2-9まやかしを打ち抜け
サリとナイラを乗せた魔導機は、工房と空き家が並ぶ通りに停まった。
二人が入ると明かりが灯った。すぐに金属を削る音が響き、火花の明滅も起こる。なにか作業を始めたらしい。
とにかく追ってきたが、一体どういう事態なのだろう。そもそもなんで、サリやナイラが夜中にこっそり工房に来るというのか。
ライムの変身体だと思われるサバルクは、魔導機から出てこない。静かに乗り付けると、工房の中を見つめているばかりだ。
俺達は廃墟に身を隠し、そんな三人の様子を探る。
リオーネはトリックスを抱えて樽の陰に。呪印のある俺は、離れた路地の暗がりだ。
相変わらず何かを削る音と、魔力を伴う火花がついたり消えたりするばかり。どうして、こんな夜中に。
「……あのお嬢さん、魔導機の職人にでも鞍替えしたのかね」
『お時間が余っているのではないでしょうか。あの実験に赴く前に、ミァン様に直近の出来事を記憶させていただきました。人道の天使は、メタリアでは発禁になったのです。当主の一人娘、サリーナ・ザルダハールは、医療支援の旅にも出ず、社交にも現れず、ザルダハール家の屋敷に閉じこもっていると』
俺は思わず周囲を見回した。トリックスの声だった。呪印は動いていない。三人の誰かに気づかれた様子はない。また小さな魔法だろう。心臓に悪い。
『ぜいたくだよ、女なのに、自分勝手なことずっとやるなんて』
これはリオーネの声だ。トリックスが伝えてくれるのだろうが、俺が聞いてよかったのだろうか。まあ、忘れてやろう。
さておいて、中の方に動きがあった。鈍い俺でも感知できるほどの魔力の変動だ。
サバルクが馬車から降りた。工房に入っていく。拾い肩幅、への字口にぴんと立ったひげ。恰幅がいいから威圧感がある。二人に何をするつもりだろう。
まだ呪印は動いていない。サバルクはライムの変身体ではなく、サリの父としての意識と人格のはずだ。
『レアク』
「動きがあったら合図する。お前はリオーネと協力してライムの気を引いてくれ。その隙に俺が呪印でやる」
不意を突くしかない。
しかし、その先はどうするのか。そんなことは気にしていられない。でないとサリとナイラが、文字通り溶かされてしまう。
角から出ると、人けのない通りを横切る。自慢じゃないが、夜目と忍び足は非正規冒険者にとって必須スキルだ。
窓の下に張り付いた。どうやら、カーテンがかかっているな。聞き耳を立てる。
「……お父様、どうしてそんなことをおっしゃるのです!」
サリの声が聞こえてくる。なにか言い争っているらしい。工房通りが閑散としていて良かったってところか。
「トリックス、魔法はお前達が聞くために使え。俺は自分で探る」
そう言うと、リオーネの胸元で片方の目がぼんやりと光った。了解してくれたのだろう。
俺は窓から部屋の中に聞き耳を立てる。呪印がわずかに反応している。ライムが介入し始めたらしい。
「なぜって、パワーゲーマー達には絶対に勝てない。いや、君が愚かだからだな。もうやめなさい、魔導機の製作なんて」
冷静で感情の乗らない口調。娘をたしなめる、きちんとした父親だ。しかし、本当にサリが魔導機の製作をしていたんだな。
「どういうことなのです! 確かに私に医療の腕はありませんでした。でも、人の体の魔法的な知識はございます。それに、魔導機の設計と加工が、これほどに楽しいものだとは気づきませんでした。美しい音楽が鳴り響くように、私は再び生きる気力が湧いたのです」
「それで、私費で工房を譲り受け、製作をすすめたわけだな。そうだな、才能はあると認める。私は父親として、君が他人への配慮意外、あらゆる才を備えていると保証するが、その中でも魔導機に関する君の天才性は飛び抜けて異常だ。人間の手足の魔導回路による再活性なんて、あのミァンCEOにも、まだ不可能だろう」
貴族の会話は長い。語彙も豊富で、めんどくさい。
ちょっと待て、魔導回路で人間の手足を動かすって言ったのか。
静まり返った部屋に、こつこつと足音が聞こえた。靴音だ。
「……サバルク様、差し出がましいことを申します。それならば問題はないでしょう。私が焼いた私の体が、こうして蘇ったことは証拠となるはずです。お嬢様は確かに、素晴らしいものを見つけられたのです」
ナイラの声だ。車椅子姿だったが、立ち上がれるようになったのか。以前の争いで、ナイラはサリの意識を乗っ取り、サリの意識が入った自分の体を、身動きが取れないほどはげしく焼き尽くしたことがある。
火傷は深く、もう普通の方法では手足が動かなくなっていたはずなのに。サリは魔導機の技術で治したというのか。俺が助けてから、まだ二週間ほどだぞ。
天才だ。すさまじい天才、掛け値なしの。人の体と同化できる魔導機なんて、まだこの世にない。ミァンでさえ作ろうとする発想もなかった。あいつは、人と魔導機が共存しないと思っているからこそ、トリックスのような自立型戦闘魔導機を作ったはず。
