2-18二つの策を払う奇女
ジャグの狙いが脅しにあったとしても。メタリアの騎士団が、マギファインテックの傀儡だったとしても。
今この場では、メタリアが旧工房街の被災者救済のために出してくれた奴らだ。
ナイラはそいつらを攻撃した。一人も負傷させてはいないようだが。
安心してくつろいでいた被災者たちが、顔色を変える。どうしたんだと不安げな表情で、親たちは子供を抱きしめ、老人は眉間にしわを寄せた。
「ナイラ……?」
困惑するサリ。ナイラはそのサリをにらみつけた。
「しっかりしなさい。私に向かって魔族への差別を許さないと言ったあなたはどこへ行ったの。口を開けば、取るに足らぬ卑しい者達がしっかり食べて眠って健康に過ごしているかを考え、選民思想にとらわれた見合い相手なんて、泣いて逃げ帰るまで論破していた、ザルダハール家始まって以来の奇女とまで言われたあなたは、忘れてしまったの」
サリの目に少しずつ光が戻っていく。ジャグの
書き割りが感じられる。『父親を失った心の揺れに付け込まれ、転生者の能力に捉われるか弱い女』ではない。『優れた教育による高い知性と自信に裏打ちされた、誰もが舌を巻く才女』へと。
「……失礼いたします、ジャグ様。この交渉の可否を判断するにあたって、二、三、お聞きしたいのですがよろしいでしょうか?」
ジャグが露骨に口元をゆがめた。計画が狂うのが嫌なタイプらしい。サリは見逃さなかった。すかさず議論を仕掛ける。
「メタリア騎士団と魔導機による復興作業とおっしゃいましたが、彼らが魔導銃で武装しているのはなぜなのでしょう。ニホンから来たジュウについては、まだ流通量も少ない故、住人の皆様は武器と認識しておられないようですが、いたずらに不安感をあおるのではないですか」
すかさずジャグも答える。にこやかな笑顔だ。
「現在メタリア騎士団は、我がマギファインテックの武装を取り入れ、新たに生まれ変わるための訓練を行っております。この救護作業は演習も兼ねているのです。魔導銃は制式武装であり、それを携行しての救護作業は、有事のための良い訓練になる。異例ともいえる旧工房街の救護への騎士団出動は、訓練という利益があってこそ妥結がなされました」
「では、救護だけが目的ではなかったのですね。本当は軍事訓練を兼ねていたということを私達に知らせずに、被災した方々を任せてほしいとおっしゃったのは、なぜかしら。まさかとは思いますが、私たちを追い払って、メタリア騎士団とマギファインテックが被災者を救護したという恩をお着せになろうと?」
笑顔と共に、言葉のストレートパンチだ。ジャグも笑みを崩さない。
「はははは、まさか。そんな見方は穿ちすぎていますよ。邪推が過ぎるというものです。説明が足りなかった落ち度はおわびしましょう。しかし、この旧工房街の被害は甚大です。それに、賢明なサリーナ様ならば、被災者が最も必要なことは何か、お判りでしょう」
サリがほんの少し、作り笑顔を曇らせる。ジャグはしめたとばかりに畳みかけた。
「このような魔導機を稼働させ、使用人の方々と手弁当で救護に当たられるサリーナ様の熱意には感服いたしますが、我らは三大国家の一つであるメタリアと、このクラエア始まって以来の本格的な企業である、マギファインテックです。二つの大きな組織の人手と予算がございます。些細なことは水に流して、民の救護に力を合わせようではありませんか」
どうだとばかりに、自信に満ちた笑顔のジャグ。確かに、民を救うということについて、サリの指摘は問題にならない。単なる難癖だと論証された。
だが、恐らくサリの狙いはそんなところにない。合点がいったとばかりに手を叩いた。
「素晴らしいですわ。では力を合わせましょう。救護の分担です。今この広場にいらっしゃる方々は、私達が責任をもってお助けしますので、人手と予算のある皆様は、工房街のほかの方々の救助をお急ぎになってください!」
ジャグが言葉に詰まる。はめられたことが分かったのだろう。
今や
こりゃあいい。パワーゲーマーはどいつもこいつも、強力なチート能力を持つと思ったが。今まで戦った奴と比べると、ジャグのはだいぶ使いにくいのだろう。
笑顔を崩しかけながら、早口で言い募る。
「いえしかし、あなた方だけにはお任せしては」
「そうですわ。だからこそ、私たちは私達に助けられる者を救い、あなた方はあなた方の組織を活かして助けられる者達を救うのです。旧工房街は広うございますでしょう。あなた方の人手と装備の利を存分に発揮なさって。そうと決まれば、魔導銃の危険は心配ないわね。ナイラ!」
「……お心のままに、お嬢様」
ナイラがエプロンドレスの裾をつまみ、慇懃無礼に頭を下げる。氷の拘束が完全に解除された。誰一人、一切の負傷もしていなかった。
さすがに目が笑わなくなったジャグ。腰の剣に手をかけそうになったところに、サリは言った。
「本当に申し訳ありません。使用人の早合点で、危うく大切なメタリアの騎士様方を傷つけ、貴重な魔導機を損傷するところでした。最初のジャグ様の剣の練習でも、誰にも傷はつかなかったことですし、この場はお互い、収めてしまいませんこと?」
サリは言っている。
ジャグは二つのことに失敗した。最初の奇襲では、呪印を持つ
相変わらず声の出せない俺はジャグを見つめた。口元で形を作ってやる。
『諦めろ、お前の負けだ』
呪印を使うまでもなかった。ジャグは黙り込み、俺とサリに憎悪の視線をくれてから、ゲンゴロウを後にしていった。
『おととい来やがれ、ってやつじゃねえか、おい』
女悪魔は上機嫌だ。声を出せるようになったか。
ジャグは早足で民衆やトリックス達の間を抜けていく。騎士団の指揮官らしいメタリアの奴と何事か会話をすると、出て来た通りに消えていく。
ジャグを追って、自律型戦闘魔導機たちも戻っていく。メタリアの騎士団も引き上げた。
サリは胸を押さえて、ため息をひとつ着いた。
「ナイラ、レアクもありがとう。これでまずは安心ですわ。あの人は表の世界で、マギファインテックのCEOという看板を背負っています。きっと、ライムのような無茶はしないでしょう」
そうあってほしいものだがな。ナイラが皮肉っぽく言った。
「見通しが甘いのじゃないかしら。ああいうプライドの肥大した男の類は、負けることを何より恐れ、自分に勝った相手を恨むものよ。とんでもない行動に出るかも知れない」
ジャグとミァンに無断で、工房街をめちゃくちゃにして、書き割りで押し切ろうとしたライムの様に、か。いや、あいつは女だけど。
しかしそれでも。
転生者としてクラエアに現れてから、強大な魔王が人類に挑んできた、魔封大戦を騙し抜き。
戦後の世界でも、あらゆる権力者を出し抜いて立ち回り、クラエア始まって以来の巨大な“企業”マギファインテックのCEOとして勝ち続けて来たジャグ・リトラス。
表の世界に煌びやかな名を持つパワーゲーマー。
偽りの黄金の道行は、本物の名家に生まれた奇女により、はばまれたのだ。
パワーゲーマー達の書き割りは、少しずつほころび始めているのかも知れない。
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