋敷。玄関前には噴水がある。芝生に整然とした庭園が続いている。折りよく晴れていて、芝生や植え込みの葉がみずみずしく光って美しかった。


 さぞ豪勢な歓迎がなされるかと思ったら、やはりというべきか。

 玄関前で俺たちを出迎えたのは、魔導銃で武装した使用人たちだった。


「これはどうしたことです、いったい何が」


「……黙って身柄を差し出しなさい、サリ」


 重々しい玄関の扉を開いて、金色の髪を丁寧に結い上げた妙齢の女が現れた。

 瓜二つというか、こう、サリが気位と美しさをそのままに成熟したようだ。姉か、いとこだろうか。


「お母様」


「メイル様」


 母親だったのか。サリとナイラが息を呑んでいる。

 トリックスとナイラが俺を見つめる。呪印は反応していない。つまりチート能力が介在していない。メイルは正気で、娘のサリに向かって銃を向けているということだ。


「メタリア騎士団より、あなたに召還命令が来ておりますわ。罪状は、魔導機の不正使用および不正改造、不正製造です」


 なんだそりゃ。聞いたこともない。そもそもマギファインテックが生産したものは、特に制限がかけられていない。サリのような技術と能力と財力があれば、パーツを買ってオリジナルのものすら製作できるのが魔導機だ。


 その場合の事故は完全なる自分の責任だがな。一切賠償されない。

 タマムシの事故は、サリが魔動機をいじり出す前だから、問題になったのだろう。


 ナイラが反論する。


「そんな! 私はきちんと魔導機ギルドに正規の手続きを行いましたわ。工房だって、お貸しいただくための手続きをちゃんとして、ギルドにお金を支払いました」


 人道の天使として、あちこちでいろいろやってたサリ。その後ろで支えていたナイラのことだ。抜け目はなかったのだろう。とすればだ。


「魔導機ギルドの規約は変更になったのですわ。復興計画の策定の一環で、どさくさにまぎれて規格外の魔導機が生産されたり駆動されたりしないように。変更前数週間の行為もまた、違反として罰されることになりました」


 メイルはそれこそ、苦虫を噛み潰したような顔だった。これがめちゃくちゃな理屈だと分かっているのだ。


「……うーん、いったいどういうことなの?」


 リオーネが首をかしげる。俺は説明した。


「たぶん、ジャグのやつの仕業だな。ライムが言ってただろ、職人組合をつぶすつもりだって。復興にかこつけて、組合をマギファインテックに取り込んで、都合のいいように法をいじったのさ」


「ジャグ様は、ミァン様と同じく、書き割りを保持しておられますからね」


 殴っておくべきだった。俺を直接追わない限り、転生者の書き割りは働く。まだまだ事態は、連中の都合のいいように動くのだ。


 殴っても殴っても、俺たちは脇役なのか。


「お母様、お父様はパワーゲーマーにお命を奪われたのですよ。マギファインテックの二人も、転生者でありパワーゲーマー。メタリアの国も騎士団も、もうその傀儡も同然です。そのような者たちに従うというのですか!?」


「そんな真実は、私たちザルダハール家の役には立たない。あなたの召還に協力しなければ、メタリアのザルダハール家の爵位は剥奪されてしまう。地所も財産も失われてしまうのよ」


 そう言ったときだった。リオーネが刀に手をかけ振り向く。


「レアク、このお屋敷囲まれてる。人、かな。よく分からない」


 塀の外だろう。俺には魔力を感じ取れない。


『あたいにも分からない。書き割りとは違うやつらだ』


 女悪魔の言うとおり、呪印は反応していない。トリックスが言った。


「私の兄弟も来ているようです。展開は迅速ですね。ほかに人も居るようですが」


 またかよ。ここのところ、ずっと後手後手だ。


 メイルは表情を変えない。最初のサリのように傲慢な夫人。夫から受け継ぐ莫大な財産と、安穏とした生活が惜しいか。

 いや、そういう風にはみえないな。よく見れば、メイルの目が潤んでいる。サリが瞳を伏せた。


「……ここだけでは、ないのですわね。ジュベルナの国、サラスの国、魔王大陸。ご先祖様方が築き上げてきた、世界中での地位と財産が、狙われておりますのね」


 ザルダハール家がなぜ有名かって、三大国すべてで大貴族の位階を持ち、一族で巨大な地所を有して、さまざまな商売をやって大もうけをしているからだ。確か、有名な冒険者ギルドもいくつか運営していたはず。


 だからサリは、メタリアのザルダハール家の令嬢ということになる。


 パワーゲーマー達がどういう表向きの地位をしているかは知らん。が、有名なのはマギファインテックのCEOをやってるジャグとミァンくらいだろう。


 実際の書き割りに比して、連中の表での影響力は小さい。何が目的かは知らんが、世界を動かしたいならもう少し力を持っていてもいいのかもしれない。


「パワーゲーマー達は、私たちを嫌っているのですよ。あなたが、自分の家を嫌って、人道の天使として、あちこちで貧しい者を助けていたようにね」


 典型的な陰謀論。ザルダハール家は、戦争や政争の裏で暗躍して儲けているという噂がある。だが、メイルの口ぶりと、サリのあそこまでの突っ走りっぷり。


 確かめるつもりもないが。噂は、きっと一部が真実なのだろう。


 転生者たちが数年でやっていることくらいは、ザルダハール家が何代もかけてやっていた。かつて世界を裏で操ってきたのは、サリたちの一族だったのだ。


「パワーゲーマー達はお父様の、サバルク・ザルダハールの暗殺から、本格的に私たちをつぶしにかかるつもりなのですね」


 サリが重々しくつぶやく。メイルは自嘲的に言った。


「……なぜまだ、私が殺されていないのか、不思議ですけれどね。とにかく、そういうことだから、あなたは大樹の種となりなさい。私達の利害は一族のみならず、私達に寄りかかるすべての者達に影響を及ぼす。夫と、あなたと、私の命程度で済めば安いものです」