「分かっていないな。だからこそ、許されないのだよ。いいかい、転生者が、異世界人に才能で超えられることを、受け入れると思うか?」
俺とトリックスを、まとめて殺そうとしたミァンの顔を思い出す。偏執的なほど魔導機を愛しているあの女が、魔導機に関して自分を超える奴の存在を知ったら――。
「まして君は、『人道の天使』として、その技術をマギ・ファインテックが相手にしない各国の貧乏人や、迫害身分の者、魔王大陸の者達のために使おうと思っているだろう。そんなことをしてみなさい。感情を抜きにしても、マギ・ファインテックは我々ザルダハール家を良く思わない。つまり、パワーゲーマー達に敵視されるということだ。それは我が家の生存を脅かす。あのタマムシの一件で、身をもって知っただろう」
ライムの変身体が、始末に来たときのことだ。使用人たちは文字通り溶かすように命をかき消され、サリ自身も遊び半分で“死”を味わわされている。
「この技術は、私からパワーゲーマーに報告しておくよ。ミァンはともかく、ジャグCEOはまともな経営者だ。お金がある人は魔導回路による医療を受けられるようになる。それでいいだろう、ナイラだけじゃなく、たくさんの人を助けられるんだよ」
「だめです! それでは、本当に苦しんでいる人たちが」
「いい加減にしろ! 女が浅知恵で考え付いたことが、社会を変えられるはずなどないだろう!」
雷のような言葉。
涙を浮かべるサリの顔が思い浮かんだ。
沈黙が続く。足音がする。陰が動いた。父親が娘をそっと抱きしめたらしい。
「私の可愛いサリ……本当にすまない。だがこの世界を支配しているのは転生者達なのだ。我々は支配者の思惑をうかがいながら、家を栄えさせていく。それだけだ。べつに、ザルダハール家だけではないだろう。選ばれなかった者はそれしかできない。彼らが現れたとき、ザルダハール家は、支配者でなくなったのだ」
静かな嗚咽が聞こえる。サリが泣いているらしい。
「いい機会だ。真剣に、家庭を持つことを考えてみなさい。幸い、まだ結婚を申し出てくれる声はたくさんある。今度は、君の希望に沿う。家の思惑は気にしなくていい。君の心のままに、見合い相手を選んでみなさい。家庭を持てば、きっと見分も広がる。ナイラのことのように、君が分からないことは沢山あるはずだ」
男性への服属を拒み、高い能力と感性のままに走り続けた美しい娘への、父親からの優しくも厳しい言葉。
気位の高さをへし折るのではなく、そっと寄り添って人生を次に進めてやる。あの容姿からは想像できないほどの、親としてできた言葉。
「お父様……」
サリのため息。飛び続けて来た人道の天使が、その翼を下ろすのだろうか。家庭に入る女性のための、美しい物語のように。
「っ……」
拳が痛んだ。呪印が反応している。忘れかけていた。あいつは変身体なのだ。
トリックスの目が光る。リオーネが飛ぶ。二階、三階。猫が高所に上るように、音もなく工房の上階に向かっていく。
『……なあんて、言ったんじゃないかな? このお父さんなら』
「あなた、まさか……」
魔力が高まる。工房の中から冷気があふれた。ナイラが氷の魔法を使ったな。
呪印の反応が吹き飛ばされる。べしゃ、という液体じみた音がした。
『あれれえ? そのお嬢様大嫌いじゃなかったの、ナイラちゃん』
「黙れ! よくもサバルク様を」
稲妻の光。窓が割れて俺にガラスがかかった。ライムの魔法だ。転生者としての膨大な魔力。
まだ動けない。リオーネがまだだ。
『ふうん、君にいろいろやってたやつをかばうなんて、従者の鑑だねえ。それとも、こんなオヤジ本気で好きだったのかなあ。ないよね、成り上がり目的でしょ?』
ナイラは答えない。何も言えないほどの負傷を受けたらしい。
「あなたは、お父様を」
『はあ……分かってるだろ。僕になるってことは、この男がもう死んでるってことだ。タマムシの事故があった、あの日の夜、やっといたんだ。それから二週間ぐらいだっけ。記憶と人格がそろった僕の変身体を、君はお父様お父様って、頼ってたんだよ。とっても可愛かったねえ、自信を失った綺麗なお嬢様は。小さい頃を思い出しちゃった』
こいつ。
『あっはっは、ひっどい泣き顔だー。ぞくぞくしちゃうなあ。今の君とナイラ、あの呪印のやつに見せたかったなあ。まあいいか。今度は君とナイラになって、あいつの前で溶けてやったら。このやり取り再現しちゃおっかな?』
闘気が頭上で膨れ上がる。ぴし、という何かの割れる音。
がぎ、部屋の中で闘気同士が激しくぶつかる。リオーネの奇襲だ。階上から床を切り裂いて不意を突いた。
止められたが計算内。俺は闘気を放つ。部屋に駆け込む。
ライムだ。半身を液状にして、サリとナイラを包んでいる。リオーネの海雪を受け止めている。
俺に気づいた。目を見開いた。そこに呪印の右ストレート。
「お望み通り、来てやったぜ!」
“水泡に帰す戦慄”。おぞましいパワーゲーマーの頬に、俺の拳が食い込んだ。
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