2-11曇りのち貪食
砂漠に逃げて、リオーネに助けられたこと。俺のルーツに戻ったこと。トリックスと協力関係になったこと。悪魔と呪印と転生者と書き割り。
最後に、俺が始めた俺自身の書き割りを説明した。
ナイラが俺をにらむ。
「私は信じられない。あなたがチンピラでなくなったなんて。お嬢様への侮辱は、芝居にしては出来すぎていた。あれがあなたの性根、くだらない男のはずだわ」
本気で殺す気だったナイラが、更生なんて信じるはずもないか。あと、まあ、確かにそういう欲がないと言ったら、嘘にもなるし。
サリ、ナイラ、リオーネ。この三人を並べて誰がいいと聞かれたら、俺はサリを選ぶからな。
そのサリが怒声を上げた。
「ナイラ! レアク様、荒唐無稽ですが、あなたが私達を再び助けてくださったのは事実です。あの転生者も夢ではなかった。私は信じますわ。でも、書き割りなんて。転生者の皆様はどうして世界を、こんな悲惨なままに置いておくのでしょう」
それは、サリがあちこちで見て来たような状況を、この世界の誰も気にしないからだろう。端的に言えば、連中のもつ書き割りのせいだ。
サリは、信じやすすぎるような気もする。まさに、美しい水を飲み、穏やかなものだけに囲まれて育った令嬢。いや、こういうところが俺の好みではあるんだがな。
「相変わらずですね……まあ、この男はともかく、死にかけていた私を助けたあなた達は信じるわ。トリックスだっけ、さっきはごめんなさい」
『いえ、よいのです。兄として、妹の戯れを許す度量は大事ですから』
トリックスはなぜか得意げな表情だ。魔導心臓に自分の魔力を分けたから妹ってか。
ナイラは首をひねったが、リオーネのことは冷たく見下ろす。
「半獣人、あなたのことも味方とは認めてあげましょう」
「やめなさいナイラ! 彼女にはリオーネという名があるのですよ」
サリが口をさしはさむ。ナイラは応戦した。
「お嬢様は歴史が不得意でいらっしゃいました? 三国協定では、獣人と獣人の血が混じる種族は“魔物”と分類されておりますわ」
「だからそれが間違いよ! いい。獣人もゴブリンも、サキュバスも吸血鬼もダークエルフも、私達と魔封大戦で争ったし歴史や文化は違うけれど、言葉も通じる同じ人よ。あの分類は、魔封大戦の結果を不当に反映した、三国の無知蒙昧な民の醜い願望と、それを利用した指導者たちのエゴの塊で」
絶え間なく言い返すサリだが、リオーネが肉球の方の手でそっと肩を叩く。
「……もういいって、サリさん。気持ちは嬉しいけど、ナイラの言ってるのが世界の常識だし、アタシは気にしてない。それよりレアク、呪印は大丈夫なの。あと、トリックスを直してもらおうよ」
リオーネはしっかりしている。俺の呪印はまだ反応していない。
トリックスか。確かにザルダハール家の工房に来たんだからな。どうやったか分からんが、ウィマルはサリの魔導機職人としての腕を知っていたのかも知れない。
「呪印はまだ反応してない。お嬢さん、トリックスは
俺は袋にまとめた残りのパーツを渡した。
「見てみましょう」
サリは作業台に回線や破損したパーツを並べる。引き出しから小さな眼鏡を取り出して身に着け、薄い手袋をしてひとつひとつ調べ始めた。
『いかがです……
心配そうに片目を光らせるトリックス。
サリはなにごとか、つぶやきながらパーツを並べていく。
「まぁ! ……なんて美しく、機能的な回路ですの。さすがミァン様、無駄が一切ないわ。サブ魔力炉と補助回路は安価な規格品ね。いざというとき切り捨てられるようにできている。それから体を構成するのも魔力による魔導金属の変形か。メイン魔力炉と頭部の人格マトリクスさえ無事なら、本当に炉と回路さえあれば簡単に直せるわね」
作業台のうえに、魔力炉と回路で作られた骨格のようなものができてきた。壊れた部品から、元の設計を推し量りつつ、組み立てているらしい。
「いいわ……こんなに分かりやすい設計なら、計測器を使わなくても」
サリは部品棚から導線や部品を取り出してきた。
手袋を外すと、金属棒のようなものを素手でつかむ。わずかに魔力をこめる。確かあれで、魔導機の導線と魔力炉との魔力をつなぐのだ。
『おぉ、なんという腕だ。素晴らしい。ミァン様に勝るとも劣らない』
トリックスのよいしょはともかく、俺もリオーネも、ナイラまで見とれている。とにかく早い。そして正確。魔力炉と回路をつないでいく。数分と経たず、首とメイン魔力炉を残して、トリックスの骨格が仕上がってしまった。
サリは眼鏡をはずすと、真っ白い額の汗をぬぐった。