 壮絶な諦めだ。魔導銃は俺達に向けられたまま身じろぎもしない。ここで、実の娘を討って見せれば、潔白の証明になるということだろう。


「今となっては、あなたに結婚相手や子供が居なかったことが幸運かもしれません。巻き込まずに済んだのだから。……気の毒なお仲間の方々は、まあ浮浪者同然だから、仕方ないとしても」


 言ってくれる。なかなか一筋縄ではいかない女だ。このサリの母親だからな。


 しかし、こいつはジャグをみくびっていたかな。直接チートを使わずとも、この世界で得た権力を使って追い込んでくる。


 サリの額から一筋汗が流れた。嫌疑はなんでも、騎士団に引っ張られたらもう終わりだ。取調べ中に謎の事故で行方不明になってしまう。


 メイルはそれを望んでいる。凄まじい覚悟、というか、この親子どうなってんだ。さすがに世界を裏で操ってきた連中だけある。


 俺はため息をついた。


「……仕方ねえな。おい、メイルさんよ」


「あなたは」


「非正規冒険者だ。奥さん。あんたも、サリも死ぬ必要はないぜ。だって、あんたは殺されてないからな」


「どういうこと?」


 ナイラも分からなかったか。説明してやろう。きっと俺の顔は得意げになっている。


「あんたの旦那を殺した転生者、ライムっていういかれた女だが、俺がそいつの書き割りを壊してやった。だからあんたは生きてる。本当だったら、そいつがザルダハール家の邪魔なやつをみんな殺して、抜け殻になったところを、ほかのやつらがばらしていく算段だったんだろうさ」


 今、連中の書き割りはねじれているのだ。ライムの殺人には書き割りの補助がない。あいつが何かをしても必ずうまくいくとは限らない。だから父親のサバルクまでしか殺せなかった。何が起こるか分からないことはやらないのが転生者だ。


 他方で、ジャグやミァンには書き割りが生きている。だからマギファインテックを通じてメタリアを動かし、こんな回りくどいやり方で追い詰めているのだろう。


「……書き割り、ですって。いったい何を言っているの?」


 ああ、そうか。パワーゲーマーと転生者と俺の関係者以外は知らないことだった。どうでもいいが、小首をかしげると妙な愛嬌があるなメイル。二十歳過ぎの娘がいるから、四十前後にはなっているだろうに。


 俺はサリを見つめた。この先、直接パワーゲーマーに狙われるなら、俺がもう一度呪印にものを言わせてやる。そういう思いを込めて。


『サリ様、私の全力なら、数分の間は魔導銃から船体を守れます』


 トリックスがささやいた。


「魔王大陸なら、まだまだいろいろめちゃくちゃだからね。メタリアの人も追ってこないかも」


 思い出したように言ったのは、リオーネだ。


「技師や使用人は少しずつ帰せるわ。このゲンゴロウは、私達だけでも何とか運営できるはずよ」


 ナイラが最後の一押しをする。

 迷っていたサリの目が再び輝いた。


「お母様……やはり、私はまだ死ねません! パワーゲーマーも、私達も、世界を支配などしてはならないと示すまでは!」


 炎の魔力をゲンゴロウの右目に突き刺す。それがスイッチだった。


 ゴウン、という強い振動。背中のテラスが大きく開く。

 風の魔力でできた緑色の羽が広がる。ぶわあん、と音がしてゲンゴロウの巨体が地面を離れた。


 無論、俺達は放り出される。だが、それぞれゲンゴロウの脚にしがみついた。


「撃って! 逃がさないで!」


 メイルは本気で号令した。魔導銃からはゲンゴロウの装甲を砕く弾が飛び出す。


『そう来ると思っていました!』


 トリックスが翼を展開する。まるでゲンゴロウの脚が伸びたようだ。弾丸は魔力にはじかれ、庭の芝生をぼこぼこにえぐる。


 塀の外の連中が、何事かわめきながら高級住宅街の路地を疾走する。だが俺達は、スミスポートのすべてを見下ろせるほどの空だ。魔導銃の弾丸は狙いがはずれ、トリックスの翼にはばまれる。


 やがて、トリックスが翼をたたむころ、俺達はスミスポートの沖合いに達していた。

 風は潮をはらんでいる。俺は脚をよじ登り、側面の扉まではいのぼった。いや、結構肝が冷えたな。


 扉ではサリが俺を待ち、手を伸ばしてくれた。その手をとってゲンゴロウの中に入る。


「お母様、皆様、ごめんなさい……」


 サリはスミスポートのほうを、いつまでも見つめていた。

 重たい女だな。だから、魅力的なのだけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る