「……あぁ、楽しかった。秀逸な設計の魔導機は美しいパズルのようですわね。あとはメイン魔力炉とつなげば、起動できますわよ』
『ありがとうございます! では、早速』
トリックスの首と魔力炉が胴体部分に降りてきた。なにかこう、合体とか変形とかいう言葉が思い浮かぶ図だ。そんなもんがあるのか知らんが。
「レアク、リオーネ、お二人とも闘気は使えますね。倉庫から魔導金属を引き出していただけるかしら。二百キロの塊があるわ」
それが、金属製のトリックスの肉になるのか。俺とリオーネはサリに教えられた倉庫へ向かった。
後ろではトリックスの接続が始まっている。
「この片目は、後で調整しましょう。恐らく回路の損傷でしょう。相当強い衝撃を受けたのね……コアパーツはとても頑丈に守られる設計なのに。転生者の方の闘気でも、至近距離で受けましたの?」
『……ええ、そのようなものです』
仲間のための嘘か。リオーネがぺろりと小さな舌を出した。
一件落着、いや。なんだ、この嫌な感覚は。
「レアク……?」
足を止めた俺をリオーネが覗き込む。
ぞわりとした感覚。呪印が俺の腕に広がっていく。女悪魔がでてきた。
『おいなにやってやがるんだ! とっとと逃げろ、やべえんだぞ本当に!』
一体どういう条件で現れるんだ。あのリングの時とは違うんだが。サリがぽかんと見上げている。
「……あらまあ! 悪魔さんなんて本当にいらっしゃったのですね。でも、はだかんぼうで寒くありません?」
「お嬢様、悪魔はサキュバスどものように淫らで怠惰なものです。きっと、レアクの汗じみた野蛮な男くさい体を狙い、あのような無駄な脂肪を蓄えているのですよ」
ナイラが心底嫌そうに言った。まあ確かに、この女悪魔はサリと同じくらいには俺好みの豊かさだが。
悪魔はぎざぎざの歯と鋭い目を剥いた。
『ああん!? 喧嘩売ってんのか、こんの貧乳メイドが! あんたの書き割りも、なかなか面白そうだが』
から、からから。屋根や壁に水滴が当たる音。
雨が降ってきた。そういえば、雲が出てきていたな。
雨だと。液体を用いる転生者、ライムの変身体を倒したところで、雨が降ってきただと。
そうだ、こいつ何て言ってた。とっとと逃げろ、本当にやばい。
「あら、いやですわ、お天気が崩れて。ナイラ、外のホースを」
サリが扉に近寄る。俺は肩をつかんだ。
「だめだ、出るな! 部屋の真ん中に居ろ!」
作業台に寝ているトリックスの周りに集まる。
リオーネが刀の鍔に手をかける。ナイラが杖を構える。俺は拳を握り締めた。
呪印から血が染み出てくる。薄い気配だった。今まで感じたことのない感知の仕方だ。ナイラの手術やトリックスの修理に気を取られて、気付けなかったが、確かに転生者らしきものが居る。
この、雨が危ない。どうやってか分からないが、すでにライムの変身体が、俺たちを取り囲んでいる。
ばちばちと窓や壁に雨粒が当たっている。絶対に、あれに打たれてはだめだ。
『……あーあー、どうすんだよ。無理だぞ。あのボクっ子の本体が来てるが、こんな距離じゃ捕まえられない』
「お前、分かるのか」
『まあな。あたいは力そのものだから。呪印はその出口みたいなもんなんだ。出口を広げりゃ感知範囲が広がるけど、負担があるぞ。具体的には』
「構うか! 今すぐやれ!」
『怒鳴るなよ……へへ、順調だなあ』
悪魔が呪印に戻った。瞬間、黒いリングを発動したときのような不快感が襲う。
手足がしびれるような、心臓が直接握られるような感覚。なんだ、一体俺の何を使っているんだ。
呪印がさらに広がる、あの時と同じ、胴体に達して左腕まで。
「レアク……呪印、私達のときには、そんなにおぞましくはなかったはずでは」
サリの気遣うような言葉。刺青を刺され続けているみたいだが、我慢する。
「心配ない……それに、これしかないだろ……」
分かるぞ。転生者の気配。今までより何倍も広い。ここから遠くに二つ。恐らく、ミァンとジャグだな。これは違う。
もうひとつ、高い場所。この職人街の建物や、スミスポートのあらゆる建物よりはるかに高い。そのあたりの山の頂上でもない。これは空だ。まさか雨雲か。
がた、窓が外れる。隙間から雨が入ってくる。
雨、液体だ。
流れ落ちた水がふくらむ。浮浪者の男、みすぼらしい服の娼婦風の女、物乞いに、酔っぱらった盗賊まがいの男。
水は、四人もの濁った眼をした連中を象った。
そのうちの一人、娼婦風の女が口を開いた。
『あーあ。まさか、お前らみたいな、わけわかんないゴミ共に、
こいつは、転生者のライム・ラライムだ。間違いない。
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